第5話「新しい風」
アラームが鳴りスマホの時間を見ると朝7時。
今日は長期休暇明け。学生生活の中で最も憂鬱な日だ。
「樹、起きたらさっさとご飯食べなさい」
絶望的な朝を迎えてるというのに母親は容赦無く行動を急かす。
アラームで無理矢理叩き押された不快感と月曜日が始まったという憂鬱感を纏い、重い体を持ち上げてベットから降りる。
リビングに行くと朝の7時だというのに父、母が朝食をとっている。僕も寝起きで活動を始めていないであろう胃袋にコーヒーとパンを無理やり流し込む。
朝食をとった後もまだ頭はぼうっとしているが、登校の準備をする。学校までは徒歩で30分ほどだから眠気覚ましには良い運動になる。そして、帰宅部の僕が体育で運動する以外の唯一の運動手段でもある。
新しい学年になってクラス替えが行われる。そのため僕は学校に着いて下駄箱近くの掲示板に張り出されているため僕の名前が書いてあるクラスと行くべき教室を確認する。
掲示板前では一緒のクラスになれたことに歓喜するものもいれば、友達同士違うクラスになって離れ離れになることを惜しむ者もいる。
僕は誰かと一緒のクラスになりたいとか誰かとは一緒になりたくないとかそういう感情は一切なく引き続き自分の名前だけを探した。
2年5組に僕の名前はあった。
確認して直ぐに教室に向かって廊下を歩いてる時、誰かが僕の肩を叩いた。
「おはよう天野君。学生証、下駄箱の近くに落ちてたよ」
「あ、どうも…」
「またクラス同じだったね。よろしく」
たしか、彼女は
前のクラスでは学級委員長をしており成績もよく、人望もあり、こういった気遣いもできることから何でもできる有能な人という印象だ。
僕は明島さんから学生証を受け取り教室に入った。
「舞香今、話してたのって天野君?」
「そうだよ」
「天野君ってなんか話しかけ辛いよね」
「そう?」
「そうだよ。なんか天野って無愛想だし何考えてるよく分からないもんね」
「わかるー。なんか今もさ嬉しいのか嬉しくないのかわかんないよね」
「まあ、そう感じるのもわかんなくないかな」
新しいクラスになってHRがはじまる。担任の教師は時間に10分遅れて悪びれる様子などなくノソノソと教室に入ってきた。
担任の教師は見た目だと40歳くらいだろうか。無精髭をはやして髪の毛はボサボサだし、風貌から明らかにやる気がないことだけは伝わってくる。
気だるそうに教師は自己紹介を始めた。
「5組担任の福原だ。よろしく。えーっと、、、じゃあ残り時間は各々でなんとかするように。解散」
と言い残し福原は教室を去りかけた、その時。
「え?マジで?終わりなの?普通、自己紹介とかする流れじゃないの?」
一番うしろの席から1人の男子生徒が流れるようにツッコミを入れてきた。
「なんだお前は?誰だ?」
「柿原京也っていいます。てか担任の生徒に向かって誰だっておかしいだろ」
振り向いたことがばれない程度に視線を移動し横目で見てみると柿原と名乗った男子は赤い髪で制服をかなり着崩している特徴的だった。要するに、見た目がチャラかった。そして、彼の今の福原とのやりとりからおおよそのキャラクターが推測できる。
「自己紹介?やんの?」
柿原の隣の席に座る男子がさらにツッコミを入れる。
「福原なんか機嫌悪いな。失恋してんの?」
そう言い放ったのはオレンジ髪で短髪、ツーブロックで爽やかな好青年を思わせる風貌の男子だった。
「宮橋馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇよ。ガキに大人の恋なんかわかんないからな」
柿原はいいことを聞いた様子でニヤニヤしていた。
「元気出せよー。おっさん!」
「お前、おっさんって誰のことを言ってるんだ?俺はまだ27だ」
「え!?40くらいだと思ってた」
クラスの大半が同じことを思っていたのだろう、皆驚いた様子で少し教室内がざわついた。
正直、僕も27歳には見えなかったので内心少し驚いた。
新しいクラスになって緊張感が張り詰めていた教室内で笑いという波が起こり空気感が少し変わった気がする。
その波を初めに起こした人物が赤い髪が特徴的なのは柿原という名前のやつらしい。
そして、もう1人はオレンジ髪の好青年を思わせるのは宮橋というらしい。2人とも僕は初めて名前を聞いたので今まで彼らとは交わることはなかったのだろう。
そもそも、倉西高校は比較的生徒数の多い高校なので同学年でも全く面識のない人がいることは珍しいことではない。
今のやりとりから察するに、2人がこういった場で率先して発言できるようなムードメーカーのようなキャラクターであることはこの瞬間で容易に理解できたと同時に彼らは僕が今後気をつけるべき存在であることもわかった。
そして、担任の福原ついて年齢に関しては見た目よりもずっと若く最近失恋したとのことだ。あと性格は年齢とは打って変わって見た目通りだった。
担任の情報量の少ない自己紹介から少しずつ情報が開示されていたがあまり重要性の高くない情報ではある。
そして、宮橋の名前を知っていることから2人は面識があるのだろう。しかし、柿原に至っては福原と完全に初対面らしい。
確実に言えることは福原は今まで出会ってきた教師の中で最もテキトーな人間だと言うことがこの数分で理解できた。
一度、担任のいい加減な自己紹介で崩されたHRを整えるように宮橋が場を仕切った。
「とりあえず、福原から始めて出席番号順で自己紹介しようよ」
「たく、しょうがねぇな」
椅子に座っていた福原が重い腰を上げながらそうつぶやいた。
「福原淳平だ。年齢はさっき言った通り27歳。担当教科は日本史でサッカー部の顧問をやってる。ちなみにサッカーは未経験だ」
間髪入れず柿原は言った。
「つまり、置物顧問ですか?」
「痛いとこ突くな柿原、でも大丈夫だ、うちには優秀な部長候補がいるから問題ないんだよ。なぁ宮橋」
「あんたのせいで苦労してんのは俺らなんだぞ」
彼らのやりとりでまたクラスに波が起こる。。
担任の自己紹介が終わり出席番号順に自己紹介を始める事になった。
「出席番号1番の明島舞香です。1年生の時は3組で学級委員長をしていました。趣味は小学生の頃からやっているピアノです。よろしくお願いします」
明島は学級委員をやっていたこともあって人前に立つことに慣れているのだろう、緊張している様子はなく。
胸あたりまで伸びるしなやかな茶髪、大きな瞳。容姿端麗な彼女の自己紹介に男子たちは釘付けだった。僕の後ろの席からは小さな声で「美しい…」と驚嘆して無意識にこぼれ落ちたような声が聞こえたほどだった。
明島の自己紹介が終わった後、男子たちは噛み締めるように拍手した。
次は出席番号が2番の僕だ。
明島が着席して僕が教壇に向かう。
教壇に立ち、周りを見渡すと全ての視線がこちらに集まっている。中学生の時に感じた突き刺すような視線を浴びた記憶が蘇って一瞬気後した。内側から湧き出るような震えを抑えて、なんとか喉から言葉を絞り出した。
「天野樹って言います。1年3組でした。趣味はゲームと読書です。よろしくお願いします」
当たり障りのない自己紹介。僕は逃げ帰るように自席に戻って無事自己紹介を終えたことに安堵していた。
人前で自己紹介するだけでこんなに緊張するなんて。
人とほとんど接さず生活してきた僕にはこれだけでも負担が大きく感じた。
その後、1クラス35人の自己紹介が時間内に終わらず担任の福原が遅刻した10分を延長(休憩時間)してようやく全員分の自己紹介を終えた。
自己紹介で10分延長したので、休憩時間なしで連続して2時間目に入る。
そして、担任は唐突に告げた。
「じゃあ、席替えすっか」
席替えという言葉に柿原が瞬発的に反応した。
「えーもう席替えすんの?早くね?このままでいいよ」
「クラス替えだけじゃスリルがないだろ?」
「いやでもせっかく番号順だし。ほ、ほら、提出物とか集めやすいよ」
一番うしろの席をし死守したい柿原は懸命に抵抗しているようだった。
「悪りぃな、この教室では俺がルールなんだわ」
福原はニンマリと顔に似合わずまるで少年のような笑みを浮かべている。
教師という立場を利用して楽しんでいる福原に「くそう」と言い残し、一番後ろの席だった柿原はがっくりと項垂れる。
「隠れてゲームできると思ったのに…」
そんなこんなで席替えが行われることになった。
席替えの方法は福原が持参したルーレットマシーンで行われた。どうやら席替えするために朝近くのドンキホーテで買ってきたため今日は遅刻したらしい。
クラスからは休憩時間をそんな理由で奪われたのか?と失望をあらわにするものや罵声を浴びせるものもいた。
しかし、福原はそんなことはまるで聞こえていなかったかのように黒板に席と番号を書き始めて黙々と席替えの準備を進めていた。
席替えした結果、僕は教卓に向かって右から2番目の後ろから2番目の位置になった。
目立たないように生活するには良いポジションだと思う。
見渡してみると、さっきまで威勢の良かった柿原は教卓の目の前の席で机に突っ伏して落ち込んでいるところを福原は満足げに見下ろしていた。
席替えを終えてクラス全体一喜一憂する中、クラスのリーダーも決めてしまおうということで学級委員長を決めることになった。
ここまでの流れでは当然のように宮橋良太が皆の推薦で学級委員長になった、そして学級副委員長は女性からが良いということで去年学級委員長を務めたこともあり女性陣の推薦で明島舞香が着任することとなった。
明島においては1年3組の時、学級委員長を務めており2年連続でクラスのリーダー格に座った。
新しいクラスになり、席も決まり、クラスのリーダー、副リーダーも決まった。
ひと段落して、福原は今日の仕事はほとんど終わったなと言わんばかりな満足げな顔をして脚を組んで椅子に腰掛け腕時計を眺めていた。
すると、福原の目論見通りに昼休みのチャイムが鳴ったが「そうだそうだ」と呟いて何か思い出したように福原は立ち上がった。
「お前ら、昼休み開けたら春休みの課題提出してもうからな。準備しとけよー。あと俺、課題担当してるから遅れんなよ。お前らが遅れると俺が怒られるんだ」
すると、教卓の前に座る柿原が突っ伏していた顔を上げ、顔を真っ青にして思い出したように言った。
「やべえ、英語終わってない!!」
教壇に立っている分さらに上から見下しながら福原は言った。
「柿原お前、春休み何やってたんだよ。そんなんじゃ受験。落ちるぞ」
担任はもし受験生だったら禁句と言える発言をなんの躊躇いもなく発していた。
また「くそぅ」と言いながら柿原は机にめり込むように項垂れる。
と、その瞬間今まで眠っていたものが目覚めるように僕の左隣の席から叫び声が聞こえた。
「どーしよ!!何もやってない!!」
まるで春休みの課題の存在を今この瞬間に知ったかのように叫ぶ女子がいた。彼女は自己紹介の時、
柿原は自分より下の仲間がいたことで安堵したのだろう、ニヤリと笑いながら「もっとヤバい奴がいた」と後ろを振り向き成川を見ながらつぶやいた。
福原は「お前ら来年受験生なの知ってんのか?」と呆れた様子だった。
「まぁいいや。昼休みに各々頑張れや。提出できなかったら成績は下げるけどな」
脅し文句を言い残した後、昼休みのチャイムがなり福原はまたノソノソと教室を出る。
騒がしい午前が終了し、昼休みに入り席の近くで仲良くなって固まって昼ごはんを食べるものや1年の時クラスが一緒だったのだろうか、友人が迎えにきて食堂に向かう生徒など皆、友人らと昼休みを過ごす中、僕は自席に座って1人昼食をとっていた。
教室を見渡す限り昼休み1人で過ごしているのは僕と僕の右斜め前に座る白い髪の特徴の大場周と言っていた2人のみだった。
昼休みに入った途端だった、成川は宮橋と明島が成績優秀だと独自の嗅覚で嗅ぎつけたのだろう、図々しくも2人にすがり付くように課題を見せてくれるように懇願している。
「宮橋くん、明島さん数学から見せて!」
なぜか数学からという条件付きで見せてもらおうとしていた。
宮橋はそれを聞いてキョトンとしている。
すると次第に顔色がさっきよりも悪いことから数学の課題が終わってないことが察しがついたのだろう明島が言った。
「え?まさか宮橋君やってないの?」
「春休みの課題って国語と英語だけじゃなかったっけ?」
まるで成川の天然で数学と言っただけで、間違いであってほしいと祈るように恐る恐る宮橋は明島に確認した。
「課題は英語、数学、国語の3教科だよ。学級委員長しっかりしてよ」
「学級委員長なっかまぁ!」と成川は嬉しそうに言いいながら宮橋の背中を叩いた。
すると、その会話を遠くの席から聞いていたのか柿原が飛んできて明島に綺麗に90°にお辞儀をして頼んだ。
「お願いします!英語見せてください!」
「もう!」
明島は3人に呆れたように課題の答えを見せた。
僕は自席に座り1人弁当を食べながら彼らの話し声を聞いている。というか隣の席で起こっている事象なので聞きたくなくても耳に音が入ってくる。
しばらくして、隣でせっせと課題の答えを書き写してるのを横目に弁当を食べ終えた僕は弁当箱をしまって机の上を片付けている時だった、また左隣の席から大きな声が聞こえた。
「明島さん日本史も見せてぇ!」
その声の主はもちろん成川理奈だった。
その言葉を聞いて文字通り目を丸くして明島は言った。
「え?日本史なんて課題出てたっけ?」
「あれ?明島さんやってないの?」
「どうしよう!…やってない」
明島はハッと驚いた口を指先で塞ぐようにして当てた。
宮橋、柿原も社会の課題が出ていたことを今初めて聞いたようでまたキョトンとしている。
柿原はこの事実を受け入れられないといった様子でまるでアメリカ人が驚いた時に取るリアクションのようにのように首を横に振った。
「普通、課題って言ったら数学、国語、英語の3教科だろ。なんで日本史もついてきてんだよ。理科はどうした?」
「いや、柿原英語忘れてただろ」
宮橋はすかさずツッコんだ。
すると、成川は何か思い出したようだった。
「たしか理科はないよ。社会はね担当の先生が終業式の時に課題持ってくるの忘れたから春休み中に学校に取り来るように言ってたよ。私は行かなかったけどね」
「知ってて行かなかったのかよ」
柿原は苦笑いを浮かべながらそう言った。
「うん!」
柿原は何やら顎に手を当てて考え込んだ後、その謎が解けたように顔を上げた。
「おい!日本史って担当福原じゃないか?」
「そういえばあいつ課題担当してるとか言ってたな」
「成川さん課題どこにあるの?」
「靴箱の近くに置いておくから自由にとってけって言ってた気がするよ」
「あのやろー!」と柿原がダッシュで人数分の課題を取りに行った。
柿原がいなくなってようやく教室が静かになったと思ったら程なくして、廊下からバタバタと大きな足音を立てて柿原が戻ってきた。
あまりの速さに明島は驚いていた。
「はや!もう取ってきたの!?」
柿原はゼェゼェと息を切らしながらかろうじて言葉を発しているようだった。
「1分…1秒も無駄にできない…なんとしてもオワラセル」
「お前すごいやつだな。尊敬するわ」
「柿原君ナイス!」成川は嬉しそうにそう言った。
「ところで、この中で日本史の課題誰も終わってないけどどうするの?」
明島は当然のように聞いたがその他3人は考えていなかったのだろうか「え?」と口を揃えて言って、驚いたようだった。
「どうしよー!」崩れるように成川は叫んだ。
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