第十八話 現場に足を運ぶのは捜査の鉄則
──学園の人工森の中、復元人間である二人の姉妹がいた。
「……ということがあったの、アスラ姉」
センジュは昨日のブラッディハートの尖兵スライムとの戦いについて、アスラに詳細を伝えていた。
「そうですか」
暁のカラスの過去を司る鏡には、残留思念を浮かび上がらせ、数日前の光景を映し出すという機能を持っている。
アスラは鏡を使って、センジュとパディが協力し合ってブラッディハートの手下を全滅させた様子を読み取る。
「こんなに大量だったとは……おそらくセンジュがいなければ、昨日の強襲でジュリーさんが攫われていたでしょうね……博士が言っていた通りに」
アスラはそういうと、ポケットの中からボールドウィン家の紋章が施された年季の入ったピルケースを取り出し、その中に入っているリトルメディアを一つ掴むと、鏡の中に入れる。
リトルメディアは鏡の中に溶け込むように入り込むと同時に、映像が再生される。
「センジュも知っての通り、昨日がジュリーさんがブラッディハートに攫われた日です」
そう、アスラはずっとジュリーから離れなかったのは、護衛のためだったのだ。
「普段通りあの男子寮の相部屋で消灯時間になるまで、」
ゆえに、男子寮に入り込んだのも、銀河のような背徳感や好奇心を楽しむためでもない。
ブラッディハートの手先を迎え撃つ、そのためだけにいたのだ。
「トランプをしていた時……突如蛍光色スライムが現れ……」
それは、あっという間のことだった。
鏡の中の映像からわかるように……。
「博士を飲み込んだ、そうです」
パディの視線がトランプの絵柄から、粘液状の何かに遮られる。
対面していたジュリーは驚きのあまり声と顔色を失っていた。
「パディの方を?」
センジュは今までジュリー一人が蛍光色スライムに取り込まれ、ブラッディハートに連れて行かれたと思っていた。
ジュリー自身の不運と不手際が一因で、世界が滅亡一歩手前にまで追い詰められていると本気で考えていた。
「ジュリーさん一人だったら、逃げ切れたのでしょうね。彼はショゴスですし、武闘派だったらしいですよ。強すぎるため、公式試合には出れなかったぐらいに……まぁ、その辺の話は気分が悪くなるだけなので必要ありませんね」
パディが先に捕まっている。
音声は聞こえないのが決定的な証拠だ。あのグルグル眼鏡ごとスライムに丸呑みされていたんじゃ、音を拾えない。
だけど、ジュリーは意を決してスライムに声をかけているのはわかる。
唇の動きから、だいたい言葉の内容を読み取ると……。
「パディの代わりに小生を連れていけ……でしょうね」
ジュリーの言いだした条件に歓喜しているのだろうか、プルプルと震えたスライムはパディをゴミのように放り投げると、喜び勇んでジュリーの体にまとわりつき、そして──。
「これで抵抗せずにドナドナされたわけですよ」
夜から朝日が昇るまでの時間の映像がないのは、装着者であるパディが投げ出されたとき、壁に頭を打ってしまったために気絶した上で、反動で眼鏡の停止ボタンも押されたから。
パディが意識を取り戻したころには、太陽が昇っており……もうすべてが手遅れだった。
「なんで……」
自分をあっさりと犠牲に出来たのか、という所か。
センジュは未熟だ。
単純に年齢の問題もあるが、思慮よりも戦闘技術を重きに置いたため、力こそは一級だが精神は不安定で幼い……見た目通りの少女だ。
「私の意見になりますが、主な理由は三つです」
アスラは指を三本立てる。
「一つ目は、社会的な地位の問題ですね。パディが連れ去られる前に何も出来なかったら、非難されるのはジュリーです。そして、ジュリーには有力な後ろ盾はいません。行きつく先は、不愉快な話になるのが目に見えています」
不安感といったストレスを解消させるため、周りからつつかれる対象にされるのは、自明の理である。
打算的な考えだが、この説は人間くさいところもあり、ひねくれものには共感してもらえるだろう。
「二つ目は、ジュリー自身、親兄弟がいない自分のほうが悲しむ人が少ないと思ったこと」
ジュリーは孤児だ。
学者貴族としてそれなりの家柄を持ち、多少性格に難があっても、両親がいるパディの方が、生き残ってほしいと思う人間が多いだろう。
「そして、最後は……親友だからですよ。親友だからこそ……身代わりをとっさに思いつけた」
自分の命を勘定に入れるというのは、意外と難しい。
交渉材料にするとなると、まず思いつくものではない。なぜなら、不明確だからだ。
命を懸けたところで、相手が尊重するとは限らないし、命を失ったらそこで終わり。望みが叶ったかなんて知りようがないのだ。
「確かにジュリーはショゴスですから、スライムに取り込まれたぐらいじゃ死ぬとは限りませんが、自我を失う恐怖はあったはずです」
実際その後、ジュリーはブラッディハートの生体ユニットとして、取り込まれ、自我を無くしてしまった。
「それでも構わないと思ったのか……パディを失うのが、自分を失うことより怖いと判断したのか……他にも複数の考えが絡みついていたのかもしれません。しかし、導き出した答えが、身代わりだったのは事実です」
だから、パディは深く、深く、傷ついた。
後悔した。
悲しんだ。
「……パディ……」
そしてドリュアスと戦う決意をし、フォーチュンズを結成し、未来を切り開いてきた。
己の分を超えた真似は別の災厄を引き起こすとわかっていても、止まらない、止められないほどの怒りに燃えたのだ。
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