悪の華~掴めなかった小さな幸せ

ちい。

掴めなかった小さな幸せ

 雲ひとつない青く澄んだ空は、どこまでも続いていた。その空の中央に、まるでこれでもかと言うくらいに自己主張している太陽が、その暴力的な陽射しを降り注いでいる。

 

 生き物達は、真夏の暴君と化した太陽が放つ、その身を貫く矢のよう熱射から逃れようと日陰の中に隠れてしまっていた。

 

 しかし、数名の少年少女達が、そんな陽射しなど気にしないどころか、逆に喜び、山の麓にある小川で遊んでいる。

 

 表と裏が分からないくらいに日焼けしている子供たち。年の頃は十歳程か。

 

「カイーッ!!ビビってんの?足が震えてるよ?」


 きらきらと太陽の陽射しを反射し眩しく光る水面に、高台から飛び込んだ少女が顔を出し、次に待つカイと呼ばれた少年を煽っている。

 

「へ、平気だよっ!!リンに出来て、僕に出来ないわけなだろっ!!」

 

「なら、早く飛び込みなよ?そこに残ってるのはカイだけだよ」

 

「カイーッ!!待ってるぞぉ!!」

 

 リンという名の少女だけではなく、その側に浮かんでいる他の子供たちも煽り始めた。その煽りに意を決したのか、カイは少しだけ助走を付けると、とんっと飛び込み台代わりの岩を蹴り、川の中へと飛び込んだ。

 


 

 

 

 君と、そして仲間たちと過ごした日々が夢だったならどれだけ良かったことか。

 

 夢ならば、目覚めてしまえば直ぐに全てを忘れてしまえたのに。

 

 君たちと過ごしたあの故郷の事も、君たちとの楽しかった思い出も。何もかも全てを忘れてしまえたのに。

 

 でも、それは夢ではなく、私の過去。忘れることも消すことも許されない、私が歩んできた事実なのだ。

 

 かちり

 

 鯉口を切る音がやけに大きく聞こえた。

 

 そして、私は大きく息を吸い込み、これでもかと言うほどに肺を膨らまかすと、それを一気に吐き出し、刀を鞘から抜いた。

 

「魔王……お前を殺しにきた」

 

 私はそう言うと、きっさきを魔王へと向けた。薄暗い部屋の中で、研ぎ澄まされた刀身が、僅かな光りを掴み、ぎらりと輝いた。

 

 そんな私の構える刀を魔王は、底の見えない深く暗い双眸で一瞥すると、ゆるりと瞳を動かし、刀から私へと視線を移す。

 

「お前もか……リン」

 

「あぁ……私もだ……魔王カイ

 

「私が何をした。先に仕掛けたのは人間お前らの方だろう?僕は……それに応戦応えただけだ」

 

「……私は剣聖、君は魔王。それが……理由だ」

 

「そうか……僕が魔王で、君が剣聖だからか……もう、僕とリンではいられないんだね」

 

「……そう。もう……あの頃の私たちではいられない……」

 

「……」

 

「ケントもシュウもアキもアヤカもサヤも……皆、魔族に殺された……村も……なくなった」

 

「……」

 

「終わらせなければ……いけないんだ……魔王カイ

 

「……そうだね……終わらせなきゃいけないね……」

 

 刀を構える私に対し、魔王がその腰から漆黒の刃の剣を抜いた。そして、それを構えると、ぱんっと空気の弾けるような音と共に私の目の前に現れた。

 

 速い。

 

 だが、対応できない速さではない。私は魔王の剣を刀身で受け止めると同時に、刀を横に倒しつつ!その力をするりと流した。そして、返す刀で下段から上段へと切り上げる。

 

 手応えはなかった。

 

 魔王の纏うローブを斬っただけ。

 

「さすがだね……リン。ローブとは言え、僕を斬ったのは君が初めてだ」

 

「……ふん。昔は私の木刀を避け切りもせず泣きべそをかいていたくせに……避けるのが上手くなったもんだね、カイ」

 

「そりゃそうさ……僕も成長はするよ。村一番のお転婆だった君には、いつも負けていたけどね」

 

「今日も君には負けるつもりはないよ」

 

「それは僕もだよ……今日は勝たせてもらうから」

 

 

 

 

 

 私は身の丈以上の幸せなんて望んではいなかった。ただ君と……仲間たちと、あの小さな村で、ずっと一緒に過ごして、共に成長していきたかっただけなのに。そんな小さな幸せさえも許されなかった。

 

 私が剣聖に選ばれ、君が魔王に選ばれてしまったせいで。

 

 私と君は、互いに描いていた小さな幸せすら掴めなくなった。

 

 だから、私は終わらせよう。

 

 もう一生、掴むことのできない幸せを夢見る事を。

 

 さよなら、カイ。

 

 私は君のことが大好きでした。

 

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