第十話 血まみれ心臓のマーキング

「でも、こんなに大事になるのに、アスラとセンジュしかいないっていうのも変じゃないかな?」

 なんたって、世界の危機だ。

 ジュリーは軍団がきてもおかしくないのに、二名しか来ていないのはおかしいと主張。

「ブラッディハートと戦うには、時間跳躍者であることが必須です。魔法とエスパーでタイプこそ違いますが、私とセンジュしかこの時代に跳べませんでした」

「……僕が言うのもなんだけど、どうしてまた過去を変えるという極論に達したのだろう。それにそんな危なっかしいブラッディハートをここまで大きくするまで放置しておくのもおかしいと思うけど」

 パディとて自身の未来ということで、ある程度予測はできる。だが、納得できないところがある。

「それはですね、ジュリーさんの潜在能力に問題があったのですよ。ジュリーさんの能力もまた時間跳躍」

「え、小生もあるの!」

「はい。ただし、この時代で時間跳躍能力を発動するのは、非常に困難です。一般人として生きているジュリーさんが、このまま何事もなく平和に暮らしていれば、不必要な能力は表立つこともなく眠ったままだったはずです。ですが、ブラッディハートによって引き出されてしまうことになります」

 鏡の中の映像が動きだし、死の大地の上に城並みの大きさに育ったブラッディハートの周辺が騒ぎ出す。

 人類側の未来の兵器と、ブラッディハートによって作り出されたドリュアスが立ち並ぶ光景へと移り変わる。

 ──戦場だ。

 誰の説明がなくても、この重々しい雰囲気を見れば、すぐ答えが導き出される。

 そして、膨大な火薬音と共に、人類側の攻撃が始まる。

 ミサイルはもちろん、魔法やら遺産によって色とりどりの光線がブラッディハートに向かい、爆発、炎上していく。

 その猛々しい物量攻撃は、見ているだけでも肝を冷やすのには十分。

 視聴者がヒッと短い悲鳴を飲み込みながら、爆炎の行き先を眺め、その熱に焼けただれるドリュアスたちの姿を確認する。

 だが、ドリュアスたちもやられっぱなしではない。傷つき炎にまみれた部分を即座に切り離しては、肉体を再生させる。

 動ける限りは突撃。

 爆薬によって吹き飛ぶ地面を物ともせず、砲撃がやむことのない戦場を駆けていく。

 人類側の陣地に入り込み、攻撃範囲内にまで近づいたら、手当たり次第に飛び掛かり、その身体能力を駆使して、乱闘に持ち込む。殴り、蹴り、ドリュアスたちは皆、血とオイルに染まっていく。

 バラバラになった機材や肉片は、敵味方どちらのモノかわからない。

 この光と銃撃が織りなす死の暴風雨を止まるには、どちらか一方が停止するしかないのだ。

 ──テケリ・リ、テケリ・リリ、テケリ・リ……。

 不意に奇怪な歌声が鳴り響く。

 奥を陣取るブラッディハートから鳴っているとわかったときには、何万という蔓を伸ばしだす。

 ブラッディハートの反撃だ。

 触手の多くが吹き飛ばされつつも、絶えず人類側に向かっていく。

 そして──蔓に触れられた武器はその直後、一瞬で消えた。

 破壊された、吸収されたわけではない。まるで最初からそこには何もなかったのかのように、消えてしまった。

「何が起こっているの」

「時間跳躍能力を使用して、接触したものをランダムに過去や未来に飛ばしたのです」

 アスラは苦々しくも解説しだす。

「通称、次元送り。効果はこの通り、 武器や敵を強制的に戦闘から離脱させます」

 戦略上、これほど恐ろしい現象はないだろう。

「ジュリーさんを取り込んだことで、どんな攻撃もこのとおり次元送りにすることで、無力化するという完璧な防御力と攻撃力をもってしまったのです。しかもちゃっかりエネルギーだけは残して吸収し、自己修復と進化にあてます」

 成長する凶悪兵器の姿に、絶句するしかなかった。

「うわぁ……」

「小生がいなくなればこんなことにならなくてすむのか、な」

 暗い未来を見て、思いつめたジュリーがボソリという。

 センジュが実行しようとした、ジュリーの抹殺。

 パディはいい言葉が見つからず、複雑な表情で見つめるしかなかった。

「そうとも言い切れませんよ。ブラッディハートは目覚めた時点でもう暴走しています。むしろ、ジュリーさんが己の意思を失ったその瞬間、ブラッディハートに取り込まれると考えてもいいでしょう」

 すっとアスラはジュリーの頬傷に触れる。

「このマーキングがある限りは」

「!」

「ジュリーさん、あなたがいつこれをつけられたかわかりませんが、これは普通の古傷ではありません。ブラッディハートのマーキングです」

 パディのグルグル眼鏡でさえ、傷としか認識できなかったソレがマーキングだっただと。

 ブラッディハートが高性能で優れた遺産であるのかを、思い知らされてしまった。

「なんらかしらの理由で自我を失ったその瞬間、あなたはブラッディハートの一部として取り込まれます。例え生命活動を終えようと、ブラッディハートが存在する限り逃れられません」

 そうだ、ブラッディハートは遺産なんだ。

 奇跡のような力が使えるのは、当然。人知の枠で物事を狭めて考えたら、ダメなんだ。

「取り込まれたら最後、兵器として必要のない知識はすべて抹消させられます。肉体がなくても、ショゴス属のあなたなら、スライムへの転化、再構築も拒絶する可能性が低いです」

 取り込む魂が、ジュリーであればいいと言っているのだろうか。

 古代遺産兵器の奇怪さに背筋が凍る。

「後は映像の通り、増殖させられ、ブラッディハートの生体ユニット兼コピー精鋭部隊のオリジナルとして生きることになるでしょう」

 粘体型属性同士のコピーを作り出す遺産は事実ある。だが、膨大なエネルギーが必要なため、起動したことはなかったという。

 ブラッディハートは世界のエネルギーを吸収できることから、実現可能なのだろう。

 ドリュアスの中でも侵略兵器として作られた遺産の格の違いを見せつけられる。

「解除とか、そういうのはないの?」

 マーキング云々なら、消せる可能性はあるはずだ。

 パディは浮かんだ発想をそのまま口にしてみる。

「博士の研究結果によると、ジュリーさんがブラッディハートに取り込められる前ならばあったかもしれませんが、私たちの時間軸では起きてしまった後ですし。……博士亡き今では、解除方法は見当もつきません」

「亡きって、僕、死ぬの?」

「ジュリーさんのコピーによって」

 見た目親友の手で殺される。そんな未来を想像してしまったパディは、顔が一気に青くなった。

「センジュはその一部始終を見ていたらしいので、ジュリーさんを憎んでいます」

 センジュの鬱蒼した顔と、ジュリーを殺そうとした動機がわかった。

「う、うぅ~ん……」

 衝撃的な未来の話の中心人物となるジュリーとパディは、お互いズ~ンと顔を曇らせる。

 覚悟はしていたけれど、そこまでひどいとは思わなかった。

 藪をつついたら蛇ではなく、凶悪なバハムートがでてきたような心境だ。

 実際そんな体験したことないが、何がどうしてこんなもんが出てくるのだ! みたいな感じがどことなく、伝わってほしい……。

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