第50話 衝撃の事実

「よう、アスガルド。」

 朝からランウェイが尋ねて来た。

「ようやく帰ったか、ランウェイ。親父さんにはもう挨拶したのか?」

「ああ、昨日のうちにな。

 おっきくなったな!リリアちゃん。

 最後に会ったのが1歳になる前くらいだから、覚えてないかな?」


「そういえばこの間来た時は、リリアが部屋に引きこもってたから会ってないんだよな。

 リリア、お父さんの幼馴染で、村長の息子さんのランウェイだ。リリアのオシメを変えてくれたこともあるんだぞ?」

「こんにちは……。」

 リリアは俺の後ろから顔を出しながら、こわごわランウェイに挨拶をした。


 リスタには初対面から懐いていたのに、大人の男が怖いのかな?若い男は基本働きに出てるから、日中会うことも少ないだろうしなあ。俺もあまり帰れていなかったから、だんだん慣れてきたとはいえ、未だにちょっと距離を感じる時がある。

「すまんな、人見知りで。」

「いや、別に構わないさ。

 邪魔していいか?」


「ああ、もちろんだ。」

 ランウェイを自宅に招き入れて、前回気に入っていたようなので、牛の乳にスイートビーの蜂蜜を混ぜたものを出してやる。

「相変わらずうまいな!

 養蜂、うまくいってるんだな。

 我が家で毎日風呂に入れるようになってて驚いたぜ。」


「ああ、年中取れるところがスイートビーの強みだ。おまけに王侯貴族に人気だからな。本来なら自然に巣を作っているところから、スイートビーを退治して集めていたのを、俺たちが定期的に納入出来るようになったからな。この近隣では、殆ど俺たちの村から買ってくれているよ。」


「サウナも試したが、ありゃいいな。

 食堂に休憩所まで出来てて驚いたぜ。」

「いずれはそこに、スイートビーの蜂蜜酒が加わる予定だ。

 村のおかみさんたちが、交代で働いてくれている。」

「客が定着してるおかげで、内職より稼げてありがたいと言ってたぜ?」


「ここから町の食堂に働きに行くには遠すぎるが、村の中に食堂があるわけだからな。大した給料は払えていないと思うが、それでも内職よりは稼げるとは思う。」

「売上は村全体のモンにしてんだってな、親父から聞いたよ。」

「ああ、村全体でしている仕事だからな。

 冬支度の購入にあてている。」


「俺の稼ぎを少しは親父に渡していたが、さすがに村全体の面倒を見るのはちょっとと思っていたからな。村が自主的に頑張れるようになって、俺もほっとしたよ。」

「俺やお前の稼ぎは自分のものだ。村のみんなも別にあてにしちゃいないさ。

 金脈を掘り当てたわけじゃなく、命の危険をおかして戦った結果なんだからな。」


「それをあてにされちゃかなわねえよ。

 けど、Sランクを引退して国の兵士になる奴らは、それをあてにしてくる奴らがまわりに多くて、嫌気がさしたのも多いからな。

 家族の家も用意してくれるだろう?国が。

 稼いでるんだから寄越せって、頭おかしいのかって話だよな。自分で戦えよって思わねえか?うちの村にはそういうのがいなくて助かってるけどな。」


「家族が病気で、どうしても働けなくて困って……とかなら俺も考えるが、他人の金で楽して暮らしたい人間が寄ってきて困ると、ゼペットさんが引退して王宮勤めになる時に言っていたなあ……。」

「そういう奴らは、Sランクの冒険者は、生まれつきいいスキルをあてがわれて、生まれて来たんだと思ってやがんのさ。」


 確かに魔法使いには生まれついての魔力量の差があり、生まれつき付与された属性によって、最初からある程度魔法が使えるものではあるが、だが実際の戦闘となるとまた別の話だ。1人で魔物を倒せるような冒険者はいないし、特に近接職は最初何の能力も持っていない。みんなコツコツレベル上げをしてランクを上げているのだ。

「努力なんだけどな、みんなの。」


「まったくだ。そこの理解がないから、有事の際のSランク強制召集に対して、誰も国民が異論を唱えないんだ。

 超人か何かだと思ってんだろうな。ちょっと努力して強くなっただけの、普通の人間の集まりなのにな。」

「昔はSSランクなんてものがあったらしいからな、冒険者にも。」


「そこまでの化け物なら、難なく倒せるんだろうけどな。1人でも。

 いても千年に1人いれば良いほうだろ、規格外過ぎるぜ。」

「確かにな。」

「──ああ、そうだ。そんな話をしにきたんじゃなかったんだった。」

「なんの用だったんだ?」


「リスタと今度服を買いに行く約束をしたんだってな?」

「ああ。リスタから聞いたのか。

 俺の説明不足のせいで、リスタのきれいな服を駄目にしてしまったからな。今度一緒に買い物に行く約束をしている。」

「家にも泊めたんだろ?」

「次の日一緒に朝から同じところへ出かける予定だったからな。」


「お前な……。」

 ランウェイが呆れたように見てくる。

「なんだ。」

「お前……。リスタをどういう存在だと思ってる?自分にとって、だ。」

「元ギルドの仲間で、仲間思いで優しい、とても強い槍使いで、子ども好きだ。」

「見た目は?」


「生まれてから今まで見た女性の中で、一番の美人だな。」

「それは分かってるんだな。」

「それがどうかしたのか?」

「お前、自分が過去に女性に服を買ってやった時はどんな時だ?」

「妻とリリアにしか買ってやったことはないな。ああ、一度お前のおふくろさんに、お礼で買ったこともあったな。」


「若い成人女性に限っていうなら、奥さんだけだよな?」

「まあそうだな。」

「お前……男が女に服を買って贈るっていうのが、どういう意味なのか知らないのか?」

「何か意味があるのか?」

「男が女に服を贈るのは、その服を脱がしたいって意味があるんだよ。」


 俺は思わず口にしていた、スイートビーの蜂蜜入りの牛の乳を吹き出した。

「そ……そんなつもりじゃない!

 ──ただ、服を駄目にしてしまったから、それだけだ!」

 俺は思わず真っ赤になる。

「お前はそうなんだろうな。けど、俺やリスタはそうは思ってねえぞ?」


「それは申し訳ないことをしてしまった。俺が駄目にしておいて、お金を渡して自分で買ってきて貰うというのも失礼だよな、どうしたらいいだろうか……。」

「ハア……。」

 ランウェイが頭をかかえる。

「──お前、今はリスタのこと、どう思ってんだ?昔告白されたんだろ?」


「ああ、結婚していたので断ったが。」

「お前が言わなかったからだろうが。」

「別に言う必要もないだろう、俺が独身かどうかだなんて。」

「お前な……、その、女性が自分に興味を持つ筈がないっていう、大前提からどうにかしろよ。結果としてリスタはお前が結婚する前からお前のことが好きだったのに、知らないまま告白させちまっただろうが。」


「む……、それは……そうだな……。」

「普通の男なら、あれだけの美人が近くにいたら、ちょっとは自分のことを気にかけてくれてないか、気にするもんだぜ?」

「お前は気にかけたのか?」

「最初はな。けど、すぐにお前のことが好きなんだって分かってやめたよ。」

「なら今からでもアタックしてみたらいいじゃないか、お互い独身なんだ。」


「あ〜の〜な〜。」

 ランウェイはますます頭をかかえる。

「なんだ。」

「お前、男の生理現象はどうなってんだよ!

 リスタを家に泊めたんだろ!?

 湯上がりのリスタを見たんだろ!?

 それでなんとも思わなかったのか!?」

「結婚していて子どももいるのに、そんなことは考えないぞ。」


「──そこだよ、お前が大前提として間違ってるのは。」

「どういうことだ。」

「お前の嫁さん、家を出てから、今どうしてると思う?」

「さあ……。実家に手紙は送ったが、戻ってきてしまったからな、どこでどうしているのか……。」


「──他の男と結婚したぜ。

 3年も前にな。相手は子爵だ。」

「なんだって!?」

「この間参加したトウコツ討伐隊の中に、回復魔法使いがいたろ?そいつがお前の顔を見て思い出したんだ。自分の親戚と結婚した女が、お前の元嫁だってな。

 お前と一緒にいるのを何度か見かけたことがあるらしい。帰り道に話してくれたよ。」


 ああ、パティオポンゴのボスを治療してくれたあの回復魔法使いの彼か。彼の親戚とあいつが、3年も前に結婚してただって……?

「お前、婚姻証明書を役場に提出してなかっただろ。」

「婚姻証明書?」

「そいつを出さなきゃ、公的には結婚したことにはならねーんだよ。」


 つまり内縁の妻扱いだったということか?結婚式はあげたんだがな。

 この世界にもそんなものがあったとは。

「俺はお前から結婚したとしか聞かされていなかったから、そのへんのことを全部やってんのかと思ってたんだが、お前がうちを抜ける際に、俺が冒険者ギルドにお前の情報を書いて申請書を出しただろ。」


「ああ、そうだったな。」

「そしたらこの方は既婚者ではありませんって、冒険者ギルドが役場照会の際に言われたって、書類を突っ返されたんだよ。

 前にお前がまだ離婚してないって言ってたから、てっきり離婚証明書を提出してないものだと思っていたから驚いたぜ。」

「そうだったのか……。」


「お前は逃げた奥さんを待ってるつもりだったんだろうが、向こうはハナから他の男に乗り換えるつもりで逃げたんだよ。

 もう戻ってなんて来ねえぜ。

 だいたい、結婚する前に俺らが言っただろうが。酔って一回しただけで子どもが出来たにしちゃ、計算がおかしいって。

 なのに女性を疑うもんじゃないって、お前が突っぱねて結婚しちまったんだろうが。」


「だが……。したのは事実だ。」

「めちゃくちゃ飲まされて、したたかに酔ってたんだろ?裸で横に寝てたからって、したかどうかなんて分かるもんか。

 だいたいそんなに酔ってたら、普通使いモンにならねえよ。

 妊娠して他の男に捨てられたところに、ちょうどよく現れたお前が利用された、ただそれだけの話しだ。」


 俺は腕組みをして考え込んだ。

「その女さえいなきゃ、今頃お前とリスタがくっついてたって俺は思うよ。

 その後すぐに流産して、今度はちゃんとお前の子どもであるリリアちゃんが出来た。

 だから俺も何も言わなかったが、子どもをおいて逃げて、さっさと別の男に乗り換えた女を、妻だと思うのはいい加減やめろ。」

 ランウェイは強い目で俺を見た。


「役場に行ってみるよ……。」

「ああ、そうしろ。

 俺はな、お前にちゃんと幸せになって欲しいんだ。お前のことを本当に好きで、お前との将来を考えてくれている女と結婚して欲しいんだよ。リリアちゃんだって、まだ母親が恋しい年頃だろ?

 少しは周りに目を向けろ。お前が見ようとしてないだけで、お前に興味ある女は、今までだってたくさんいたんだからな。」


 そんなことは考えてみたこともなかった。

 リスタに告白された時ですら、実感がわかなかった。単純に結婚しているから断ったのだが、あの時のリスタの、衝撃を受けたような表情と、悲しげに揺れた眼差しは今でも忘れられない。

 傷つけてしまった、と思った。俺は今まで態度を変えずに接してくれたリスタに、俺も普通に接していたが、本当はどう思っていたのだろう。考えたが分からなかった。

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