第24話 エンリーの改心
俺はリッチを連れて、とある子爵婦人の家に呼ばれていた。
婦人と言っても未亡人で、子どものいない婦人が爵位を引き継いだらしい。
貴族の家としてはこじんまりとしているが、それでも俺たちの家より確実に大きな屋敷のドアを叩く。
すると、従者の格好をした若者が、中からドアを開けてくれた。
「──エンリー?」
俺を迎えてくれたのは、気まずそうに、照れくさそうに、頭を掻いているエンリーだった。
応接室に通されて待っていると、エンリーが車椅子を押しながら、婦人を連れて来た。
「はじめまして、アスガルドさん。
シュタファーと申します。」
かなり高齢のようだが、足が弱い以外は、背筋も伸びて上品な女性だった。
そして、俺はその顔に驚きを覚えた。知っている人にとても似ていたからだ。
エンリーが婦人を抱きかかえ、俺の向かいのソファに座らせ、その後ろに立った。
「エンリーの紹介で、あなたのことを最近知りました。
困っていることがあるので、あなたにお願い出来ないかと思っているのです。」
「俺が役に立てることであれば……。
失礼だが、エンリーとは、どこで?」
「──以前から、私を手伝ってくれていたのです。
私は子どもがおりません。
ですが、子どもが大好きなのです。
親をなくした孤児たちを引き取り、施設を運営しております。
子どもたちや、私の作ったものを、教会のバザーなどで売っているのですが、そこで彼とは知り合いました。
私より先に、子どもたちが、ですが。」
婦人が席を外していたのか、近くにいても保護者と気付かなかったのか、子どもたちだけでバザーの売り子をしているのを見て、エンリーが手伝いを申し出たのだろう。
そして一緒に品物を売るうちに仲良くなった。そんな姿が目に浮かぶ。
俺がまだ冒険者をしていた頃、街の祭りでエンリーを見かけた事がある。その時も、店を覗いて回っていた筈が、気が付けば、小さな姉弟がやっている出店を手伝っていた。
そういうのを放っておけない。エンリーは昔からそういうところのある子だった。
「そうでしたか。
……なぜ彼を、この家に?」
エンリーはてっきり、冒険者ギルドのクエスト依頼料金と、盗まれたスパイダーシルクの前受金を返すため、今頃必死に働いているものと思っていた。
役人に連れて行かれた人間が課される強制労働は、終わるまでどこかに行くことは当然出来ない。
特にスパイダーシルクの糸は高額だ。てっきり1年は戻って来れないものとふんでいたのだが。
「うちには、継がせる資産も財産になるようなものも、あまりありませんから、養子を取ってまで継がせる家でもないのです。
ですので私の代でお終いになるのが残念ですが、それまでに子どもたちを何とか面倒みようと頑張っておりました。
ですが、かなり資金繰りが苦しくなり、……それをうっかりエンリーに相談してしまったのです。」
婦人は本当にとんでもないことをしてしまった、という表情で俯く。
「エンリーは何とかすると言って、突然たくさんのお金を持って来てくれました。
私は遠慮したのですが、エンリーはそれを置いて、そのまま私の前から姿を消しました。
私は心配になり、彼の家につかいをやったところ、彼の家で作ったスパイダーシルクの糸が盗まれてしまい、事前に受け取った代金を返さなくてはならなくなったのに、お金がなくて捕まってしまったことを知ったのです。」
カジノで大負けでもしない限り、あの金を一度に使いきるなどありえない事だと思っていたが、そういう事だったのか。
「私はスパイダーシルクの糸の購入者に、エンリーがくれたお金を返し、冒険者ギルドの依頼料を立て替えて、エンリーを牢屋から救い出しました。
家に帰れなくなってしまったと言う彼を、この家に引き取ったのですが、クエスト依頼料金分の仕事をすると言って、今こうして、私の世話をしてくれています。」
エンリーは再び頭を掻いた。
「なるほどな。
お前らしい話だが、あれは村全体の金だ。
気持ちは分かるが、相談もなしにするべきじゃなかったのは分かるよな?」
「……うん。
ちょっと格好つけ過ぎたよ。
反省してる。」
俺は、うんうんと頷いた。
「お前が格好つけたのは、子どもたちの為だけじゃないだろう?
シュタファーさんは、亡くなられた、お前の祖母のジスタさんにそっくりだからな。」
エンリーが子どもに優しいのは、単に子ども好きだからだが、年寄りにも優しいのは、大好きだった祖母の影響が大きい。
エンリーが物心ついた頃には、既に体が弱っていた彼の祖母は、エンリーの8歳の誕生日に亡くなった。
誕生日が来るたびに、優しくて大好きだった祖母を思い出しては泣いていたエンリーに、俺はある日こう言った。
ジスタさんは、お前に笑っていて欲しい筈だ。お前の誕生日を毎年悲しいものにさせてしまったことを、きっととても悔やんでいる。
お前がジスタさんにしてやりたかったことを、他のお年寄りたちにしてやるんだ。
それでお前が笑って誕生日を迎えられる日が来たら、それがジスタさんがお前にくれた誕生日プレゼントだ、と。
それからというもの、元々優しくて面倒見のいい子どもだったエンリーは、進んで村の年寄りを手助けするようになり、子どもと年寄りに人気の若者へと成長して行った。
スパイダーシルクの一件の時も、大人たちは皆エンリーを責めたが、年寄りと子どもたちだけは、心配そうにエンリーを見つめていた。
事が事だけに庇うことはしなかったが、救えるものなら救ってやりたかったのだろう。
誰よりも先に、村長夫妻の次に頭を下げたのも、年寄りと子どもたちだった。
「みんなをこれ以上心配させないように、しっかり働くんだ。
そうしたら、俺からもフォークス村のみんなに話をしてやる。」
「うん、分かったよ。」
エンリーが穏やかな笑顔で言う。
俺は、多分もう、大丈夫だろうな、と思った。
「それで、改めて俺に頼みたい内容についてお伺いしたいんだが、どのようなことですか?」
「はい。
私は主人の残した犬をとても可愛がっているのですが、最近その犬が、どうも魔物に取り憑かれてしまったようなのです。」
「──犬が?」
俺は最強最悪のケースを頭に思い浮かべた。もしもそれであった場合、俺などに対応は無理だ。
もちろんまだ話を聞いてみるまでは分からない。だが……。
俺は思わず、うーんと、首を傾げたのだった。
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