第42話 先頭打者

 四回戦当日の清水草庵球場。

 天候は曇っており予報ではにわか雨が降ると言われている。

 球場には生徒のみならず一般のお客さんも入っており賑わっている。


「お客さん増えてきたね」

「新聞でも“快進撃”みたいな事書いてあったしねー」


 球場を見渡しながら話すマキ。

 明日香がベンチに座りながら話をしていると、隣に司、ハルナ、由美が来た。


「隣いい?」

「いいよー」


 ハルナが座っていいかを聞きに来ると明日香とマキは快く承諾。

 司はマキの隣へと座り、その隣に由美も座る。


「四回戦だね司ちゃん」

「そうですねマキちゃん」


 ニコッと笑みを浮かべながら話すマキに司も笑顔を返す。

 また学校の応援も増えており賑わいを見せているが、チアや吹奏楽などの応援はまだ許可が降り無いようだ。


「チェー・・・」

「まぁまぁ美咲」

「あー チア姿でトシ君悩殺したかったなー」

「絵梨あんたは・・・」


 ブーブーと文句を言う美咲と絵梨の2人をなだめる真琴。

 また他にも柚子や心優に椛愛。

 そして前回離れていた所で観ていた瑠奈だったが、今回は心優達と一緒に観戦をする。


「お姉ちゃん楽しみだね」

「そうですわね心優」


 心優のニコニコ笑顔に表情を緩ませながら話す瑠奈。

 柚子と椛愛は若干緊張気味である。


「せ、先輩も野球好きなんですね?」

「そうダヨォ?お姉ちゃんも野球大好きなんだぁー」

「ま、まぁ嗜む程度ですが・・・」

「そ、そうですか(嗜む?)」


 スタンドでそんな会話がされている中、グラウンドではベンチ前にて最終のオーダー確認がされていた。


「よし今日のオーダー言うぞ」


1:琢磨・遊

2:山本・二

3:俊哉・中

4:明輝弘・一

5:堀・右

6:早川・三

7:長尾・投

8:竹下・捕

9:青木・左


 と言うオーダーでこの試合を戦う。

 長尾が今大会初先発。


「よし長尾、ブルペン行こう」

「おお」


 緊張しているのか声が上ずり気味の長尾。

 竹下は長尾の背中をポンと軽く叩き話をする。


「大丈夫、大丈夫 後ろには鈴木やヒデ、それに桑野さんに廉と小森もいる 初回から飛ばしてもいいぜ?」

「お、おぉ!」


 気合をいれるように返事をする長尾に竹下はニッと笑みを見せる。

 そしてベンチでは天竜農業の選手を見ていた。


「あのキャッチャー・・・デカくね?」

「うん 縦ではなくて、横にだけど・・・」


 そう話す山本と俊哉。

 2人の視線の先にいるのはゲジ眉で大きめの豚ッ鼻、そして横に大きい身体の選手である外岡仁とのおかひとしだ。

 プロテクターをしていることから捕手であることが分かる。

 と言うより、それ以外のポジションが想像できない。


「オーク・・・いやゴブリンか」

「失礼よ?トシくん」

「いやスミちゃん あれはどう見てもその・・・」

「・・・見ないようにしてるからそれ以上は言わないでね」

「あ、はい」


 試合開始時間が迫ってきた。

 両ベンチ前には選手らが集まっており審判の号令を待っている。


「集合!」

「行くぞ!」

『おぉ!!』


 審判の号令で両校の選手たちが駆け出す。

 整列をする聖陵の選手と天竜農業の選手たち。

 すると俊哉が外岡の視線に気づいたのか、彼の方をチラッと見る。


「・・・」


 俊哉と外岡の目が合うと、外岡はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 そんな彼にゾクッと背筋が凍るような感覚を覚える俊哉。


(な、なんだ?)


 何が起こるのだろうか?

 そんな思いが俊哉の中に芽生える頃に互いに礼をし挨拶をした。


『宜しくお願いします!』


 後攻の天竜農業の選手がグラウンドへと散らばり、先攻の聖陵学院はベンチへと戻る。

 マウンドには芹沢が上がり投球練習をしている。


「・・・・」


 マウンドの芹沢をジッと見ながらネクストバッターボックスに座る琢磨。

 彼の球筋などを見る。


『一番、ショート、宮原君』


 球場アナウンスが流れながら打席へと向かう琢磨。

 するとスタンドから1人大きな良く通る声が聞こえてきた。


「琢磨ー!!頑張れー!!」

「ね、姉ちゃん 声大きい・・・」


 姉であるマキの声。

 彼女の声は良く通り、琢磨は恥ずかしそうにヘルメットで顔を隠しながら打席へと向かう。


「お願いします」


 一礼して打席へと入る琢磨。

 そしていよいよ試合が開始された。


(一年生とか余裕だし 初球インコースへのストレートでビビらせるし)


 キャッチャーの外岡がインコースへと構える。

 先発の芹沢は振りかぶり試合開始の一球を投じた。


カキィィン・・・


「何!?」

「げげっ!?」


 初球に投じられたのはインコースへのストレート。

 外岡が構えたのは琢磨の体スレスレだったが、芹沢の投じたボールは中に入ってきていた。

 そのボールを琢磨は迷わず振り抜くと、快音を響かせながら打球はライトスタンドへと飛んでいきフェンスを越えて行く先頭打者ホームランとなった。


「な、ナイバッチー!!!」

「琢磨さっすがー!!」


 一瞬何が起こったのか分からなかったが、ホームランと分かるとベンチやスタンドから大歓声が聞こえてくる。

 ダイヤモンドを一周しホームをしっかりと踏む琢磨。


「ナイバッチ」

「ありがとうございます」


 ネクストの山本とハイタッチを交わしながらベンチへと戻る琢磨。

 そんな彼に他の選手たちもハイタッチを交わして行く。


「流石は我が弟だね!」

「琢磨流石ね、失投を逃さずに叩いたわね」


 はしゃぐマキに感心しながら話す明日香。

 最高の出だしとなった聖陵学院。

 打席には山本が入りに行く。


「余裕そうだな」


 そう話しながら打席へと入る山本。

 その芹沢の初球はアウトコースへ決まるストレート。


「ストライク!」

(入ったか・・・)


 見て行く山本は二球目も見てストライクと追い込まれた。

 そして山本に対しての三球目。


「う、おぉぉ?!」


 芹沢の投じたボールは、右腕から放たれるとストレートとは違う緩いスピードで向かってきた。

 チャンスと感じた山本だが、ボールは揺れながら落ちるような感覚を覚える。


「ストライク!バッターアウト!」


 山本はその落ちるボールに当てれず空振りの三振。


「これが、パームボールか・・・」


 そう、芹沢の投じたのはパームボール。

 この球には聖陵ベンチがざわつく。


「今のがパームか」

「すげぇ緩い軌道で落ちていったな」


 明輝弘と秀樹が分析しながら話をする。

 ベンチへ帰る途中、山本は俊哉にすれ違い様に言葉を交わす。


「近くで見ると揺れるように落ちてる でもトシなら当てれない事は無いと思うぞ?」

「了解 ありがとう」


 山本の助言に俊哉はニッと笑みを見せ打席へと入る。

 俊哉が打席に入るとスタンドからは歓声が聞こえてくる。


「トシちゃん頑張れー!」

「と、俊哉さんー」


 マキと司が応援をする。

 スタンドから受ける声援に対し、キャッチャーの外岡は小さく舌打ちをする。


(女の子の声ばかりでウザイし 横山とか何も凄く無いし 悔しくもないし)


 強がりなのか何なのか。

 外岡は打席の俊哉を睨むように見ると、芹沢に対しサインを出す。

 そしてその初球・・・


「うお?!」


 芹沢の投じたボールは俊哉の顔付近へのボール。

 俊哉は驚きながら仰け反り避けると、ヨタヨタと後ろへ下がって行く。


「あっぶね・・・」

「ぷっ ダサいし」


 後ろへ仰け反りながら打席から外れる俊哉に対し、外岡はニヤリと笑みを見せる。

 仕切り直すように俊哉が再び打席へと入る。


(これが前データで見せてくれたヤツか という事は俺が狙われるのかな?)


 打席でそう考える俊哉。

 そんな俊哉に対しての二球目もインコースボール気味のストレートを投じ、俊哉はくの字になりながら避ける。


「ボール!」

「危ない・・・」


 避ける俊哉は芹沢を見る。

 だが芹沢は表情を変えずに見ており、申し訳ないという思いがないのだろう。


(なるほど 徹底的にってヤツかな)


 バットを構え直す俊哉。

 そして三球目はインコースへとストレート。

 だが俊哉の脳裏には初球の頭付近へのボールがフラッシュバックする。


「ストライク!」

「あ・・・」


 見逃してしまう俊哉。

 これで追い込まれてしまい、俊哉は決め球のパームボールを狙う事にする。


(パームこい・・・)


 パームを待つ俊哉。

 そして芹沢の投じた四球目は何とアウトコースへのスライダーだった。


(あ、やばい!ストライクだ!)


 ギィィン・・・


 アウトコースへのスライダーに対し、当てるだけのバッティングをしてしまう俊哉。

 打球はボテボテのサードゴロになってしまいアウト。


「あぁもう・・・」


 悔しそうに一塁を駆け抜ける俊哉。

 そんな彼を外岡はニタニタとしながら見ている。


「ぐふふ ダサいし 情けないし」


 してやったりと笑いが止まらない外岡。

 これで二死となり打席には四番の明輝弘が入る。


「さぁ俺にもインコース攻めしてこいよ」


 挑発するように話す明輝弘。

 左打席へと入る明輝弘はキッと芹沢を睨むのだが、何と芹沢は明輝弘に対してアウトコースへの変化球攻めをしてきた。


「クッソが!!」


 ギィィンと打球音が響く。

 アウトコースへのボールを無理やり打ちに行ってしまった明輝弘の打球は一塁へのゴロでアウト。

 チェンジとなった。


「俺には外中心・・・トシにはインコース攻めで当たる程のボールを投じるか・・・」


 ベンチに戻りながら芹沢を睨む明輝弘。

 だが、彼は芹沢の次にキャッチャーの外岡を見る。


(アイツの指示だろうな 俊哉の時に明らかなインコースへ構えてた それに俊哉を打ち取った後のアイツが見せた汚ねえ笑い顔・・・コイツ、トシを下に見てやがるな?)


 初回を琢磨の先頭打者ホームランで1点を先制した聖陵学院。

 試合はまだ始まったばかりだ。


 次回へ続く。

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