召喚されましたが、聖女でないので結婚することになりました。
みらい さつき
第一章 第1話 結婚式
俯くのが嫌だったので、上を見上げた。
(天井、高っ)
ステンドグラスがやたらとゴージャスな教会の天井はとても高かい。王族も礼拝に訪れる由緒ある教会は広くて大きかった。
そこで今、わたしの結婚式が行われている。
参列者はごく僅かだ。
立場上、召喚者の行く末を見届けなければいけない人たちしかここにはいない。
本人たちも周りも、誰もこの結婚を望んではいなかった。
この場に、結婚式の多幸感なんて一つもない。
誰もが難しい顔をしていた。
(幸せになんて、なれるわけがない)
わたしにもそれはよくわかっている。
それでも結婚するのは、それしかこの世界で生きていく方法が現時点では残されていなかったからだ。
半年前、わたしは聖女としてこの世界に召喚された。
ここは魔法と科学が混在するなんとも不思議な世界だ。
そこに住む人は白人系で、時代背景は中世ヨーロッパに近い感じがする。
王家が国を治め、貴族が力を持っていた。
ただし、わたしがいた現代日本以上に科学も発達している。車は普通に空を飛んでいるし、電気やガスもあり、水道も完備されてトイレも水洗だ。
ヨーロッパの古いお城を現代風にリフォームして生活しているのをイメージするとわかりやすいかもしれない。建物は古くても、設備は現代風だ。
魔法は便利だが、無制限に使えるわけではない。なので、科学の力で補える部分は補っていた。
合理的で満たされた世界にわたしには見える。
そんな国に何故召喚者が必要なのか、不思議に思った。
しかし、魔法の便利さは弊害も生むらしい。
治癒魔法なんてものがあるせいで、現代日本ほど医学が進んでいないようだ。
必要は発明の母であるという言葉を思い出す。
魔法が実在するこの世界には治癒魔法がある。
怪我は簡単に治せた。
だから医学の研究は後回しになるようだ。
だが、治癒魔法は元の状態に回復するのではない。怪我した部分の細胞の再生を尋常ではないスピードに速めて傷を治すもののようだ。
細胞を活性化するだけなので、病気は治らない。むしろ、悪化させる恐れがあった。
だから、病気を治せる存在が必要になる。
それが異世界から召喚される聖女だ。
聖女とは異世界から召喚される存在で、それ以外の方法では現われないらしい。
そして聖女を召喚できるチャンスは一年に一度しかない。しかも、必ずしも儀式が成功するとは限らなかった。
前任の聖女が自分の寿命が尽きる前にと、召喚を国に勧めたのはもう10年も前になるそうだ。
それ以降、1年に一度、召喚の儀は行われている。
しかし、失敗が続いた。10年目にしてようやく成功する。
その時、呼び出されたのがわたしだ。
ようやく成功したことに、周りはお祝いムードら包まれる。
けれど、前任の聖女は半年も前に亡くなっていた。病気を治せる聖女も自分の命は救えないらしい。
この国は召喚者のわたしを歓迎してくれたが、半年経っても聖女としての力を何一つわたしは発現できなかった。
前任者が亡くなり、わたしは聖女としていろいろな引き継ぎをしていない。
聖女の力についての知識も足りなかった。
そんなわたしが聖女になることは、最初から無理があったのかもしれない。
期待が大きかった分、周りの失望はでかかった。
わたしは聖女ではないと、烙印を押されることになる。
10年も待ったわりに諦めが早いと思ったら、理由があるようだ。
聖女の召喚は国の一大事業だ。
準備も必要だし、費用も莫大らしい。
召喚というのは容易くおこなえるものではない。
”聖女かもしれない”わたしがいては、召喚の許可が下りないようだ。
わたしが聖女ではないことを周りに知らしめる必要がある。
聖女ではないという烙印をわたしは押された。
そのことには納得している。むしろ、聖女だと過度な期待をされる方が気が重かった。
しかし、聖女ではないわたしは生活に困ることになる。
今までは聖女として王宮で暮らしていた。だが、聖女ではないわたしは王宮では暮らせない。生活費も出なかった。
異世界召喚や転生の定番では、自分の知識を活用してその世界にない技術でお金を稼ぐことが出来る。だがこの世界の科学は十分に発達していた。一般人のわたしの知識でお金になりそうなものは何もない。
生活費を捻出するあてがわたしにはなかった。
異世界に頼れる親も知人も友人ももちろんいない。即、生活に困るのが目に見えていた。
そんなわたしにこの国の王子が手を差し伸べてくれる。王子は召喚以来、何かとわたしの面倒を見てくれていた。
毎日のように顔を出し、話し相手になってくれる。
後で知ったが、わたしが聖女だった場合、王子と結婚することが決まっていたそうだ。
王子が顔を出していたのには、理由があったらしい。
王子はキラキラオーラが半端ないイケメンだ。しかも性格も悪くない。ちょっと飄々としてつかみ所がない人だが、国王というのはそれくらいでないと務まらないのだろう。
嫌いではなかった。
年齢差があったので、恋愛対象とは思っていなかったけれど。友人にはなれそうだった。
聖女ではなくなったわたしは同時に、王子と結婚する資格も失う。
だがこの国で女が一人で生きていくのは容易いことではなかった。
王子はわたしに別の相手との結婚を勧める。
この国では、女性は結婚して専業主婦になるのが一般的らしい。自分で仕事をし、自立する女性はほとんどいないようだ。
働こうと思っても、仕事がないらしい。
しかも、召喚者のわたしには勝手に爵位が用意されていた。聖女ではなくなっても、貴族に準ずる扱いを受けるらしい。
ますます、仕事をして生活費を稼ぐのが難しくなった。
永久就職して専業主婦として生活の面倒を見てもらうのが一番いいと、王子は考えたらしい。
正直、わたしは迷った。
そんな理由で結婚するなんて、心が痛む。相手にも申し訳なかった。
だが、わたしに残された選択肢はない。
元の世界に帰してもらえるが一番いいのだが、異世界との通路はどこに繋がるのか選べないそうだ。元の世界に再び通路が繋がる確率はほぼないに等しいらしい。
そんな確率にかけるほどわたしは若くない。安全な方を選んだ。平和ぼけした日本で育ったわたしに見知らぬ場所で独りで生きていける力はない。
それならまだ、召喚者としてそれなりに気を遣ってくれる場所にいた方がましだろう。
だがそれも甘い考えなのだと、結婚式の少し前に思い知る。
今、隣にいる結婚相手の美青年は19歳だそうだ。まだ少年と言っても通用しそうな年だが、彼はすでにバツイチで子持ちだ。この世界の貴族の結婚適齢期は16歳くらいらしい。二十歳前に子持ちになることは普通のようだ。
彼は小さい頃から決まっていた婚約者と16歳で結婚したという。順調に結婚生活を営んでいたらしいが、半年ほど前に妻を亡くした。難産で長男を出産し、そのまま妻は命を落としたらしい。
なんとも気の毒な話だ。
その上、厄介者の召喚者を押しつけられたのだから彼にとっては踏んだり蹴ったりだろう。
その憤懣たる気持ちはわからないでもなかった。
だからきっと、わたしは彼を許すべきなのだろう。
『王家から任命され、君の夫として身柄を引き受けることになったアインス・カッシーニだ。君を妻として愛するつもりはないが、生活は保障しよう。目に余る愚行を犯さない限り、追い出したりはしない』
結婚式のほんの数分前、初めて顔を合わせた控え室で夫となるアインスはそう言った。小声ではあったが、正面切って喧嘩を売ってくる。
わたしは実は38歳のアラフォーだ。東洋人は若く見えるようで周りは誤解しているが、無駄に長く生きている。
だが、わたしが長く生きてきたのは本当に無駄だったらしい。
(はあ? 何言っているの、この人。それが結婚式の数分前、わざわざ花嫁に言う言葉?)
普通に頭にきた。
彼がこの結婚を望んでいないことは最初からわかっていた。いくら急に決まった結婚だからって、式の当日まで一度も相手の顔を見に来ないのは普通ではないだろう。
元の世界では結婚しないお一人様人生を選んだわたしには、結婚が面倒くさいという気持ちもわかった。
一度も会った事がない相手を押しつけられて、さぞ迷惑だろうと申し訳なく思ってもいる。
だがそんな気持ちが吹き飛んだ。
(貴族がなんぼのもんじゃいっ)
関西人でもないのに、怒りのあまりえせ関西弁(?)を心の中で絶叫した。
上から目線にかなりイラッと来る。
わたしだって結婚を望んだ訳ではない。
この世界に来たかった訳でもない。
勝手に召喚して。
期待外れだから聖女ではないと烙印を押されて。
わたしは十分に被害者だ。
お貴族様ではない一般庶民のわたしにだって、元の世界にはそれなりの生活があった。
年老いた両親の介護は自分がするんだろうと覚悟していたし、実家暮らしだが家事は母と分担していた。突然、娘が消えた事を知った両親の嘆きを考えると胸が張り裂けそうに痛む。
職場で仕事中に召喚されたので、わたしが消えるところを見た人は多数いるはずだ。騒ぎになっているに違いないが、娘がわけがわからぬまま行方不明になって探し続けるよりはましかもしれない。それでも、消えたと言われて簡単に納得出来る訳がないこともわかっていた。
元の世界のことを考えると、怒りと恨みでこの世界に呼んだ人たちを憎みたくなる。
それをわたしはぐっと堪えていた。
その恨みをぶつけても、何も解決しないことくらいは考える事が出来る。
冷静になれるわけがないが、努めて、冷静であろうとした。
元の世界に戻れないことを知らされ、絶望していても明日という日は来てしまう。
わたしはここで生きていくしかなかった。
それは諦めという名の覚悟だ。
そんなわたしのため込んだ諸々の感情が、アインスの言葉で溢れ出した。堰が切れる。
涙が出て来た。
それをぐっと堪える。泣いたら負けのような気がした。
幸い、ベールで顔は隠れている。滲んだ涙には気付かれていないだろう。
わたしはぐっと唇を噛みしめた。
ここで可愛く泣けるような女なら、もっと生きやすいのかもしれない。でもわたしには出来なかった。負けず嫌いの性格が顔を出す。
むしろ、何も言い返せない自分がふがいなかった。
養ってもらう立場の弱さを実感する。
(仕事を見つけ、住む場所を探して。自分から離婚を突きつけてやろう)
そう決意した。アインスに文句を言うのはその時だ。
結婚相手のカッシーニ家は五大公爵家の一つで、地位も財産もある。おまけに19歳になったばかりの当主はイケメンで有名だった。
半年の間にすっかり仲良くなった侍女たちがアインスのことを教えてくれる。今、考えられる結婚相手としては一番いいと彼女たちは結婚を喜んでくれた。
周りがそう言うなら、そうなのだろうと思う。会った事もない相手に愛情を求めるほど図々しくはないが、せめて仲良く出来たらいいなと思った。
だがその淡い期待は脆くも崩れる。彼はよほどこの結婚が嫌なようだ。
(そんなに嫌なら、断わればいいのに)
そうも思ったが、王家の命は断れないものなのかもしれない。身分制度がほぼない国で育ったから、そのあたりがわたしにはよくわからなかった。
(もしくは、単純にわたしのことが気に入らないのかも)
心の片隅で、そう思う。
この国の人はわたしから見れば西洋人だ。そこに住む人々は肌が白く、金髪とか銀髪とかもいるが、茶髪や赤毛の人が多い。瞳の色も青や緑、茶色とかだ。わたしのように黒髪に薄茶の瞳の東洋人はかなり珍しい。
わたしは身長が160もなく東洋人としても小柄な方なので、平均身長180くらいの貴族男性と比べるとかなり小さかった。
そのせいなのか、そもそも東洋人は西洋の人から見ると幼く見えるのか、周りはわたしの年齢をだいぶ誤解している。かなり子供っぽく見えるようだ。15~6歳くらいかと真顔で確認された時は、さすがに顔が引きつった。慌てて否定する。すると、いくつなのか聞かれた。本当の年はとても言いにくい。
悩んだ末、25歳だと図々しいほどサバを読んだ。
それでも酷く驚かれたので、本当の年を言わなくて良かったと内心思う。だがあの時本当のことを言っていたら、さすがにアインスとの結婚はなかったかもしれない。
そう思うと、後ろめたい気持ちもあった。
(自分の倍の年の東洋系ちんちくりんと再婚させられるのって、ある意味、罰ゲームだな)
自分でもそう思う。
『わかりました。ご迷惑をかけて、大変申し訳ありません』
わたしは小声で囁いた。
アインスが小声だったので、それに合わせる。
アインスはわたしの返事に驚いた顔をした。
何故驚かれたのかわたしにはわからない。だが、その理由を問う暇はなかった。
すぐに結婚式が始まった。
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