シェアハウス四方山話

きと

第1話 息抜き

「お~い、大丈夫かー?」

 ……机に突っ伏す私を心配する声が聞こえる。だけど、今は反応する気力もない。そのうち、へこんでいるを察してくれて離れていくだろう。元気になった時に、今の対応を謝ればいい。

「……本当に大丈夫か? 芥川さーん。漫画家志望のピチピチ女子大生で貧乳の芥川あいかさーん?」

「胸のことは言うな、貴様!」

「お、元気になったな」

 思いっきり反応してしまった!

 だが、これは仕方ないはずだ。なんせコンプレックスを直接いじられたのだから。うん、仕方ない。元気を出させるためにいじったのだろうが、後で何かしらの仕返しをしようと決める。

 それに、もう一つ訂正しないといけないこともある。

「あと、私の名前は愛に花って書いて、いとはなって読むのよ。昔から言っているでしょ、ひばり?」

 そう言うと、へへっと無邪気な顔でひばりは笑う。

 藤原ひばり。私、芥川愛花いとはなの高校時代からの友人で、学科は違えど同じ大学。私がシェアハウスに住むと言ったら、てこてこついてきた。そのお節介な性格で、内気な性格の私が早くシェアハウスになじめるように動いてくれた。そこには感謝しているが、長めの髪はぼさぼさで部屋も汚いだらしないところは治してほしいところだった。

「で?へこんでいるってことは、またネームダメだったん?」

「……そうよ。結構な時間かけて作った奴だったのに……」

 本当にこれで何度目だろう?とある漫画雑誌のコンクールで新人賞を取ったまでは良かった。

 問題はそこから。どんなに時間をかけて作ったネームでもことごとくボツにされてしまう。

 ……思い出すと、またへこんできた。

「ほら、また暗いオーラが戻ってきてるぞ? なんか息抜きしたほうがいいんじゃないか?」

 確かにその通りだ。これでは、ただでさえ憂鬱な気分なのに更に暗くなる。

 だが……

「息抜きって言っても、何したらいいいのかしら」

「何って、そりゃあ、好きなこと……だろ」

「なら、本でも読もうかしらね」

「……いや、お前、本の嫌なことを本では癒せないんじゃないか?」

「やっぱり、そう思う?」

 頷くひばりを見て、思わずため息をつく。

 ならば、どうすればいいのだろう?

 子供の時から、本が大好きで小説や漫画、新書に至るまでなんでも好きだった。本の虫とすら揶揄される程で、本以外に興味をあまり示さなかった。

 ……でも、その本のことで悩むようになった最近では、好きなはずの本もあまり読む気になれずにいた。自分に才能がないと言われている気がして。

「なら、簡単なことだろ? 新しい楽しみを見つけりゃいい」

「そうは言っても、私の中には本が根付いているのよ。例えば、音楽を聴いている時でも、ああ、この音楽の中で読書したら気持ちいいだろうなって、私は思っちゃうのよ」

 そう、問題はそこなのだ。別に新しい趣味を作るのが億劫になっているとかではない。ひと時だけ忘れたい本のことが、何をしても頭をよぎるのだ。これでは、息抜きの意味が無い。

 ひばりを見ると、腕を組んで考えごとをしていた。そして、少し経つとひばりが口を開いた。

「……別にいいんじゃね? 本のこと考えたって」

「いや、貴女が本のことは本で息抜きできないって言ったじゃない」

「だってさ、それはそれで、漫画を描くってことは忘れられるんだろ?」

「それは、まぁ、そうだけど」

「なら、本ってカテゴリーと少しかぶっているけど、"新しい世界"を見てるんじゃないか?」

「"新しい世界"?」

「そう、あたしが言いたいのは、そこなんだ」

 ……何だか、話が読めなくなってきた。ひばりは、たまによく分からない言い回しをして、人を悩ませることがある。

 頭の上にはてなマークでも出ていたのか、ひばりは私の方を見て、解説を始める。

「えーとだな、さっきの話だと、曲聞いてても本にあう音楽を考えているんだろ? なら、漫画を書くことは忘れられてるし、音楽を中心に考えてるから、息抜きになっているんじゃないかって」

「そこは分かるけど、"新しい世界"ってのは何なのよ?」

「分かりやすく言えば、新しい視点かな? 思考回路を変えるんだ。そうすれば、いつもとは違う観点で物事を楽しめる。それに――」

「それに?」

「新しい発想のネームが浮かぶかもしれないぜ?」

 それは確かにあり得るだろう。"新しい世界"を増やせば、それだけ新しい発想が生まれるはずだ。

 ……また、助けられたな。

「ありがとうね、ひばり」

「ん? ああ、気にすんなって」

 ニカッと笑う彼女を見て、つられて私も笑う。

「そうだ、ひばりの好きな曲を教えてよ。聞いてみたいわ」

「お、いいぜ! あたしの部屋行くか」

 そうして、私達はひばりの部屋へ向かった。

 ……まぁこの"新しい世界"を増やした後に描いたネームもボツになったのだが。

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