第4話「閉じた世界」
中学に上がっても翔太がいなくなったこと以外、小学生の時と状況は何も変わらなかった。
いや、むしろ状況は悪くなった。
僕が通う中学は公立の中学なので近隣の小学校が合体したような構成だから生徒数も小学生の時に比べたら何倍も増えた。もちろん、その中には井上も安田も大西もいる。
中学の入学式の時にクラス名簿が張り出される掲示板には、神の悪戯か同じクラスに僕と井上の名前があった。
中学に入学してすぐ、周りもまだクラスに馴染めていないような人もいる中で井上は他の小学校でクラスの中心的な人物をすぐに嗅ぎつけて初めに仲良くなり、その後は彼らの周りに人が集まるようになっていた。
新しい環境でも彼のような人間は集団生活で評価されるのだろう。人を見極め仲良くなり、まるで勢力を拡大するように人脈を広げ、普通に生活してるだけで人が集まってくるような人間だ。だから、彼が1人でいるところを僕はあまり見たことがない。
皆彼のことを表現するならおそらくリーダシップがあるとか、コミュニケーション能力が高いとかいうのだろう。だから、そういう人間の言ったことはまるでクラス全体の意見そのものであるかのように影響力は大きくクラスの人間は信用する。
その影響力は良いことでも悪いことでも同じだ。
中学生に上がって、僕に対する嫌がらせはエスカレートしていった。
いや、単純に敵が増えただけなのだろう。
小学生の頃は手を出してくる奴らは井上や大西、安田くらいだったけど、中学生になってからその3人だけではなくなった。まるで、普段溜まったストレスを僕1人に発散するように用もなく呼び出され殴られ続けたし、嫌がらせを受け続けた。周りの人間もそんないじめを受けている僕には関わりたくないと見て見ぬ振りをして避けるようになった。
集団生活では多数派の意見が尊重される、たとえ理由がなんであれみんなが嫌いと言った奴は嫌われる。
言い始めた人間の権力が大きければ大きいほどにその影響力は大きい。
だから、井上の影響力から考えたら僕がクラス、いや学校で孤立するのに時間は掛からなかった。
気がつけば、周りが全員敵に見える。
僕に向けられる目線はまるで醜いものでも見るかのように冷たく針のように突き刺す視線。
味方なんて1人もいない。誰も救ってくれない。暗闇にいた小学生の時の記憶が僕の脳内に流れ込んでくる。
そっか。僕は孤独なんだ。
中学3年生に進級してすぐのときだった、自分を繋ぎ止めていた唯一の糸がプツンと音を立てて切れた音が聞こえた。
一体、僕が彼らに何をしたんだ?
僕は誰かを傷つけたのか?
そんなことしてない。
もういいかな…もう頑張っただろ。
もう何も期待しない。もう誰も信じない。もう誰とも関わりたくない。
僕の人生はろくなことにならないだろう。
自暴自棄になった僕はこの日以来、1日も学校へは登校しなかった。
そして、心にあった扉はゆっくりと閉まり、施錠され再び内側は深淵に包まれた。
学校に行かなくなってしばらくの間は何もやる気が起きず、自分の部屋に引きこもり1日中テレビを見ていた。といっても別に見たい番組があるわけでもなく、ただ呆然と見つめているだけだった。多分、静寂が怖かったのだろう。静かになると余計なことを考えてしまう。あの視線を思い出す。殴られた時の痛みを思い出す。だから、何も考えないように雑音で誤魔化そうとしていたんだと思う。
学校に行かなくなって数日経った時だった。僕が部屋を出てリビングに行くと母が夕食の支度をしていた。母は部屋から出てきた僕に気づいていつも通りの会話をするような言い方だった。
「ねぇ樹、最近何かあったの?」
僕のことを気遣ってそういう言い方をしてるのだろう。本当は母が平静を装って聞いてきているのは母の子供だからよくわかる。
「別に何もない」
僕は母の気遣いに対抗するように不貞腐れてそう言ったにも関わらず、母は「そっか」と暖かく笑っていた。ただ、母はそう笑顔を作っていたけど微かに目が潤んでいるのが見えた。
それ以降、僕が不登校になった理由を両親が尋ねてくることはなく、両親も僕が不登校になったことをあまり話題に挙げなくなった。
だから、親は僕がいじめを受けていることを知っているのかわからないが、そんな僕を無理やり学校に登校させようとはしなかった。
たまに、担任の教師がうちに来ているのか母親と話している声がしたけど、部屋に入ってくることもなく、しばらく話して帰って行くことはあったけど学校側からも強制的に連れ出そうといった動きもなかった。
そんな生活が続いていたが、少しずつ活動するようになり家に居てもゲームか勉強、読書をするようになった。勉強自体は別に嫌いじゃないから引きこもってる間は参考書を買ってきて自分で勉強したおかげで学力だけはそこそこあった。それに、勉強している姿を見せることで不登校で心配してる親への僕ができる精一杯の贖罪のつもりでもあった。
しかし、あの時、母は我慢してくれていたんだろうけど、1年近く引きこもっている僕の将来を心配した親は僕が自主的に勉強をしていたこともあり「せめて高校だけは卒業して欲しい」と涙ながらに懇願され受験を強く勧めてきたのでとりあえず高校受験はした。
別に高校生活に何かを期待していたわけでもない、僕も親に迷惑ばかりかけてはいられないという責任感もあったし、親のために自分が取れる選択肢がそれしか思いつかなかったから、その選択を取らざるを得なかった。
3年生から学校へは登校してないので3年生の時の通知表は酷かったけど通知表の成績は合否に大きく影響しないような高校を選んだ。そして、倉西高校という、一応県内でもそこそこ偏差値が高い学校に無事合格することができた。
4月になり入学式に出席した。だから、登校という意味で言えば1年ぶりになるだろう。
僕が入学式に出席するのは母親を泣かせてしまった罪悪感だけが、僕の行動をする目的になっているのだと思う。親のためにも卒業だけはしないといけない。
でも入学式の前日は、あまり眠れず朝起きた瞬間から恐怖で鼓動が早かった。
自分が何か大きな壁に行手を阻まれているような、そんな大きな何かと対峙してるようなそこはかとない恐怖を感じていた。
入学式が行われる体育館に入る前に一度立ち止まって深呼吸をした。
体育館の扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。
その瞬間、無数の目線が僕を見ているような恐怖を感じて、鼓動が早くなる。
もう1年前の出来事にも関わらず、中学生の時に感じたあの記憶が鮮明に蘇る。
慌てて周りを見渡すが誰も僕を見ている人はいなかった。どうやら僕の思い過ごしだったのだろう。荒くなる呼吸を少しずつ落ち着かせ視線を下げ、指定された席まで歩き着席した。
入学式が始まる前の待機時間、周りで話し声が聞こえてくる。その話し声に聞き耳を立てていると、新しい高校生活に胸躍らせているものもいれば、スタートダッシュをしくじりまいと積極的に声をかけ友達作りに励むものもいた。
そんな中、僕は入学時から目立たないようして平穏に3年間やり過ごして卒業することだけを考えていた。
もう二度と同じことは繰り返したくない。誰とも関わりたくない。
僕の中にあるのは、ただそれだけだった。
そのせいか、高校生になってメガネをかけ始めた。別に視力が落ちたわけではない。度の入っていない伊達メガネだ。でも、メガネをかけているとなぜか少しだけ気分が落ち着いた。
髪も伸ばし前髪は眉毛あたりまでの長さだったけど、今は目が隠れるくらいまで伸ばした。
恐らく、メガネかけることや髪を伸ばすことで相手から見える自分を少しでも隠したいと思っていたのだろう。自分が何者でもない存在になって認知されないようにした悪あがきだ。
でも、こうすることが今の自分にできるせめてもの気休めだったのかもしれない。
入学後、1年が過ぎ、高校生活は僕が入学時に計画していた通りに進んでいった。
朝起きて登校し、授業を聞き、1人昼食を取り、午後の授業を聞き帰宅する。
僕はまるで操り人形のように来る日も来る日も同じ行動を繰り返した。
誰かに話しかけられる時は事務連絡が多く、必要事項だけ伝える。僕の内面について質問された時は当たり障りのない返答をする。もちろん僕の過去については誰にも話さない。みんなが答えそうな回答をして、興味を持たれないような回答を心がけて誰からも目をつけられないような自分を作り上げていった。
クラスの打ち上げなどの誘いは相手を刺激しないように笑顔を無理やり作って塾があるとか嘘をついて断った。相手もとりあえず誘ったという事実が欲しかっだけなのだろう、一度断ってもしつこく誘ってくるといったことはなく、あまり僕には干渉してこなかった。
そうしているうちに偽りの自分を作っているようだけど、これが本当の自分なんだと思えるような気がした。
1人で過ごす高校生活にはもう慣れた。
それでいい。あと2年続ければもう終わる。
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