ヒーロー・エクスマキナ
東美桜
第1話 ヒーロー×エクスマキナ
……視界が滲み、爽やかな青色に染まる。溢れる光に目を細めつつ、俺は幾度か瞬きをした。快晴の空と、眩しいくらいに白い城壁。どこかの城の中庭だろうか。起き上がろうと身体に力を入れると、全身の関節が悲鳴を上げた。思わず変な声を出し、反射的に力を抜く。片手で手近な地面を打つと、返ってくるのは石畳のような感触。……俺、さっきまで家のベッドで寝てたはずなのに。そもそも、ここはどこなんだ……?
「……目が覚めましたか?
革靴が石畳を叩く音。風鈴を思わせる中性的な声。俺はゆっくりと首を横に倒し、人影を視界に収め――反射的に飛び起きた。刹那、関節が電撃を受けたように痛み、脳裏で真っ白な火花が散る。生理的な涙を浮かべながら、俺は思わず悲鳴を上げた。
「だっ! 痛っ! 痛ててて……ぐっ……」
「……はぁ」
痛みに呻く俺を見下ろし、人影は呆れたように息を吐いた。半ば無理やり座り直し、俺は眼前の影を見上げる。長身を覆う白い
「……先が思いやられますね……」
「酷ぇな! つか、誰なんだよお前。ウエメセで思わせぶりなこと言いやがって。だいたい、何で俺の名前知ってんだよ!」
「散々な言い草ですね……まぁいいでしょう。現状把握と自己紹介は最優先に、とのお達しだ……ひとまず、自己紹介からいたしましょうか」
石畳にあぐらをかいている俺に、その人は視線を合わせるように
「私の名は、ギヴァ。神々より遣わされし、あなた様の道具です」
「道具……だぁ?」
「そう」
胸に当てられていた片手が、俺に向けて伸びてくる。その手首を取り囲むように、鈍色の歯車が浮かんでいた。思わず瞳を見開く俺に、その人……ギヴァは視線を合わせるようにしゃがみこんだ。機械じみた瞳がふわりと細められる。
「あなた様……
「は……?」
……思考にノイズがかかってまとまらない。けれど、状況そのものには心当たりがあった。さっきまで暮らしていた日本で、貪るように読んでいた異世界転生小説。味気ないオートミールみたいな日常から抜け出せる、子供が描いた絵のような空想。だが――と、俺は勢いよく首を振った。反動で首に激痛が走り、それをかき消すように叫ぶ。
「だっ……! いや、そんなはずないだろ! あれはフィクションで、俺は何の能力もない普通の高校生で……こんなの、ただの夢に決まってるだろ!」
「寝言は寝て言うものですよ。実際、身体が痛いのは本当でしょう?」
「……っ!」
言われた途端、肘が再び悲鳴を上げた。無理やり声を押し殺し、ギヴァの無機質な瞳を睨む。なんなら脚も首も背中も痛いけれど……その痛みが、これが現実だと突きつけているようで。だが、こんな怪しい状況で、弱音なんて吐いてたまるか。素人が放つ銃弾のような視線を受け、ギヴァは薄く唇を歪めた。芝居がかった仕草で両手を広げ、
「……私は召喚英雄のための道具。あなた様のため、あらゆるモノを与える権限を有しております。それは何も物体には限らず、いわゆる特殊能力も思いのままです。例えばそうですね……」
芝居の語り部のような声を、俺は唇を噛んで聞き流していた。脳裏が痛覚信号で埋め尽くされ、こいつの話など耳に入らなくて。ふとその鈍色の瞳が、痛みに悶える俺の姿を映した。神経を逆撫でするような笑顔を浮かべ、彼は口を開く。
「……その痛みをすぐに消すことも、当然可能です」
「っ!」
思わず息を呑み、ギヴァの無機質な瞳を見上げる。……全身が悲鳴を上げ、今にも千切れてしまいそうだ。それに伴って胸に走る苛立ちも消えるのなら……こいつの力を借りるだけで、消えてしまうなら。千切れそうなほど痛む右腕を伸ばし、苛立ちに任せて彼を睨む。
「なら、さっさとやれよ! つか、それを先に言えよこのッ!」
「……」
対し、ギヴァは少し驚いたように瞳を見開いた。だが、なびく白い
「……ええ、あなた様のお望みのままに」
――はっとした。ギヴァの手のひらがあまりにも冷たくて、まるで銀色の刃のようで。七色の光が見開かれた瞳を潰さんとばかりに焼く。反射的にぎゅっと目を
……指先の冷たさが、徐々に俺の身体に浸透していく。まるで血が通っていくように、腕に染み込み、胴体へ、全身へと染み渡っていく。心臓が脈を打つたびに、電撃のような痛みが引いていって。たった数回の瞬きのうちに、嘘みたいに身体が軽くなっていた。
「……いかがですか?」
す、と冷たい指先が離れる。俺は軽く手首を回し、肩を動かし、首を左右に傾けた。……どこにも痛みがないどころか、地球にいた頃よりも体が軽い。立ち上がって軽く跳んでみても、全く痛みを感じない。身体が風船になったみたいだ。
「……すげぇな、これ。どうなってんだよ」
「申し上げましたでしょう? あなた様が望むなら、私はあらゆるモノをお与えすることができます。権力も財宝も特殊能力も思いのまま。……さて、此度差し上げましたのは、『無限の治癒能力』になります」
「……は!?」
予想の斜め上の回答に、俺は思わず飛び退った。……無限の、治癒能力? つまりどんなにひどい怪我をしても、すぐ治る……? 当たり前のことを再確認すると同時に、心臓の鼓動が徐々に高鳴ってゆく。
「……最っ高じゃねえか!」
「ふふ、驚くにはまだ早い。この力は自然治癒力を極限まで強化するもの……どんなダメージも、受けた端から回復してしまう。痛覚信号をも上回るほどのスピードでね。デメリットとしては……必要とする食事量と睡眠時間が少々増加すること、でしょうか」
「や、そんなんデメリットのうちに入らねえし! マジで最高じゃん!!」
「ただし、です」
風が吹いたと思った時には、目の前で白い
「力には、当然のように義務が付随します。先程申し上げましたように、あなた様はこの世界の危機を救うために召喚された……私が何を懇願せんとしているか、もうおわかりですね?」
ギヴァの微笑みはひどく不遜で、俺が断るはずもないと確信しているようで……かすかに逆撫でされる神経すら気にならない。要するにこいつは、目的を達成するためのユニークアイテムってことか。だったら使い潰すまでだ。力強く頷き、俺は眼前の鈍色をキッと見返した。
「ああ……この世界を救えばいいんだな? そのくらい、この力とお前の存在があれば……お安い御用だぜっ!」
堂々と言い放ち、拳を天へと掲げてみせる。ただ、憧れの主人公たちみたいになれるなら、それだけでよかった。
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