第16話「スクールカースト」


「おはよう!宮橋君昨日の代表戦見た?」

「おう、林。見たよ!でも、次の日朝練だったから途中までしか見てないわ」

「僕も途中で寝ようとしたんだけど面白くてつい全部見たよ。おかげで今日、寝不足」


 宮橋の席は僕の左斜め前なので2人の会話が聞こえてくる。これも最近では当たり前の光景になっていた。

 これが僕の身の回りの人間関係で最近起こった変化の一つである。

 同じクラスの林浩康という男が最近、宮橋や明島、大場、成川と仲良くなったことだ。

 正直、誰が誰と仲良くなろうが僕はあまり気にしない。そもそも、新しいクラスになって月日も経ち生活に慣れてきた者も多いため、周りも徐々に今まで話さなかった人同士のコミュニケーションが増えてきたと周りを観察していて感じていた。

 なので、林もその1人だろう。それに、明島や宮橋は学級委員ということもありクラスの中心的人物だし黙っていても多くの人が話しかけに来る。


 ある日の放課後、僕が帰り支度をして先に帰ろうかと思った時だった、自分の机に腰掛けている成川が脚をぶらつかせながら言った。 

「みんな今日これから空いてる?サイゼ行かない?」

 宮橋は部活がなく、明島も予備校はないらしく大場含め3人は行くようだったので、結局僕も行くことになった。

「ねぇ、林君も一緒に行こーよ」

 成川は近くを通りかかった林にも声をかけた。

 まるで手当たり次第に誘うようかのように人数が増えることに大歓迎の成川は誘っていた。

「え?僕もいいの?」

「いこーぜ。林、代表戦の感想もっと教えてくれよ」

 宮橋も共通の話題があるのだろう歓迎しているようだった。

「うん。行く行く!」

 誘われて嬉しかったのだろう、林は弾むように頷いて細い目が三日月のように湾曲した。

「それじゃぁ、決まり!しゅっぱーつ!」

 成川が意気揚々と先頭を歩いて教室を出て行った。

 続いて、みんなも成川に続き教室を出ていく。


 すると林が教室を出る時だった、ニヤリとさっきとは違う笑みを浮かべていたように見えた。


 ファミレスまで歩いてる時、林と宮橋が前を歩き少し距離を開けて僕と大場が並んで歩いていた。宮橋は前を歩いているが、声が大きいから宮橋の話し声はよく聞こえる。宮橋の発言から察するに、2人はどうやらサッカーの話をしているようだった。きっと、お互いサッカーが好きなのだろう。雰囲気からどうやら話が盛り上がっている様子だ。

 その様子を大場も林のことについて話してきた。

「最近、林君僕らとよく話すようになったね」

 僕は挨拶くらいしか話したことがないが大場がそう言ってきたので、否定はせずに返答した。

「そうだね。新しいクラスになってだいぶ経つから仲良くなる人も増えるだろうね」

 僕には関係ないのでまるで他人事のように答えた。

 それを聞いて大場が頷くときれいな白い歯を見せて言った。

「僕は先週、林君とずっとゲームしてたよ」

「ゲーム?」

「そう。僕がよくやるゲームがあるんだけど周りにやってる人があんまりいなかったんだけど、林君が偶然やってて先週はひたすら対戦してたよ」

 学校でちょくちょく話しているのは見ていたが、そんな繋がりがあったのは全然知らなかった。いや、知っていても知らなくてもどっちでも良いことだけど。


 ファミレスに到着して6人がけの席に座った。

 通路から宮橋、明島、古川。向かい側は僕、林、大場の並びで着席した。

 話題はもちろん新入りの林についてだった。

「林君ってテストの成績どんな感じなの?」

 この前テストがあったからだろう単刀直入に成川は質問していた。相変わらず学生にとってデリケートな内容でも難なく聞いてくる。

「僕は前回の中間テストでは100位くらいだったかな」

 聞かなければよかったと後悔したのか成川は「そ、そっか。頭いいね。ハハハ」と苦笑いしていた。

「いやいや、そんなことないよ。それに、成川さんの良さは勉強だけじゃないから…」

 林はこれ以上自分の成績の話になると嫌味ったらしく聞こえてしまうと判断したのか、なんとか見つけた出した最適解で必死に成川のフォローをした。

「林君ありがとぉ」

「でも、成川より下のやつなんてそう簡単に見つからないだろ」と宮橋は鼻で笑う。

 それを聞いた成川はまるで赤い風船のように膨れて宮橋を睨みつけていた。


「宮橋君と明島さんっていつも掲示板に名前が載ってるよね。頭良くて羨ましいな」

 2人は「いやいや」と2人とも全く同じ動きで右腕を振って否定していた。

 しかし、宮橋の方は謙遜しているように見えたがなんだか満更でもないといった表情だった。

「いや、すごいよ。僕も2人みたいに頭良くなりたいな」

「頭良くなんてないよ。私は予備校に通ってるし、気を抜いたらすぐに順位が下がっちゃうと思う」

「いやいや、明島さんが手を抜いたとしてもきっと僕より全然上の順位だよ。それに明島さんすごいねもう予備校に通ってるんだ。僕なんかまだ何にもしてないし」

 ベタ褒めされてる2人だが反応から性格が分かれるのが観察していて如実にわかる。

 宮橋、明島がベタ褒めされた後、会話の対象は大場の話題になった。

「大場君って彼女いるの?」

「いないよ」

「え!大場君彼女いないんだ。意外だなぁ、大場君モテるからてっきり彼女いるんだと思ってたよ。この前も3組の女子が大場君のこと話してるの聞いたし」

「いや、別にモテないよ。それに、今あまり彼女欲しいと思わないっていうか…」

「でも、周ナンパはするんだぜ」

「え?大場君意外とプレイボーイ?」

「そんなんじゃないって。あの時は良太がやれって言ったんだろ」

「ごめん、ごめんって」

 2人のやりとりを見て林はまた細い目を三日月のようにして笑う。


 その時だった。

 林の肘が僕のコップに当たり飲み物が溢れた。

 「ごめん」林は短く謝った。

 「うん。大丈夫だよ。僕、布巾とってくるね」

 僕が席を立ち店員から布巾を受け取り、しばらくして席に戻ってみると宮橋が僕のカバンを濡れないように退けていた。

 隣に座る林はその様子を何か考え込むようにしてじっと見つめていた。


 次の日、最近の光景では見慣れたが、昼休みになり林は4人と一緒に話していた。昨日初めて一緒に出かけたこともあってより仲良くなったのだろう。

 

 僕が購買に行ってくると言って席を立った時だった。まるで、待っていたかのように林も「僕も買いに行くよ」と言ってついてきた。

 僕についてくるのは珍しいな。そう思いながらも、彼とはあまり話したことがなく何を話せば良いかわからなくて、しばらく2人で沈黙が続いていた。

 突き当たりに来て、購買に向かって右に曲がるところを林は「ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」と逆方向を指さしている。僕も急いでるわけではないので、頷いて林について行く。

 話したいこととはなんだろうか?そう疑問に思いながらも、林について行ってみると昼休みにしては人気のない化学準備室前の階段下で林は立ち止まった。


 そして、彼は口を開いた。

「あのさ…」

「なんでお前なんかが一緒にいるの?」

 さっきまで4人と温厚に話していた林の顔はまるで別人のように細い目をいつもより大きく開いて僕のことを見下ろしている。

 ただ、僕もいきなりなんのことか分からなかったが、恐る恐る聞いた。

「どういうことかな?」

「なんでお前みたいな根暗なやつが宮橋君や明島さんと一緒のグループにいるの?って聞いてんの」

 そんなこと言われても僕にもよくわからない。強いてあげるなら宮橋に強引に引き込まれたと言うのが正しいだろう。でも、今までのことを話す気にもなれない。というか、話したくない。

「そう言われても、僕もよく分からないな」

 今までやってきたように相手の気分を損ねないように笑顔を作りながら交わそうとしたが逆効果だったようだ。

「分からないって…」林は息を吐き捨てるように呟いた。

「だって、お前が宮橋君たちと一緒にいるのはおかしいだろ?」

 眉間にシワを寄せ納得のいかない表情を見せる林は一度息を吸い込むと同時に軽くのけぞって勢いをつけるように僕に声をぶつけた。

「宮橋君や明島さんはうちのクラスでも中心的な存在だし、成川さんだって目立つキャラクターしてるし、大場君だって女性からの人気も高い。だから、クラスの中でも上位の存在だろ?でも、君は何がある?なんで一緒にいるんだよ?どう見ても下位の存在なのに」

 林は一気に捲し立てると、感情の昂りから荒い呼吸のまま、今まで溜まっていたことを全て吐き出したようだった。

 彼の言う上位とか下位とかスクールカーストのようなものを言ってるのだろう。言われていることは確かに事実かもしれない。小学校も中学校もそれが原因でいじめられてきたことも事実だ。

 普通に生活してるだけで誰が決めたのか知らないが勝手に決まる集団内の順位付けが自然と存在し、僕は必ずその順位は下位だ。いじめられる理由はただそれだけだった。

 そんな僕でも最近、僕の中で何か動き出した気がする。僅かながらにもそう考えていたが、結局また繰り返すのだろうか?彼を敵に回したとして、たった1人の影響力でも状況は大きく変わることはよくわかっている。過去の記憶が蘇りそんな不安を感じていた。

 黙っている僕に追い討ちをかけるように彼は続けた。 

「僕はあのグループに入るために情報収集してまで近づいたんだ。そしてようやく入ることができた」

 情報収集?なんのことだ?

「宮橋君や大場君に近づくために彼らの趣味を聞いてサッカーを見始めたし、普段はやらないゲームも買った。明島さんや成川さんと話すキッカケを作るために行動した。上位に入るために努力してきたんだよ」

 そうか。この前、宮橋とサッカーの話でも盛り上がっていたのも、大場が林が偶然同じゲームをやっていたと言っていたのも全て林が宮橋たちのグループに入るためにやってきたことだったのか。

「なのに、お前みたいな根暗なやつがなんで彼らに認められてるんだよ。上位は上位で固まるんだ。お前みたいな下位が入ってくるところじゃないんだよ。だからさ…」

 林は途中まで言いかけてから僕に言い聞かせるような口調で言った。 

「だからさ、もうあのグループに近づかないでくれる?」


 あの出来事から次の日を迎え帰りのHRを終えた。

「帰りみんなでマック寄らない?」

 僕が帰り支度をしてるとまるで口癖のように成川が周囲に座る僕を含めた4人を誘う。

 その時、こっちに向かって歩いてくる林の視線を感じて僕はすぐに教室を出た。

「あれ?樹どこ行った?」

「天野君は今日、塾あるって言って帰ったよ」

「え?そうなんだ」

「あいつそんな勉強熱心だったか?ま、今度誘うか」

 廊下から彼らの話し声を聞いていた。

 僕は今まで彼らと付かず離れずといった距離感を保っていたので状況に抵抗せず流されるままにしても良いのかもしれないと思っていた。


【あの出来事から3日後】

 そんな日がしばらく続いていた。

「樹、帰ろーぜ」

「ごめん僕、今日すぐ帰らないといけないから」

 僕を監視してるのだろうか、僕と宮橋が話してる時に林が近くで見ている。

「そっか…」


【あの出来事から10日後】

「天野君ありがとう。君がいなくなってくれたおかげで僕もクラスで上位の地位を手に入れることができたし、宮橋君のグループにも馴染めてきたよ。だから、この調子で今後一切僕らとは関わらずグループから消えていってくれると嬉しんだけど…」

 僕から「はい」という答えを誘導するかのように林は僕が次に発する言葉を待ち構えていた。

 しばらく逡巡していると僕の視界に急に宮橋が現れた。

「やっぱ原因はお前か」

「なんで宮橋君が?」

 人気の居ないところのはずが意表を突かれた林は焦りを抑えて最大限冷静に対処しているようだった。

「最近せっかくノリ良くなった樹が元に戻ったと思ったら。そう言うことだったんだな」

 一瞬、驚いた様子だったがその感情はすぐに飲み込み、林は表情をもとに戻した。

「宮橋君、大場君もなんでここにいるの?」

「最近、樹の様子がおかしくてな、林も関係してるんじゃないかと思って手分けして2人を尾行してたんだ。5日間もな」

 尾行?僕のために?

「そっか。じゃあ今の話も聞いてたのかな?」

「ああ、聞いてたよ。お前が俺らに急に近寄ってくると思ったらそういうことだったんだな」

「クラスで上位の存在になりたいんだって?で、その上位グループになんで樹なんかがいるのかってことだろ?」

 図星だった林は潔く「そうだよ」と呟いた。

「じゃあ聞くけどお前は樹の何を知ってるんだよ?」

「根暗でクラスでは下位の存在だ。そんなやつが宮橋君や明島さんのグループにいるなんておかしいだろ?」

「ああ、お前の言う通り樹は根暗だよ。1対1ではちょっと喋るけど集団でいると何も喋らない。そもそも、普段から静かなやつだ。お前にとっては下位の存在だろう。でも、それだけだろ?」

「お前らにはわからないだろ。いつでも上位にいる人間は僕の気持ちなんて‥」

「お前に何があったか知らないけど。表面的な部分だけで人を決めつけるなよ。お前は樹が今まで何やってきたかもどんなやつかも知らないままで中身を見てない。もっと人の中身を見て判断しろ」

 気のせいか、彼の話している姿が翔太と重なっているように見えた。

「じゃないとお前はずっと無理し続けるだけだぞ」

「もういい…」

 そう吐き捨てるように言うともう話し合いをする気力もないといった林は大きくため息をついて壁に全ての体重を預けるようにして力なくその場に座り込んだ。

 

「樹、大丈夫だった?」

 僕は頷き暗躍してくれた大場に対して笑顔を作る。

「すぐ気づけなくて悪かったな」

「いや、大丈夫だよ。2人ともごめんね心配かけて」

「いいっていいって」

 


「よし!戻ろうぜ!」 

 しかし僕らが教室に戻る時、林はまたニヤリと笑みを浮かべていたのが見えた。

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