私が選んだのは、論破スキルです

大舟

第1話

「これくらいとっとと終わらせてくれよ。全くこれだから使えない女は困る…」


「ご、ごめんなさい…」


 …突然仕事内容を変えてきたのは、そっちじゃないか。それなのに皆の前で、私だけ叱責を受ける。…一体、いつまでこんな事が続くんだろう…

 私は子どもの頃から、とにかく口が弱かった。大人になってもその性格は全く変わらず、こうして圧をかけられるとどうしても反射的に謝ってしまう。そしてしばらくしてから、ああ言えばよかった、と遅れて考えが出てくる始末だ。本当に、自分が嫌になる。


「無能は、何をやっても無能だな」


 リーダーのイーサからの理不尽な叱責も、もはや日常だ。…正直、もう精神がどうにかなってしまいそうだった。

 なんとか1日の仕事終え、自室に戻る。私は今までにないほど、鬱状態だった。その原因は、数時間前にさかのぼる。イーサに呼び出され、彼の部屋に行った時だ。


「今回の君のミスは、もはや謝って許されるものではない。全く私の迷惑も考えてもらいたいものだな。君が作ったこの資料を昨日統括にお渡しした時、数字の改ざんを指摘されたよ。ここに何年もいながら、こんな事も出来ないとは…」


「そ、それは」


 改ざんなんて、私は絶対にやっていない。けれど、私はそれさえ言えなかった。


「言い訳するな!!!」


 イーサはそう叫び、私が時間をかけて用意した資料を私に投げつける。乱雑に、床に資料が散らばる。


「明日、監査部同席の下、面談を行う。覚悟しておけ」


 王宮監査部は文字通り、王宮内の人間が不正などを行なっていないか、監査を行う部門だ。監査部が問題ありと判断すれば、即座に王宮を追われる上、塀の中に入れられる可能性だってある。…そこまで追い詰められても、私は反論の一つもできないんだろうか…

 自室で、考えを巡らせる。…もう、あれに頼るしかない。私は部屋の隅から、小さな箱を取り出す。死んだ祖父が、生前私に託してくれたものだ。本当に辛い事があったなら、これを使いなさいと。私が本当に必要とする力を、得る事ができると。祖父はそう言い、これを私に残してくれた。前に興味本位で開けた時は何にも起きなかったけれど、今なら、もしかしたら…

 そのいちるの望みを信じ、私は箱を開けた。



 翌日、私は面談室の前に立つ。覚悟を決め、ノックをし、返事を確認して入室した。

 部屋には、二人の人物が椅子に腰を下ろしていた。一人はイーサ、もう一人は王宮監査部のハイタだ。先に、イーサが口を開く。


「さて。資料の改ざんはもはや明白。君の王宮生活も終わりを迎える事は決まりなわけだが、何か言いたい事はあるか?」


 高圧的に、私に言葉を投げる。昨日までの私なら、頭を下げて謝っていた事だろう。昨日までの私なら。


「…そんな低レベルな改ざん、本当に私がやったとお思いですか?」


「なんだ?開き直るのか?他でもない、お前が作った資料だぞ?」


 そう言いながら、資料右下に書かれた私のサインを得意げに指さす。間をおかず、私は反論する。


「私は事実を申し上げているだけです。そもそも私がその資料をお渡ししたのは、もう2週間も前です。先日になってようやく統括にお渡ししたなんて、あなたも随分と仕事が遅いんですね」


「…なんだと?」


 イーサは強く机を叩き、感情を体で表す。そしてここに来て、ようやくハイタが口を開く。


「…やれやれ。こんな無能な女がこの王宮に居たなんて…同じ王宮の人間として情けない限りだ」


 私の目を見ながら、ねちねちと喋る。私も目を逸らさず、反論する。


「ええ全くです。2週間も時間がありながら、こんな低レベルな改ざんの一つも見破れない監査部がこの王宮にいたなんて、恥ずかしい限りですねえ」


 ハイタはニヤニヤしていたが、私の発言がかんにさわったのか、途端に笑みが消え、声を上げる。


「せ、責任転嫁するな!!そもそもお前が改ざんなんてするから、こんな事になったんだろうが!!」


 私はあえて2人を煽るように、笑みを浮かべながら答えた。


「仮に私が本当に改ざんをしていたとして、なら、あなた達は何のためにそこにいる?」


 2人は体を硬直させ、黙り込む。すかさず私は追撃する。


「まともに監査もできない監査部に何の存在意義がある?そんな監査部、王宮には必要ない。あなた達こそここから出ていきなさい」


 2人は完全に黙り込み、反論の言葉もないようだ。私は2人に最後の言葉を告げる。


「一体誰がこんな事をしたのか、必ず暴いてご覧に入れます。楽しみにしていてください」


私は軽く一礼し、部屋を後にした。





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