第30話「やっと会えた」

「わかった。話すよ。全部‥全部話す」

「でも、長くなるけどいいかな?」

 そう言うと4人はゆっくりと頷いた。

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「みんなありがとう」

 僕はこぼれ落ちる涙を拭き取り深呼吸して喉に意識を寄せた。

「まず、あの3人と僕との関係なんだけど‥」

 途中で声がかすれた。溜め込んだはずだった空気を全て使い果たしてしまったみたいだ。


 これから話すことは全て事実であり自分自身の中身を目の前にいる4人に伝えることになる。今ままで関わりを避け続けるために取り繕ってきた偽物の自分ではない。


 もう一度、鼻から静かに酸素を取り込む。

「僕はあの3人に小学生の頃からいじめを受けてきた。だから、宮橋君と大場君が公園で見たあれは喧嘩じゃない」


 自分が話すイメージは出来ていたのに全く違って声が震えてしまったけど自分の口から発せられた音で相手に情報が無事に伝わったことに安堵した。


 それと同時にいじめという言葉を相手に向けて使い、なにか見られたくないものを見せているような気分になったけど、言い終わった後にもうそんなことを気にする必要も無いと前向きに考えるようにした。


 さっきまで立って話していた大場がゲームが置いてある棚の近くに静かに座り目線が同じ高さになった。


「どうしてあのとき喧嘩って言ったの?」

「そう言えば友達間の一時的な問題だとみんなが認識してくれると思ったからだよ」

「じゃあ、あの公園でやってたことはあの時だけじゃなかったってこと?」


 僕は大場の質問に頷き、自分の喉の奥から言葉を取り出すようにずっと秘めていた事実を伝えた。 


「宮橋君と大場君があの公園で見たようなことを小学生の頃からずっと受けてきた。ずっと‥ずっと暴力を振るわれてきた」


 成川から「え」という声が漏れた。

 驚くのも無理もないか、彼らはそんな経験してきたわけないはずだ。これが当たり前になっていることがどうかしているんだから。



「小学生の頃からって教師には相談しなかったのか?」

「相談はしていないけど小学生の時に一度、井上たちの行為が見つかって僕と彼らが職員室に呼び出されたことがあった」


 小学生の時にトイレで行われた出来事の詳細まで言う必要ないと思った。単純に思い出して言葉にしたくないという思いもあったけど、それよりも質問に対する情報としては過不足無いと考えたからだ。


「井上たちも悪いけど仲良くしようとしないお前も悪いと言われてその後の対応は何もなかったよ。だから、もう教師には何も期待しなかった」


 あのときの教師の顔とあの状況が短い動画として保存されるように今でも鮮明に記憶に残っている。何年経っても頭の中にこびりついた嫌な記憶は消えないものだ。


「ええ、ひどい先生」

 成川の反応を横目に明島が僕の方に向きかえる。


「教師じゃなくても相談できるような友達はいたの?」

「いや、クラスの殆どは井上の言うことに従うようにして僕を避けていったから話すような感じではなかった。そもそも、いじめられてるやつに近寄ろうなんて考える人なんて殆どいないからね。でも‥」


「でも、一人だけいた」


 宮橋は何か思い出したようにハッとしたような表情を浮かべた。

「吉永?」

 僕は宮橋の目を見て静かに頷く。


「小学6年生の頃に転校生がきたんだ。名前を吉永翔太っていうんだけど彼だけは最後まで唯一の味方でいてくれたんだ。だから、僕が初めて友達と呼べる存在が彼だった。でも、翔太は小学6年生の2月に病気で亡くなってしまった。転校してきたときから病を患っていたんだ」

「そっか、辛かったね」


 僕が話し終えると、明島が空気が抜けていくようにそう言って悲しみの表情を浮かべていた。


「中学の時、樹はどうしてたの?仲いい人はいたの?」


 恐らく明島はその後の僕が立ち直ったことを期待していたのだろう。


「いや。むしろ中学に上がってからいじめはひどくなった。井上に従うやつが増えたから僕をいじめる人間の数も増えたし、それと同時に僕のことを避けるやつも増えた…」

 ここまで言って、言おうか言わまいか迷ったけど今の僕を形成する出来事として話しておくべきだと思った。


「そんな日々が続いて自暴自棄に陥った僕は中学3年に上がってから学校へ1日も行かなかった」

「卒業式も?」


 僕は明島に向かって頷く。卒業式なんて退屈な日常の一部分でしかないから卒業式を特別視することはなかった。


 あの時の事を少しでも思い出すとイメージが頭の中から湧き出てくるように流れ込んでくる。あの時に感じた孤独を思い出す。頼れる人が誰もいない。味方が誰もいない。僕に向けられる突き刺さるような視線。否定され続け周りから人が離れていく。


 頭の中で膨らむ想像の風船がぱちんと割れて成川が質問していたことに気がつく。


「本当に1日も行ってないの?」


 信じ難いというような表情をした成川は僕が学校に行かなかった事実を再確認してきて、僕は頷いた。


 不登校という言葉は使わなかったけど1年間学校へ行かなかったという事実は普通の世界に生きていた彼らには衝撃的だったのかもしれない。


「それ以来、僕は人との関わりを断つとを決めた。人と関わり合うから辛い思いをする。だから、みんなと話してるときも自分を出さないように、自分という存在を隠すように接してきた。関わりを保たないようにするために」


 自分の外側と内側を分けて内側には誰も入れないように閉じこもった。これが一番安全な方法だと思ったからだ。一番傷つかなくて済むと思ったからだ。


「宮橋君は気がついてたみたいだけど、実はこの眼鏡には度が入ってないんだ。人から自分を認識されたくなかいから少しでも自分の存在を隠したかった。髪を伸ばしてるのも同じ理由だよ」


 こんなこと言って4人から引かれないか心配になったけど成川を見てそんな心配は不要だったことに気づく。


「そんな無理して辛くなかったの?」 


 僕とは反対の性格の成川にとっては信じられないことを僕は言ってるのだろう。だから、驚くのも無理はないと思う。


「1年生のときは何も思わなかったよ。むしろ、順調だと思ってた。表面上で取り繕って作り上げた僕が本当の僕だと認識されて、その人間通り波風立てない生活ができた。だから、この生活をあと2回繰り返せば終わると思ってた。そもそも、高校に進学した理由も親が僕の将来を心配して高校だけは卒業してくれって言いうから進学しただけで3年間この調子で時間を消費するつもりでいたからね」


 今の話に2年の内容が入っていなかったことが当然気になったようで成川は質問を続けた。意図して入れていなかったのもあるけど。


「2年はどうだったの?」

「2年もそのつもりだった‥」


 そう、「だった」んだ。


「だけど、みんなに出会って少し考えが変わっていったんだと思う。文化祭でクラスのみんなと話すうちに過去に感じた視線だったり色んな人と話してみて周りが悪者ばかりじゃないと思えるようになったんだと思う」


 4人はそれを聞いて少し安堵している様子だった。

 彼らと関わり始めて、初めて経験することや色んな人と話したり今まででは考えられないような生活を送ってきていたのは事実だ。その分、自分が作り上げた型からはみ出る自分を必死に型に押し込んで型を保とうとしてきた。


「でも、そんな時に井上から連絡が来るようになった」


 また、4人の表情がまた険しくなる。


「それって文化祭の時からか?」

「うん。高校に上がってからしばらく彼らとは会わなかったし連絡先も知らなかったんだけど、あの時に交換することになってそれから連絡が来るようになった」


 大場がわずかに首をかしげた。

「交換することになったって断らなかったの?」

「いや、断れなかった。スマホを取り上げられて勝手にLINEを追加されたから。ブロックしたとしても僕が通ってる高校を知られてるから、彼らが連絡先を知らなくても会おうと思えばいつでも会える。もし、彼らが学校の帰りに会おうとすればみんなに迷惑をかけると思ってそれはできなかった」 


 大場が手を顎に押し当てて少し考え込んだ後、思いついたように口を開いた。

「公園で呼び出されたことを僕らに言わなかったのもそういうことだったの?」


 僕は頷く。


「ちょっとまて、そしたら樹が謹慎になったのは俺らにあいつらと関わらせないためにやったのか?」

「そうだよ。これ以上みんなを巻き込みたくなかったから僕がやったことにすれば僕と彼らだけの問題のままにできると思ったからそうしたんだ」


 誰にも迷惑をかけないで問題を僕の中にしまい込むはずだったけど、実際は全く違う結果になってしまった。


「でも、そうもいかなかったね。結局みんなにこんな形で迷惑をかけちゃった」


 全く自分の思い通りに進まなかった結果に僕は思わず苦笑いした。


「全然迷惑じゃねぇよ。むしろ話が聞けてよかったけど…まあ、一言相談してほしかったかな友達なんだし」

「自分を責めちゃだめだよ樹。私だってテストの時、樹に助けてもらったんだし。それに、今日は本物の樹に出会えた気がするから良かったかも」


 そう言うと成川は僕を見つめニヤニヤと笑っていた。


 僕は中身を覗かれたことがなんだか恥ずかしくなったのでここは笑顔を作って成川に返した。

 

 これからも僕は彼らに迷惑をかけ続けるだろう。それが人と関わりを持ち続けることなのかもしれない。


 だから、今までのことも含めて僕はみんなに自分の言葉で言わなければいけない。


 体育座りのように膝を抱えて座っていた僕は4人に向き返って脚を折りたたみ正座した。


「みんな、今回のことも今までのことも迷惑かけて本当にごめんなさい」 


 僕は床に頭を付けてみんなに謝罪した。額にカーペットを押し当てているせいか額の温度が少

しずつ上昇していくのを感じていた。


「でも、これからも、もっと…もっと迷惑かけるかもしれない。不器用な生き方しかできないこんな僕だけどみんな友達でい続けてくれるかな?」


 僕は床に伏していた顔を恐る恐る上げて返ってくる言葉を待った。


「当たり前じゃんか」

「頭下げなくてももう友達じゃん」

「お願いしなくても私達は友達だよ、樹」

「いいともぉ」

「理奈、空気読んで。あと、それもう古いよ」

 

 僕は2人のやり取りを聞いて思わず破顔した。

 

 そして、彼らの言葉を聞いてようやく自分が信頼できる友達という存在を持った事を自覚した。彼らといる時間を大切にしたい。そう思えた。


 僕の視界に4人の笑顔が見える。それは屈託のない晴れやかな笑顔。気づけば僕もまた頬が緩んでいた。自然に笑えるんだな僕も。


「なんかみんなに話したらスッキリしたかも。ごめんね時間取らせちゃって」


 物理的に肩になにか乗っていたわけでもないけど肩の力が抜けて、肩が軽くなったような感覚があったのは本当だった。


「いいよ。時間はたくさんあるんだから。だから、たくさん時間をかけて失ったものを取り戻していけばいいんじゃね」

「お、良太かっこいいこと言うね」

 大場が両手の人差し指を宮橋に向けて白い歯を見せた。

「でも、本当にその通りだね」


 どのぐらい話したのだろうか、4人を玄関まで送ってドアを開けると外はもう真っ暗だった。家にずっといるから外の明るさはあまり気に留めてなかったけど、彼らが来た時間から随分と経っていたことだけはわかった。


「今日はありがとう、みんな」


 4人は手を振ってエレベーターのある角へ曲がり姿が見えなくなっても彼らの話し声だけは聞こえていた。

 

 すぐにエレベーターが到着した音が聞こえて間もなく、辺りはいつも通りの静寂を取り戻し、僕はゆっくり玄関のドアを閉めてさっきまで4人が居た自室に戻った。


 一つの部屋に4人も居たからまだ部屋には温もりが残っている。部屋の温かさを肌で感じるようにしてゆっくりと座り込み天井を見上げて、自分の今の思考に目を向けた。


 僕は本物の自分を取り戻せるのかな?


 いや、彼らと一緒ならきっと大丈夫だ。

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