第25話「僕には無い感情」

  

 柿原は塾に通っているので数日間、柿原の様子をしばらく観察して、塾に行く日を事前に調べてその日に作戦を決行することを中川に伝えた。

 そして、今日が作戦決行日の日だ。天気は雲ひとつない快晴で雨が降っていたら傘で会話がしづらいと懸念していたけど、第一の不安要素は解消された。


 放課後、帰りのHRが終わりいつも通り4人は固まって駄弁っている。柿原はたまにこちらに来て駄弁っていくこともあるが、柿原はどこかのグループに依存して他のグループと全く話さなくなるというタイプではなく、色んな人と満遍なく話しているので4人の方に来るかは彼の気分次第にだということが数日間観察していてわかった。

 なので、この運要素が発生する状況が起こらないように柿原が放課後まっすぐ学校を出るであろう塾に行く日を事前に調べた。

 そして、中川とはすでにLINEで連絡を取って靴箱を出てすぐの場所で待機してもらっている。

 

 予定通り柿原がすぐに教室を出たので僕も教室を出ようとして席を立ったて教室を出ようとした時だった。

「樹はオムライスはソース派?ケチャップ派?」

 と背中から僕に対しての質問を聞き取り、振り返ってみると声の主は当然ながら成川だった。

 その質問に答える必要性があるのか甚だ疑問を感じていたが、小学生のような純粋な瞳で僕の事を見ていた。

 放課後に残ってまでこんな表面的な会話をする意図が僕にはわからなかったけど、とりあえず、思考を要することなく簡単な2択の質問だったのですぐに答えた。

「ケチャップ派かな」

「やっぱりね!これでケチャップ派3人!オムライスはケチャップなの」

 立ち上がってバックを持った時、宮橋と目が合った。

「樹、帰るの?」 

「今日はちょっと用事があって」

 前だったらもっと具体的な嘘をついていたけど咄嗟に思いついた言葉がこれだった。

「そっか。じゃあな」

「うん。またね」

 なんとか帰ることはできたけど柿原を見失ってしまったかもしれない。廊下に出て歩いている人を確認してみるが柿原らしき人はおらず、下の階に降りる階段に行くとすぐに見つけた。柿原の見た目が目立つからなんとか助かった。

 僕は急いで階段を降り柿原に追いついた。。

「か、柿原君」

 自分の頭の中では言葉が流暢に流れているのにその意識とは裏腹に僕が発した声は消えそうな声を発していた。だから、柿原に僕の声は聞こえていたか不安になった。未だに自分から話しかけることが苦手に感じるし、もう一度話しかけたくないから、できれば一度で成功していて欲しい。

「おー天野。お疲れ」

 僕の頭の中で起こっていた葛藤を知る由もない柿原は能天気な返事をした。

「お疲れ様」

「いつメンはいいのか?」

 いつメンという言葉の意味を僕の記憶の中から探すのに少し時間を要したが意味を理解して、いつの間に僕はいつメンと呼ばれるような仲になっていたのか疑問を感じたが、とりあえず柿原とコンタクトが取れたので不自然のないように会話を続けた。

「今日はちょっと用事があって早く帰るんだ」

「なになに用事って?デートとか?」

「いや、そんなものじゃないよ。今日、柿原君は何かあるの?」

 僕のことを深掘りされるとボロが出るので話題の対象を柿原に移した。

「塾あってさこのまま帰るんだよ」

 知っていたが一応訊いた。ここまで来れば塾の有無はもはやどうでもいいけど。

 作戦ではここから校門に向かって歩いている間に中川が僕に話しかけてきて会話を繋ぎ、さりげなく3人で帰り、駅からは僕が離脱して2人きりになるという計画になっている。でも、どうやって会話を繋げばいいか僕にはよくわからないけど、もうやるしかない。

 前方に中川の姿が見えた。

「あ、天野先輩。こ、この前借りた本を返しに来ました」

 この前まで僕のことを「あなた」とか「天野」とか呼び捨てにしていたから「先輩」という言葉が聞きなれなかったが、それよりも僕に対してあんなに強気の姿勢だったのに柿原が目の前にいる中川はまるで別人だった。この様子だと誰のアシストも無ければいくら柿原でも連絡先を交換するのは難しいように思う。

「面白かった?」

 僕も内心焦りはあったけど彼女を見ていると実は自分が冷静なんじゃないかと思えてくる。

「す、すごい面白かったです。はい」

 こんなあからさまな様子で柿原は何も違和感を感じないのか心配になったが、おそらく柿原のような性格はそういうことはあまり気にしないのだろう。

「あれ?もしかしてこの前、文化祭で話したよね?」

 僕1人で会話を繋げようと考えていたけど、流石柿原と言うべきか彼から話しかけてなんとかこのまま話を繋げられそうだ。

「え、お、覚えててくれたんですか」

 顔を真っ赤にして今にも湯気が立ち上りそうに見えた。漫画やアニメの世界では見たことがあったけど現実でもそれに近しい状態があり得ることを今、目の当たりにしている。

「覚えてる覚えてる。志帆ちゃんだよね?」

 一瞬誰の名前かわからなかった。話の流れから中川のことなんだろうけど、この前会った人が本人かどうか確認するような認識なのに下の名前で呼ぶらしい。なにか柿原と僕でコミュ力において大きな壁を感じた。

「そ、そうです」

 一度、話し出せば後は柿原に任せておけば大丈夫そうだ。僕は2人きりの状態を作るためのつなぎ役として機能すればいいので、このまま場を持たせればいいだろう。

 だから、会話を繋ぐためにとりあえず何も知らないふりをした。

「あれ?2人とも知り合いだったんだ」

「そうそう。文化祭の時来てくれたんだよ。天野はどっか行ってたから見てなかったかもな」

「そうだったんだね。中川さん来てくれてありがとう。5組の文化祭どうだった?」

 話を回すなんて生まれて初めてで一体どうすればいいかわからず「どうだった?」なんていう漠然とした質問をしてしまったことに後悔した。

「どう…どうですか?えっと…」

 しどろもどろになっている中川を見て緊張している相手にははい、いいえで答えられるようなクローズドクエスチョンをするべきだったのだろう。

 一方、柿原はこういう状況はあまり感じ取らないのかいつも通りだ。

「いやあ舞香の演奏はすごかったな」

 中川に質問したつもりだったけど気がついたら柿原が答えていた。

 柿原の様子を見てみると文化祭をまた思い返しているようで、1人で目をつぶってうなずいている。

「明島先輩本当にすごかったです。明島先輩って吹奏楽部じゃないんですよね?」

「うん。ピアノ習ってたらしいよ。やべぇよなマジで」

 中川はしばらく2年5組を視察していたこともあってか共通の話題になるといつも通りの中川に戻るらしい。

 このやり取りで中川も緊張が解けてきた様子で少しずつ口数が多くなり、会話が正常に成立し始めた。


「え?柿原先輩supreme好きなんですか?」

「そうそう。supremeめっちゃいいよねぇ」

「私も大好きなんです。最近新作出ましたよね」

「でたでた。ノースフェイスとのコラボでしょ?マジでかっこいい。たまらんわ」

 中川と合流して10分ほど経って、僕も及ばずながらもできる限りの支援をしていたつもりだったけど、2人の会話が途中から何を言っているかわからなくなったし、2人とも会話が盛り上がっているようだったから僕は会話から少しずつ離脱して駅に近づくにつれて緊張から解放されていた。

 僕が駅で2人と別れると後ろ姿を見るに、2人とも楽しそうにしている様子だった。僕の役目は終えたので後は中川がうまくやってくれることを祈ることにした。


 それから数日後、中川からは特に連絡はないが、移動教室や帰りに2人で帰っているところや話しているところをよく見るようになった。中川のことだから恐らく計画的に柿原にばったり会うようにしてるのもあるだろうけど、とりあえず2人とも距離が近くなったことはわかった。

 そんな日が続いているある日、中川からLINEが来た。


(志帆)ついに、柿原先輩のLINEゲット!!しかも、来週の土曜日デート行くんだ

(天野樹)よかったね。楽しんできてね


 こういう時の返し方がいまいちよくわからなくて、この瞬時に誰でも思いつきそうな短文を打つのに5分くらい考えてから送信した。それでも、熟考した割には冷たい文面のような気がしたけど、これ以上考えたら既読無視だと思われそうなので、そのまま送った。

 文字ベースのコミュニケーションは対面で話さなくていいから楽だけど、こういう消耗させらるれる状況があるからたまに嫌になる。対面の方がもっと嫌なのは明白だけど。

 

 その後も、どうやら順調に行っているようで中川から柿原と何か進展があるたびに中川は僕にLINEしてきた。だから、今までの人生でこんなにLINEを返したことはないかもしれない。僕もまさか急に声を掛けられた高圧的な後輩とやり取りすることになるだなんて夢にも思わなかった。 

 その度に僕はどのような言葉を送ればいいのか悩んで結局ありきたりな短文しか送れなかったけど、中川もそのことをあまり気にしている様子もなく、おそらく誰かに伝えることで落ち着きを取り戻したかったのかもしれない。


 最近はゲーム以外でもスマホをよく使うようになったと思う。ゲーム以外といってもLINEだけど。今までの僕のLINE事情は宮橋に無理やり入れさせられた5人のグループが1つあってたまに動いているけどあまり見てなかった。登録されている友達もその5人と家族、後は思い出したくないけど彼らも入っている。だから、今まで使ってこなかったし、家にいる時は1人の落ち着く空間を保っていたかった。

 でも、最近は中川とのLINEのやりとりが増えてLINEの通知をオフからオンするようになった。というか、中川の返信に気づかず、何回か2日や3日と時間を空けてから返信したことがあったんだが、その間中川が靴箱で3人で話した時みたいになっていると、思うとなんだかかわいそうだと思ったのですぐに返信できるように僕なりの工夫をした。


ブー、ブブッ


(志帆)私からデートに誘ったの


(志帆)その日に告るつもり


 

 「告る」という表現を「告白する」という意味に頭の中で変換してから重要な事実だけを記されたメッセージを受け取ったことを理解した。

 今までの人生で一度も発したことがない単語を送られた僕は、既読をつけた手前どのような返信をするべきかまた頭を悩ませていた。

 中川がメッセージ画面を見ていて既読をつけてから返信が来ないと既読無視を疑っていたらどうしようかとまた余計なことを考えていたけど、今、直面している本題はそこではないことを思考の靄を吹き消すように考えを戻して僕からどんな言葉が送れるか考えた。

 今までの様子を見ているとうまくいきそうな気がする。恋愛経験のない僕が偉そうな事は言えない。でも、僕は初めの接点を作るところだけしかやっていないけど、その後の進展は全て中川が自分で作ったものだ。だから、彼女が柿原を好く気持ちと努力が報われることを願った。


(天野樹)がんばってね。応援してる


 「応援してる」なんて普段の会話で一度も使ったことがないような言葉が自分から出てくるなんて思わなかった。


 

 今日が中川の言っていたデート当日になった。中川はうまくやっているだろうか。今のところ連絡は来ていない。心なしか連絡を自分から求めてしまってる自分がいて、そんな思想を持ち合わせている自分がいることを初めて知った。でも、よく考えれば友達と出かけてる時にずっとLINEで他の人とやりとりしてるのも相手に失礼かもしれない。それに相手はこれから告白する人だから尚のことだ。



ブー、ブブッ

 

 夕方になり1日中静かだった僕のスマホが小さく音を立てた。

 スマホを手に取り恐る恐る送信相手を確認すると中川からだった。通知画面にはメッセージ内容は表示されていなかったのでアプリを起動してメッセージを確認する。

 個別のトーク画面を開かずとも中川から送られてきた短文はトーク履歴画面からでも読むことができたため時間を明けてから返信を考えて、個別のトーク画面を開くこともできた。しかし、それではなんだか彼女の努力を否定するよう思えた。


(志帆)ダメでした


 個別のトーク画面を開きどんな言葉をかけるべきか熟考しているとメッセージが更新された。


(志帆)電話してもいい?

(天野樹)うん


「もしもし」

「天野の声聞くの久しぶりかも」

「最近はチャットでやりとりしてるからね」

 電話越しから伝わる彼女の声は無理に取り繕っている感じはなく何か吹っ切れたように感じた。

「ダメだったんだ」

「…そっか」

 そのやりとりの後、しばらく沈黙が続き彼女の電話から遠くで車が通る音だけが聞こえていた。しかし、その音に混ざり僅かに鼻を啜っているような音も聞こえる。今の季節この時間でも外は寒くない。

 電話で話していると相手が話し始める前に息を吸う音がよく伝わってくることに気がつく。

 気の利いた一言が言えればと思って話そうとしたが息を吸う音が向こうから聞こえて僕は声を引っ込めた。

「好きな人がいるんだって」

 息を吐きながら深呼吸のついでに言ったような感じだった。

「先輩に好きな人がいるならしょうがないよね」

 電話から「音」という情報しか伝わらないけどその情報と今までの僕の体験から得た情報を組み合わせる。今の相手の感情も声色や動作を起こした時に生じる音もそれらの情報を元にして電話の向こうにいる存在が僕の頭の中で形を形成していくことで相手の感情を僕なりの解釈でイメージをする。

 だから、気の利いた言葉なんてその場凌ぎのようなことを考えていた自分が情けなく思えた。

「中川さんはすごいね」

「何が?」

「だって好きになった人のために本当は人見知りなのに頑張って僕に頼ったり、好きな人に近づくために努力してきた。好きな人のためにここまでできることって僕はすごいと思うよ」

 僕は正直に言って恋愛感情というものがよくわからない。それは今まで人間関係を拒絶してきたから失った感情なのかもしれない。だから、他人を求め、他人に求められるという状況が僕の中ではすでに消えてしまった感情のように思っているし、他者を好きになるということはその人を信頼して自分の内側に入れるという行為だと思っている。僕はそれができない。

 だから、1人の人を好く感情が彼女をここまで突き動かすことを僕はすごいと思う。

「なに?急に先輩面して」

「先輩なんだけどね…」

「でも、まあ。3人で帰った時あなたがいてくれたおかげでなんとか話せたから感謝してる」

「僕は大したことやってないよ」

「ううん。確かに、最初天野に頼んだのは話しかけてもなんか安全そうだと思ったし、コミュ障そうだったから私が上手に出れると思ったのが理由。でも、ここまでしてくれるなんて思わなかったから正直驚いたけどね」

「そうだったんだね」

 事実だけどストレートな発言に思わず苦笑いを浮かべる。

 でも、電話の向こうからは伝わってくる声音は少しずつ本来の明るさを取り戻していた。

「天野はいい人が見つかるといいね」

「いい人?」

「彼女。女の子は優しくされると弱いんだよ」

「見つかるかな」

 話の腰を折らないように興味あるフリをした。

「でも、話したらなんかスッキリした。今日はありがとね」

「それならよかった。あんまり気を落とさないようにね」

 そう言ってお互い別れを告げて電話を切った。


 僕は努力している人はいずれ報われるべきだと思っている。理想論なのはわかっているけど、でもそうでないと立ちはだかる理不尽に立ち向かう希望は持てない。でも、恋愛など人間関係においては努力だけではどうしようもないことがあるのは僕だって知っている。

 好きな人、仲良くなりたい人、いじめている人それぞれ対象が違うが共通しているのは同じ人間という予測不可能な対象で、僕らが望む結果をを得られるかどうかはその人の感情次第だ。

 だから、自分の努力で相手を変えることは難しい。だから悩み、失敗するけどそれでも自分が叶えたい未来のために前進できる強さを持つ人はいずれ報われるべきた。

 抗えない現実に諦めてしまう僕とは違うんだから。


 その出来事から数日経った放課後。この日は柿原の塾がない日だ。

 いつも通り帰りのHRが終わった後、4人は固まって駄弁っている。

 すると、今日は柿原が僕らのところへきた。僕らと言っても僕はただ4人の話を聞いているだけだったけど。

「よお、ちょっと天野君借りていいかな?」

「いいよ」

 宮橋がなんの躊躇いもなくそう返事をした。僕は宮橋の一存で貸し借りされるのかと疑問に思ったが余計なことを気にするのはやめた。

 もう要件はなんとなくわかるからだ。今のところ僕と柿原の接点はあのことだけだ。

 僕は柿原に肩を組まれ教室を出て「天野っち、ちょっと人がいないとこで話そーぜ」と柿原が言うので体育館裏に来た。正直、そこは嫌な思い出しかないが、この際そんなこと言ってられない。

 体育館に入る4段ほどの階段に腰掛け柿原が口を開いた。

「なんか裏で暗躍してたらしいじゃんか」

「まあ」

 バレていることを今更隠す必要はないのに曖昧な返事をした。

「言ってくれたら3人で遊んだのに」

 そんな簡単にいくものなのか?でも、僕の乏しい想像力で周りを巻き込まず解決するには、あの方法しか思いつかなかった。

「この前の志帆と3人で帰った時、普段話しかけてこない天野が珍しく話しかけてきたと思ったらやっぱり何かあったんだな。谷原の件もそうだけど人から頼み事されるとコミュ力上がるタイプ?」

「どうだろうね」

 柿原は少し口角を上げてから僕から正面に向き直り、両手を後ろについて少し上体を上ずらせた。

「返事は志帆から聞いただろ。志帆は文化祭の時からなんかそんな感じはあるなーとは思ってたけどね。勇気出してくれたんだと思う、遊びに誘ってくれたし」

 柿原の口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。

 僕にとって柿原を一言で表すなら「チャラ男」だ。だからというわけではないけど、僕は普段の柿原を見ていて付き合う人を選ばない人だと思っていたし、周りの雰囲気とか人が考えていることを察することはあまりしないだろうと思っていた。だから、中川の気持ちを汲み取っていたことが意外だった。

 最近、柿原以外でもそう感じることがある。僕が見ている姿と本当の姿は違っていて話してみてようやく自分がその人に対して誤った認識をしていたことに気づく。実際は僕が色眼鏡を通して見ている姿を勝手にその人の性格と判断して決めつけているだけだった。

 その時、中川が言っていたことを思い出した「好きな人がいるんだって」と言っていたことを。あの時はあまり気にしていなかったけど、それが柿原の答えだった。

 誰が誰を好きになろうと本人の自由だ。ただ、僕が決めつけていた柿原という人間と今、目の前にいる柿原では違った人間に思えた。だから、「好きな人がいる」という解釈も僕にとっては違ったものになった。柿原は人を見ていないようで見ているんだ。

「中川さんとはこれからどういう関係になるの?」

 ふと、2人は今後どういう関係になっていくのか気になった。

「そりゃ友達だろ。仲良くなったし遊びに行ったんだから」

 それを聞いて安堵した。といっても、柿原は僕みたいに誰かを拒絶するようなやつではないか。

「なに?俺が嫌いになると思ってたの?」

「いや、別にそう言うわけじゃないけど。でも、柿原君も色々考えてるんだね」

「そりゃ考えるっしょ。相手の方がもっと考えてんだから」

「そっか」

「そうだ。今度は3人で遊び行かね?」

「まあ、機会があればね」

 そう言ったとき体育館の渡り廊下の方から柿原を呼ぶ声が聞こえた。

「やべ、カラオケ行く約束してんだった」

 柿原は渡り廊下にいる柿原の友だちに向かって手を振って応える。

「じゃあな、天野っち」

 柿原は無邪気な少年のような笑みを浮かべて僕の背中を叩いて、友人の元へと駆けていった。

 僕も一仕事終えたので帰ろうとバッグを持って立ち上がり、体育館裏を出て校門に向かって歩いている時だった。


 ブー、ブブッ


 ズボンのポケットでスマホが振動している。そういえばLINEの通知をオンにしたままだったことをすっかり忘れていた。最近は個別で中川とやりとりしていたからまた、中川からだろう。

 最近では慣れた動作でLINEのアプリを開くと送信者は中川ではなかった。


(井上)明日倉西駅東口に来いよ。来なかったらわかるよな?

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