春風戦争 外伝 ~王太子誘拐事件~
場末のゆうはん
1章 1節 ~王太子誘拐~
星歴986年。スノートール王国・惑星カリフ・エリシア地方上空。
大型輸送船、U-321・ワルワラガイド輸送機は、かなりの低空で、
密林地帯上空を飛行していた。
王国屈指の巨大さを誇る輸送機であるが、型式でいえば旧式の
骨董品とも呼べなくはない航空機である。
このワルワラガイドが、依然として現役でいられるのは、
旧式すぎて、電波干渉を受けにくいところにあった。
低空飛行をしているのも、エリシア地方上空は電磁波の影響が強く、
比較的、電磁波の影響を受けにくい空域を飛行しているからである。
「話には聞いていましたが、ずいぶん低空を飛ぶのですね。」
超が付くほど大型の輸送機ワルワラガイドであったが、
今回の飛行の搭乗員は4人だけである。
パイロットは1人、他3人は乗客であった。
その乗客の1人が、ウルス。
スノートール王国、王位継承権第1位のウルス王子である。
年齢は12歳であり、現国王の長男として国民の期待も大きい。
その妹、王位継承権第4位のセリア王女。
2人の教育係であるブレイク伯爵とパイロットの4人が搭乗している。
パイロットを除く3人は、メイザー公爵のパーティに出席するために
この空域を飛行していた。
電磁波の影響を受けるエリシア地方は、近代兵器を使用できない土地であることから
防衛の観点に優れ、更には未開発の自然が広がる土地ということもあって、
メイザー公爵家の私有地として重宝された土地として有名である。
「王子。この地はメイザー公爵家の当主が、代々幼年期を過ごした場所でございます。
強力な電磁波は、生活するのに不便ではございますが、
外界から遮断された安全なコロニーとして存在意義を持ちます。」
キッチンからコーヒーカップを二つ運んできながら、
ブレイク伯爵が応えた。
彼は長男を亡くしており、第2子が誕生が、
ウルスの生年と同じ年であったため、
王はブレイク伯にウルスの教育係を任命したのである。
現在ウルスは12歳であるが、4歳の頃から親元を離れ、
ブレイク伯の元で暮らしている。
その縁で、妹であるセリア王女もブレイク伯に預けられ、
現在は、ブレイク伯爵夫妻との第2子である息子、そしてウルス王子、セリア王女の
4人で暮らしている。
もちろん、4人とは別に使用人やメイドも働いている環境ではあったが、
家族。という括りでは、4人で生活しているようなものであった。
従って、今回のメイザー公爵のパーティに、ブレイク伯家次男の
ゲイリが同席しないことに、不服な者もいる。
セリア王女である。
「せっかくの旅行ですのに、ゲイリお兄様はお留守番だなんて・・・。」
ムスッと膨れる仕草が可愛らしい。
王女はウルスより4歳下の8歳であったが、
2歳の頃にブレイク家に預けられ、付き合いは長い。
ほぼ家族同然と思っている。
血の繋がらないゲイリを兄と呼ぶことに、ブレイク伯は難色を示しているのだが、
長年、兄と呼んできた癖はもう直りそうになかった。
「ははは…。姫様、今回は王族のみが出席を許可されたパーティです。
帰ったら皆で、海にでも行きましょう。ゲイリも喜びます。」
コーヒカップの一つをセリアの前に置いて機嫌をとる伯爵であったが、
姫の不満は納まりそうになかった。
「そもそも、メイザー公主催のパーティに、ゲイリが来たがるとは思えないよ。セリア。
僕だって出来る事なら辞退したいぐらいだ。ゲイリが羨ましいよ。」
と言うと、ウルスは妹の頭を撫でた。
セリアはあまり実感がないが、メイザー公爵は王位継承権第2位。
現王の弟の息子であり、さらにその息子は女性であるセリアよりも
王位継承権が上の第3位である。
メイザー公爵とは血縁の関係になるのだが、ウルスは公爵が好きではなかった。
事ある毎に、息子とウルスを比べたがり、ウルスを卑下する。
必然、教育係であるブレイク伯も嘲笑されていたので、
実の子どもであるゲイリにも容赦がなかった。
実際、メイザー公爵の後取りは、ウルスより2歳年下であったが、
成績優秀、スポーツ万能、芸術の才にも恵まれていた。
ウルスも成績が悪いわけではなかったが、スポーツの才能はお世辞にもあるとは言えず、
芸術の才に関しては、未知数である。
メイザー公爵の息子が神童すぎていた。
更に言えば、現王よりもメーザー公爵のほうが名声が上であり、
王宮内に王家はメイザー公爵家こそ相応しいという意見は実在していたのである。
今回のパーティも、そのメイザー公爵の秘蔵っ子である
ハリルの10歳の誕生日パーティである。
主役がハリルである以上、出席に気が向かないのは当然であると言えよう。
それを理解できないセリアは納得できない表情で、運ばれてきた飲料を飲んだ。
コーヒーカップに入っているが、中身はミルクである。
「まぁ、いいわ。我慢します。」
ミルクの暖かさと頭を撫でられている嬉しさで、セリアは自分の主張を引っ込めた。
ブレイク伯も、ウルスも、セリア王女の扱いは慣れたものだったのである。
「それはそうと、ブレイク伯。
この辺りは軍用地で民間の居住はおろか、立ち入りも禁止だと聞いていましたが?」
ウルスが窓の外を眺めながら、ブレイクに尋ねた。
「その通りですが、どうかしましたか?王子。」
ブレイク伯爵も、ウルスの言葉が気になり、窓の外を見た。
外は一面、ジャングル地帯である。大河が2本ほど見えるが、
樹の海しか存在しない。
だが、その川辺に違和感を感じる。
「エアバイク!?」
ブレイク伯は独語した。
エアバイクとは文字通り、空中を飛ぶバイクである。
原理は原始的なもので、電波干渉を受けにくい。
従って、このエリシア地方を飛行するのにうってつけの乗り物の一つではあるが、
ここは軍用地であって、民間の乗り物が侵入してくるところではない。
そして、軍機であるならば、ブレイク伯たちが知らないという事はありえない。
伯爵はコックピットに通信を繋いだ。
ボタンを押せば、すぐにコックピットに繋がる仕様である。
「ダイナ少佐。左翼にアンノウン。確認出来ているか?」
すぐさま、返答がある。
「30秒ほど前に、地上から4機のエアバイクの発進を確認。
当機後方に1機、左翼に3機。5機6機目の地上から発進を確認。」
機械音と共に、ダイナ少佐の報告が入る。
恐らく、忙しく情報分析をしているのであろう。
先ほどウルスとブレイクが確認したのは、5機目か6機目のエアバイクぽかった。
「狙われた。と考えて間違いなさそうです。」
一呼吸をいれて、ダイナが重大な報告をした。
相手がエアバイクであれば、急上昇して逃げ切れなくもないが、
エリシア地方独特の電波干渉がそれを不可能にしていた。
危険を犯して、電波干渉地帯に踏み入れるのは、王子と王女を乗せた
輸送機としては、決断しにくい場面である。
最悪、操作不能に陥り、墜落の危険性があった。
従って、ダイナは即時に危険をブレイクに知らせたのである。
ブレイク伯であれば、その権限で判断を決する事ができた。
判断の丸投げであったが、この場面でこの判断は正しい。
しかし。
ピッ!ピッ!ピッ!
マイク越しにも聞こえる警告音が、ウルスらの耳にも届いた。
「チッ!!!」
ダイナの舌打ちが聞こえる。
「ロックオン信号。YTM弾のロックオン信号を確認。逃げ切れません!」
その言葉に反応したのは、ブレイク伯だった。
「YTM弾だと…。輸送機では逃げ切れないか。」
YTM弾とは対航空機用、誘導兵器である。
その誘導は目視による有線誘導で、エアバイクで追尾しながらであれば、
大型のワルワラガイドに当てるのは容易い。
「打ち落とす気であれば、既に打っているはず。
何が目的なんだ?何者なんだ?王子と王女が搭乗しているのを知っているのか?」
複数の疑問がブレイク伯の頭の中を駆け巡る。
ウルス王子とセリア王女の今回の外遊は、王国のトップシークレットであって
知る者は少ない。
もし狙われたとするのであれば、内部からのリークも危惧しなければならなかった。
ブレイクは正しい判断を下せず、ただ時間だけが過ぎていくのであった。
ふと、輸送機と並走しているエアバイクに気付く。
ウルスは窓の外のエアバイクのドライバーと
ヘルメット越しではあったが目が合った。
顔は見えない。
だが、エアバイクのドライバーは片手を挙げ、
ウルスに挨拶をした気がした。
直後、轟音と共に振動がワルワラガイドを襲う。
ウルスはとっさに妹を庇うように身を乗り出した。
ダイナ少佐のアナウンスが機内に響く。
「エアバイク。乗り込んで来ます!」
先ほどの衝撃は、機体に穴を空けられたのであろう。
ダイナの報告は、その穴から輸送機に侵入してくる事を
示唆していた。
輸送機へ空中で乗り込んでくるような芸当は、
訓練された軍の兵士でも難しい。
よほどの相手だとブレイク伯は覚悟した。
そして、そのような相手であれば、
王子と王女がこの輸送機に搭乗しているのも
知っているのであろう。
だから乗り込んでくるのである。
軍の輸送機に金品など積んではいないのだから、
何か理由がなければ突入などしてくるはずもない。
伯爵は、携帯していた銃を取り出す。
暫くするとワルワラガイドは安定を取り戻し、機内は静かになったが、
張り詰めた緊張感が周囲を満たしていた。
そこに、声が聞こえてきた。
「死人は出したくないし、双方どちらかに死者が出れば、
輸送機を撃墜するように言ってある。
わかるな?大人しくしとけ!と言っている。」
女性の声だった。勿論、セリアではない。
彼女が言い終えると同時に、野球ボール大の鉄の塊が、
ブレイク伯の目の前に投じられ、それは軽く爆発し、
大量の煙を吐き出した。
視界が煙で覆われ、微かに人影が複数、ウルスらのいる部屋に
入ってきたのを感じる。
ブレイク伯は、動かなかった。
この時点で打てる手など何もないように感じられたからである。
視界の煙は急速に晴れ上がる。
そしてウルスらの目の前に、見知らぬ人影があった。
侵入者は顔を隠すヘルメットを取り、長い髪の毛をあらわにする。
端正な顔立ちの女性だった。歳は20歳前後というところか。
やや釣り目気味で、勝気そうな性格が伺える以外は、
美人の部類であろう。
ウルスは一瞬、彼女に目を奪われた。
「賢明な判断、恐れ入ります。
・・・ブレイク伯爵でございますね?」
名を呼ばれた伯爵は、銃を降ろした。
既に4人、いや、5人ほどに囲まれている事を察したからである。
彼らは物陰に隠れてはいたが、気配は消していなかった。
ウルスらが包囲されていることを自覚できるようにである。
観念したブレイク伯は、無礼な侵入者の彼女に目を向ける。
「私のことを知っているということは、
計画された犯行ということか。」
ブレイクは舌打ちする。
「で、君たちの要望はなんだ?
王子・王女を誘拐し、身代金を要求とかいう
低俗な計画ではあるまい?」
身代金誘拐は成功率が低い犯罪である。
まず、一般的に金の受け渡しが難しい。
誘拐された被害者は、犯人の顔を見ている事が多いので、
生きて解放されるとは限らない。
従って、身代金を用意するほうは、
確実に人質の生還を望む。
被害者が王族ともあれば、それはもっと顕著になるだろう。
もちろん、人質が無事に解放されたならば、身代金を払う道理はない。
誘拐犯罪が成立するためには、犯人と被害者側に、
信頼関係が生まれていないと、成立しないのである。
「金を払えば解放してくれる」と
被害者側が信じることがなければ、成立はしないのである。
ましてや王家。
金も払いました、王子王女も生きて帰ってきませんでした。
それでは、国民の信頼が失墜してしまう。
それよりも、王子王女の命は犠牲になりましたが、
テロリズムには屈しませんでした。
という決断をする可能性のほうが高くなるのである。
結局、誘拐という犯罪が成功する確率は0%に近くなる。
つまり、誘拐という犯罪は成功しない部類の犯罪なのである。
これは、この時代の一般的な共通認識であり、
輸送機に空中から乗り込んでくるような芸当を披露する
腕利きの彼らが、そんな事も知らないとは思えなかったのである。
「ふふ。」
問われた彼女は笑った。
「一週間ぐらい、我々と行動を共にしていただきたいのですよ。
王子と王女に。」
屈託のない笑顔である。
「選択権はありません。まずは、この機を降りていただきます。」
彼女の合図と同時に、周囲に潜んでいたテロリストたちが、
一斉に姿を見せた。
全員で5人。
いずれも鍛え抜かれた身体をしているのがわかる。
「本来は王子だけでいいのですが、保険です。
王女も同行を願います。
あと…。」
ウルスに一瞥したあと、ブレイク伯を再度、彼女は見た。
「責任者であるブレイク伯も同行されたほうがよろしいかと。
ここで貴方だけが帰還しては、罪に問われるだけでしょう。
王子たちと一緒に生還すれば、被害者の1人として、
責任問題は減刑されるかも知れませんから。」
侵入者はブレイクを見ながら再び笑った。
意地が悪い笑顔だった。
もちろん、ブレイク伯爵としても、王子らだけ連れて行かれるわけにはいかず、
自分も連れて行けと要求するつもりだった。
「当たり前だ。王子らの身の安全は私が守る。
同行することに異論はない!」
「では、こちらへ。」
ブレイクが言い終えると同時に、彼女は自分達が侵入してきた通路に
3人をエスコートする。
「王子…。」
ブレイクはウルスを見た。
ウルスがどこまで状況を把握しているのかを確認するためだったが、
妹を抱きかかえた王子は、侵入者の彼女をじっと見つめたままだった。
「王子っ!?」
ブレイクの声に、ウルスは我にかえる。
そして、困ったような表情と、仕方ないというような表情で
ブレイクに応えた。
「うん。わかった。彼女らに付いていけばいいのだろう?
セリアも、大丈夫だよね?」
胸に抱きかかえた妹にウルスは視線を落とす。
釣られてブレイクもセリアを見た。
2人の予想に反して、セリアは至って平気な顔をしていた。
セリアはまだ8歳。どこまで状況を把握しているかは、
ブレイクにもウルスにもわからなかったが、
彼女は怯えた様子もなく、取り乱す感じもなく、
曇りの無い金色の瞳で、ウルスを見つめていたのである。
実際のところ、彼女は驚いていた。
だがそれは、侵入者に襲われたからではない。
兄が侵入者の彼女に見蕩れているようであった事に気付き、
そちらのほうが気になっていたのである。
そんな兄を見るのは初めてだったからである。
従って、セリアの反応は淡々としたものだった。
「メイザー公の招待が、お姉ちゃんの招待に変わっただけでしょう?
大差ありませんわ。」
一瞬、セリアの反応に驚いたウルスであったが、
メイザー公爵が、テロリストと同等に扱われている事に
気付き、ぷっ!と笑った。
「ええ、さすが王女さま。
あのゲス野郎なメイザーの招待よりも、
私どもの招待のほうが、魅力的というものです。」
ハイジャック犯は、愉快に笑う。
ブレイクは彼女の無礼をたしなめようとしたが、
テロリストにそれは無駄な行為だと自覚し、発言を下げた。
その様子に気付いた彼女は、またしても意地悪な笑顔で
再度、3人を誘導する。
「さ、こちらへ。」
ウルスは椅子から立ち上がると、ブレイク伯を見て
大きく頷いた。
それは、ハイジャック犯の言うとおりに行動するという意思表示であったが、
ブレイク伯爵にも、同じように行動することを要求した合図でもある。
ブレイクは未だ動揺を隠せなかったが、この若い王子は
腹を括っていた。
だからこそ、ブレイクに合図を返したのである。
これは本人はおろか、ブレイク伯も気付いていなかったが、
ウルスが王族として、初めて他人に指図したものであった。
ウルスらは、大型輸送機ワルワラガイドの格納庫へと案内された。
それはとても手馴れたもので、
この機の所有者が誰なのか?一瞬錯覚するほどであった。
輸送機の所有者は、スノートール王国軍であり、
侵入者が内部設計に詳しいことというのは、不思議な事である。
だが彼らは王子らの極秘裏の旅行を狙ってきていた。
それが用意周到に準備された計画であることが
ここでも窺い知れるのである。
彼らはワルワラガイドの設計図さえも入手していたのだ。
格納庫には通常、兵士たちを降下させるべく
降下用のハッチが付いている。
ウルスたちが格納庫に到着すると
既にそのハッチが開かれた状態になっていた。、
ここから降りろ。という事なのであろう。
ブレイク伯は、ハイジャック犯たちに確認する。
「死者は1人も出す気はないんだな?」
交渉役であろう女性が頷く。
ブレイクはハッチの横に備え付けの受話器を取った。
それはコックピットに繋がる有線の通信機だった。
「ダイナ少佐。君はこのまま目的地へと進んでくれ。
犯人との交渉は成立した。
余計なことは考えず、命令に従って欲しい。」
伯は受話器を置く。
「で、ここから飛び降りろというのか?
私はともかく、王子たちは降下訓練なぞ受けていないぞ?
ましてや、この低空では…。」
訓練なしにパラシュート降下など危険この上ない行動である。
ブレイクの心配は当然であった。
「降下訓練なんかいらないさ。
必要なのは、私たちを信用するって事だね。」
そう言うと、女性はハッチから身を外へ投げ出した。
パラシュートの道具など持っていないはずである。
瞬間的に動いたのはウルスだった。
彼女が飛び降りたハッチの淵まで走る。
外を見ると、彼女と目が合った。
「来い!!!次世代の王よ!!!」
風の摩擦で轟音が耳の中で鳴り響く中、声が聞こえた。
いや、聞こえた気がした。
ウルスは衝動的に、身を投げ出す。
ブレイクとセリアが制止する暇もなかった。
空中に投げ出されたウルスは、それでも先に飛び出した彼女から
視線を逸らさなかった。
彼女はウルスに片手でOK!のサインを出すと、空中でクルリと翻る。
同時に無人のエアバイクが彼女の真下潜り込んだ。
自動操縦と遠隔操作である。
彼女は空中で器用にエアバイクに跨ると、ハンドルを切り、パワーを上げた。
加速され、ウルスの落下軌道に合わせる。
瞬く間にウルスの隣まで来た彼女は、手を伸ばすと
ニコッと笑うのだった。
ウルスは彼女の手に捕まり、それをつたってエアバイクの後部座席へと座る。
完全なアクロバットの類ではあったが、彼女しか見ていなかったウルスは
それを成功させることが出来た。
「やるぅ。」
ワルワラガイドに残こる侵入者一味の1人が感嘆の声をあげる。
いつもは冷静沈着なセリアが、ヘタッと床に座り込んだ。
力が抜けたようである。
その王女を大柄のハイジャック犯が抱きかかえた。
「えっ?」
という間もなく、セリアは抱きかかえられたままハッチの外に
飛び出していた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
セリアの絶叫が、輸送機の後方に流れていく。
一連の流れがあまりに短時間で行われたため、
流石のブレイクも呆気に取られていた。
それを呼び戻したのは、さきほど王子の行動に感嘆した男である。
「さ、次はあんたの番だぜ?
怖いなら王女のように抱きかかえてやるが?」
そういう男は、大柄の体型ではなく、大人であるブレイク伯を
抱きかかえることは出来そうになかったのだが、
彼なりの冗談なのだろう。
「結構だ。」
ブレイクはそう言うと、ハッチから身を投げ出した。
伯に続き、残った侵入者たちも次々に飛び降りる。
気付けば、エアバイクの総数は15台になっていた。
その内の2台のエアバイクには荷台のようなものが付属しており、
セリアとブレイク伯はそれぞれその荷台付きのエアバイクに回収された。
見事なものだった。
エアバイク出現から、3人の回収まで
ものの10分もかかっていないであろう。
襲撃ポイントは、軍の基地から一番遠い地点で行われており、
軍の戦闘機が向かったとしても、1時間半はかかる。
そこに、この手際の良さである。
素人であるウルスにも、その凄さがわかった。
むしろ、感動さえも覚える。
「あ、あの…。」
後部座席に座り、後ろから抱きつく格好になっているウルスは、
自分を連れ出した女性に話しかけた。
彼女は、首をクイッと傾ける。
「お名前をお聞きしてよろしいですか?」
誘拐犯とその被害者の会話とは思えない内容をウルスは口にしていた。
「ああ、私はカエデだ。ピュッセル海賊団のカエデ様さ!」
彼女は笑いながら応えた。
彼女はウルスが即座に飛び降りた事に満足しており、上機嫌だったのである。
「う、ウルスです。スノートール王国、カルス王の息子、ウルスです。
よろしくお願いします!」
「しっかり捕まってな!」
カエデは、そう言うとアクセルを吹かした。
エアバイク一向は、輸送機ワルワラガイドの進行方向と外れて、
北に向かってた。
後世に語り継がれる「王太子誘拐事件」はこうして奇妙な関係で始まったのであった。
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