第16話 レオペンの勘違い
「僕……別にみんなを困らせてるつもりはないんだ。
ただ、みんながびっくりするのが面白くて……。」
「確かに、人のびっくりした顔は面白いよな。
俺も子どもの頃、よく落とし穴を掘っては、大人を落としたりしたもんだ。」
俺は園児の頃、とにかく落とし穴を作るのが好きな子どもだった。そこに先生を誘導して穴に落とすのが何より楽しかったのだ。
そうは言っても園児のすることだ。今思うと先生にはバレバレで、掘れる穴も足首が埋まる程度。
それでも、画用紙で蓋をして上に土を置いてなめらかにし、一見分からなくしてホクホクしていた。
俺の言葉に安心したのか、サイファーの表情がちょっと和らぐ。
「あと……それで怒られると、やってないって嘘ついたりしちゃうんだ。
良くないって分かってるんだけど。」
「うーん、そうだなあ。
確かにそれはよくないな。
嘘ってな?
1回ついたら、それをごまかす為に、また嘘をつかなきゃならなくなることがあるんだ。」
「うん……ある……。」
「例えば、もし、俺が玉ねぎが嫌いだったとして、夕飯に出てきたとするだろ?
それを、嫌いだからこっそり捨てちゃったのを、犬がとって食べちゃったって、お母さんに嘘をついたとする。
そしたら、さあ大変。
犬は玉ねぎを食べたら死んでしまう、何でそんなものを与えたんだー!ってお母さんに怒られた。
そしたら、サイファーならどうする?」
「おばあちゃんが食べたって言う……。」
「そう、また別の嘘をつかなきゃならなくなるんだ。
嘘をつくと、何度もごまかす為に、嘘を重ねることになる。
そしたら、今までついた嘘も覚えてなきゃいけなくなるんだ。
でも、そんなのずっと覚えてるのなんて無理だろ?
いつか絶対バレて怒られるだろ?」
「怒られる……。」
「俺は頭が悪いからな。
絶対覚えてなんてらんないし、そんな面倒なことするくらいなら、1回目で怒られた方が楽なことに気付いたんだ。
だから自分の為に嘘はやめた。
何度も怒られるの、やだろ?」
「うん……。」
「勇気を出して、1回目でごめんなさいってしたほうが、自分が楽だぜ?」
「僕……、嘘つくの、やめるよ。」
「そうだな!楽に生きようぜ!
そろそろお父さんとお母さん、心配してるんじゃないか?
ちゃんと家に帰ったら、ごめんなさい出来るか?」
「出来る。」
「よし、男の約束だ!」
俺はサイファーに指切りを教え、指切りげんまんをした。
サイファーを見送り、俺はザカルナンドさんのところへと戻った。
「あの……。」
「もう大丈夫だと思いますよ?
素直でとてもいい子です。
サイファー君が自分から謝ってきたら、あまり強く怒らないでやって貰えますか?」
「はい、きちんと自分から謝れるのであれば。」
俺はザカルナンドさんに微笑んだ。
そこへ、息を切らせて若い女性が駆け込んで来る。
「エミリア、どうしたんだい?
──あ、妻です。」
ただ事ではない様子のエミリアさんに、ザカルナンドさんは心配そうに話しかける。
「……さっき、サイファーが家に帰ってきたんだけど、私、強く叱ってしまったの。
そしたら泣きながら飛び出して行って……。
私、探したんだけど、見当たらないの。
どうしましょう、そろそろ暗くなってきたし、魔物のいる森になんて入ったら……。」
「何だって!?
早く探さなくちゃ。
すみません、ちょっと急用が出来たので、日を改めていただけないでしょうか?」
「いやいや、そういうことならお手伝いしますよ。
一人でも人手は多い方がいいでしょう。
暗くなってからじゃ、大人でも森に入るのは危険だ。
うちにも小さい娘がいます。
サイファー君のことが心配だ。
今探さないと探せなくなる。」
「……すみません、お願いします。」
それから村人総出で探すも、サイファーは見つからなかった。
「後は……、まさか山に登ったのか?」
「今のレオペンは危険だ。
俺たちじゃ山は探せない。
明日、日が昇ったら、冒険者ギルドに頼むしか……。」
「そんな……。
ああ、私が強く叱ったりなんかしたから。
無事でいて、サイファー……!」
「エミリア……。君のせいじゃない。」
俺はそれを聞いて、ふと思い当たる事があった。
「お母さん、さっき俺がサイファー君と別れた時、灰色の上下を身に着けていたんだが、家を出た時も、同じ服装でしたか?」
「はい……。
間違いありません。」
「──それなら俺が山に行きます。
サイファー君は、レオペンと一緒にいる可能性があります。」
「何ですって!?」
「──私も行きます。
息子の……ことですから。」
レオペンを恐れながらも、勇気を振り絞ってザカルナンドさんが言う。
俺はコックリと頷いた。
「レオペンは、岩肌や、高い木の上に巣を作る傾向にあります。
この山なら、あの辺りでしょう。」
少し飛び出した岩肌が幾つもあり、俺はそこにリッチを向かわせた。
レオペンが威嚇する声が何度も聞こえ、リッチが戻って来る。
「どうやらあの巣のようです、ちょっと登りますんで、手伝って貰えますか?」
俺はザカルナンドさんに肩車して貰い、岩肌に手をかけて上を覗き込んだ。
そこにはレオペンの巣で丸くなって眠るサイファーがいた。
岩肌に上がると、俺は威嚇してくるレオペンに、子を持つ親が外敵に対し威嚇する時の声を真似ながら、サイファーを抱き上げた。
それを聞いてレオペンが引き下がる。
「いましたよ、ザカルナンドさん。」
俺は岩肌からそっと降りると、岩肌に手を引っ掛けた状態で、片腕でサイファーをザカルナンドさんに渡した後、手を離して飛び降りた。
「サイファー……!」
「お父さん、痛い……。」
「ああ、ごめんよ?」
強く息子を抱きしめてしまったことでサイファーが目を覚まし、ザカルナンドさんがそれに謝る。
「お父さん……。」
「なんだい?」
「僕……嘘ついてごめんね?」
「ああ……!サイファー……!」
ザカルナンドさんは目にうっすら涙を浮かべていた。
家で心配して待っていたエミリアさんが、泣きながらサイファーを抱きしめ、サイファーは少し不思議そうな顔をした。
俺は翌日再びポンリオ村を訪ねた。
レオペン対策を話す為だ。
「まず、このエイボスの花を、すべて切り落として下さい。」
村人たちがざわつく。
「そんな……この木が原因だって言うんですか?」
「ええ。その理由は、レオペンが弱視だからです。」
「あの……弱視って?」
村人が恐る恐る尋ねる。
「まったく見えない訳ではないのですが、視界が薄ぼんやりしているということです。
光や、うっすらと色は分かりますが、物の形などは分かりません。
エイボスの木は、まるで木全体を覆うかのように、小さな花がたくさん付きます。
それがレオペンの目から見ると、巣の真ん前に、天敵であるレッドボスが群れをなしているように見えるのです。」
弱視は程度の差こそあるが、メガネをしても物をはっきりと見ることが出来ない症状をさす。
人も動物も魔物も、生まれた時ははっきりと色や形を認識出来ないものだが、成長とともに見えるようになる筈のものが、見えないまま育つことがある。
弱視は治療出来るケースもあるが、魔物のレオペンにそれは不可能な為、当然その殆どが弱視として育つ。
エイボスの木は、まるで真っ赤な桜のような木だ。とても美しいが、レオペンを食べるレッドボスと言う鳥の魔物と色が酷似している。
色しか分からないレオペンが、それを見て巣を守る為に追い払おうとしていたのだ。
「サイファー君を巣に持ち帰ったのも同じ理由です。
レオペンの雛は皆灰色をしている。
レオペンは灰色の上下を着ていたサイファー君を、巣から落ちた自分の子どもだと勘違いしたのでしょう。」
見えていないので、よく、よその雛を間違えて連れて帰ることも多い。俺の子だ、と主張したらレオペンが引いたのはそういう訳だ。
「じゃあ……やっぱり、レオペンを退治しないと、エイボスの木を使って、人を呼ぶことが出来なくなることに、変わりがないじゃないですか。」
村人たちがザワザワしだす。
「代わりにこんなのはどうですか?
レオペンを追い出さずに、観光客を呼ぶ方法です。」
「うわあ!早い!
一瞬であんなところから、こんなところまで降りて来たぞ!」
「かわいい!並んで歩いてるよ!」
ポンリオ村はレオペンの食事風景を見る観光ツアーで、連日客が溢れていた。
レオペンは実は飛べない。ペンギンに似た魔物で、イワトビペンギンの頭部の飾り羽のようなものが、ライオンのたてがみのように、顔の周りについている。
餌を取る時は、高い木や岩肌から、風に乗ってグライダーのように一気に滑空するのだ。
だから高いところに巣を作る。
そして巣に戻る際は、これまたよちよちと、ペンギンの行進のように、並んで歩きながら巣へと戻る。
空を猛スピードで滑空する姿と、歩く姿のギャップが受けて、すっかり大人気だ。
花を切ったエイボスの木に餌入れの籠をもうけ、一日2回、餌を入れる。
自分たちで餌を取らなくなると困るので、これが限界と指示してある。
「俺たちにとっては少しも珍しいものじゃないから、こんなにウケるとは思ってもみませんでした。」
「まあ、見慣れた人からしたらそんなもんですよ。」
ザカルナンドさんは未だに今の盛況ぶりが不思議なようだ。
「何から何まで、ありかとうございました。」
「僕ね、もう嘘ついてないよ!」
両親とも和解したサイファーは、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
そんな2人に手を振って別れる。
まもののおいしゃさん初めての仕事は、依頼主が大満足の中終わったのだった。
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