幕間劇 七不思議(実質五つ)の前日譚 発起編
──あらゆる植物を支配した子供の日常が始まる。
太陽の光をふんだんに吸い込んだ藁のベッドの寝心地は格別であったが、夢はいつか覚めるもの。
子供は少し名残惜しそうにしつつも、お気に入りの抱き枕に一時の別れを告げ、起き上がる。
花のじゅうたんに、草木の壁や天井。ランプのような淡い光は菌類をベースに創り上げたそうだ。
文明を知る配下たちが、主に相応しい住居はこうでなければならないと、試行錯誤の結果できたのが、この住居……秘密の花園と、名付けた植物の城である。
当初子供はこの城に戸惑ったものだが、まんざらでもなかった。
大きいことはいいことだし、見た目もアイデアもモノを知らなくでも、ドキドキした。楽しかった。
子供が通ると城中にすむ多くのモノもうごめく。
入城を許されているこのモノたちは好奇心や友愛をもって子供に仕えるようとする、比較的悪意がないドリュアスだ。
この世界線のルバ・ガイアは、ドリュアスによって、霊超目は実質滅ぼされている。
死んでいないのは、人の形をした特異生命体。
人類と称するには、特殊すぎる個体しか残っていない。
その中でも子供こと……那須珂は特別だ。
人でありフォーチュンズの一人でもある風魔小太郎と、古代遺産文明の兵器の象徴ドリュアスの混血児。
交じり合った結果、すべての植物とドリュアスを操作し、強制的に支配下に置ける異能を持つ、この世界の絶対支配者が誕生した。
ドリュアスが蔓延るこの世界線では、神に等しい能力の持ち主だ。
絶対支配者・那須珂によって、争いは良くも悪くも終結。
戦いによって荒れ果てた大地は、生き残ったドリュアスの尽力により、新たな生命の起源が誕生するまで回復している。
生まれたばかりの命の系譜が、ルバ・ガイアの新たな人類にまで進化するかどうか不明ではあるが、いつかは生存戦略上、ドリュアスたちと争うことになるだろう。
見えている地雷ではあるが、那須珂はあえて放置している。
那須珂は己に敵対するもの以外は、好き勝手にさせているわけだ。
「あ、ジュリリン」
基本放任主義な那須珂ではあるが、それでも気に掛ける個体はある。
ジュリリンと呼ぶ個体もその一つだ。
ジュリリンは人である父と比べると表情が乏しいが、支配下にあるドリュアスたちと比べれば、奇抜だ。
時代錯誤な侵略兵器によって記憶を消去される前は、父と同じように霊超類の一人として、当時の人類社会に身を置いていたかららしい。
那須珂にとって、前時代の社会性を身に着けている個体はお気に入りの玩具に等しい。
「おはようございます~!」
那須珂はジュリリンを見つけるや否や、飛びつくように駆け寄った。
「やぁ、那須珂。おはよう。今日はご機嫌だね」
なお、ジュリリンは執事服姿である。
絶対支配者である那須珂の城に入るから、この衣装なのかというと、違う。
記憶が定着し、馴染むまでは執事服型のこの遺産を身に着けるように、医療従事者に言われているからだ。
好きでコスプレしているわけではないのである。
「だって、ジュリリンが帰ってきたんだよ。それだけでも、心が弾むものなのだろう?」
那須珂のけがれなきクリクリとした瞳でジュリリンを見上げる。
「……確かに、そういうものだとデータにはあるな……」
「もう。消されたとはいえ、ジュリリン自身の記憶だろ。自分の記憶だって自信も自覚も持ってよね!」
那須珂はほほをぷくっと膨らませて、抗議。
見た目も合わさって、大変愛らしい。
「ははは。ごめんね、那須珂。長年、生体ユニットとしてブラッディハートに取り込まれていたから、まだ上手く適応しきれていないんだ」
ジュリリンはへらりと笑うが、その瞳はうす暗い。
後悔が極限にまで煮詰まったような色だった。
「つらい記憶があるから?」
楽しいばかりの記憶ではないのは、想定済みだ。
むしろ、記憶を入れることで、苦悩するだろうとも、医療従事者に注意された。
「それもあるけど……いや、小生としては、感謝しているよ。この服、もとい遺産に残っていた記憶がなければ、小生は進めなかっただろう」
ジュリリンはポケットの中から、ボロボロのかぎ付きケースを取り出す。
年季もあるが、数ある激戦を耐えてきたから破損したと思われる。
「何より、このケースに込められた意味を知ることはなかっただろうしね。まったく、小生にはもったいないぐらいの友を持ったよ……」
ジュリリンはケースをなぞる。
損傷が激しいからよく見ないとわからないのだが、ケースには紋章が彫られていた痕跡がある。
「友、か……。ジュリリンの友だちっていうぐらいだから、かっこいい人だったんだろうな」
「そうだよ。フォーチュンズを結成した男でもあるからね」
「へ~。パパとママの話によく出てくる、グルグル眼鏡のおっさんかぁ」
「ああ。小生が殺した、パディ・ボールドウィンだ……」
親友を殺してしまったジュリリンの心が悲鳴を上げる。
でも、残酷な事実に直結する話を口にしないで、とはお子ちゃま那須珂に言わない。
これは咎だ。
どんなに辛くても、悲しくても、ジュリアス・チュエンこと、パディの親友・ジュリーとして生きた記憶を保持すると決めた以上は逃げない。逃げ出さない。
ジュリリンは心の奥の痛みに耐え、ケースを開け、那須珂に頼まれていたモノを見せる。
「そして、これが……元凶であるブラッディハートの種だ」
怒り狂って、危険物として処分してしまおうかとも思った。
だが、理性と希望がそれを拒む。
種はブラッディハートの情報でもある。これを解析できれば、弱点を探ることも可能なのだ。
「那須珂は……パディ・ボールドウィンを救いたいわけなのだろう」
例え、違う次元のパディだとわかっていても……。
友であったと認識しだしたジュリリンは、パディが救われる未来を願ってしまう。
「うん。もちろん、あのブラッディハートをまたぶち壊したいってところもあるけど、ボクね、やっぱり見たいって思っちゃうんだ」
那須珂の世界線のパディの最後の映像は、嘆き悲しむ少女の顔だ。
「
ニッコリと微笑む顔には八重歯がチラリ。
「みんなをハッピーにしたら、ジュリリンも見せてよね」
那須珂は、ジュリリンからブラッディハートの種を受け取ると、今度は待ち合わせの場所へと駆け出す。
待ち合わせの場所は、見晴らしのいい、お気に入りの海岸。
そこに、次元違いの兄弟姉妹が来る。
みんなそれぞれ面白くて、キラキラした能力を持っている。なんか胸がムカムカすることもあるけど、それはそれで楽しい。
この世界線の絶対支配者様の心は、成長しようと動き出している。
「イングンロ王国に行くんだって、銀河」
そう那須珂は約束の場所にいる、大荷物を持った桃の侍に声をかけた。
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