第119話 勇者殺しの賞金稼ぎ

 寝ぼけまなこのまま俺が見る限りでは、バイクにまたがってるデッカイオークの奴の周囲にいる、一輪車にまたがった、逆立つ赤い髪の女たちは全部で12人。裾の広がったコートみたいな赤い服に、白目部分のない赤い目と赤い口紅、ところどころ髪の毛にも服にも、黒のメッシュが入っていて、顔にも記号みたいに黒いイビツな線が入ってる。バイクはハーレーみたいなデザインだった。


「ガタイのいい長身に、灰色に緑が混ざったような目の色に、漆黒に近い黒髪。

 噂に聞くエンリツィオ一家のボス、エンリツィオだな?こいつはついてるぜ。」

 そう言ってジェネラルオークみたいな男が笑った。こいつ、この暗さでそれが見えるってのか?エンリツィオの目の色なんて、色んな色に見えるから、明るいところでさえ、近くでよく見ないと分からないんだぞ?


 てか、そんな噂が流れてんのか?マガの王族であるジルベスタですら、黒髪の二重属性使いとしか知らなかったってのに。

 よく見ると腰にデカい斧みたいのを下げている。刃先が普通の斧より尖ってて、それでいて重たそうで、一撃必殺な感じのやつ。俺は奴のステータスを見てみた。


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 サーベル

 107歳

 男

 魔族

 階級 下位8等級

 HP 135000/135000

 MP 115000/115000

 攻撃力 13846

 防御力 18328

 俊敏性 3217

 知力 3597

 称号 〈賞金稼ぎ〉〈勇者殺し〉

 契約悪魔 ******** 


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「……称号が勇者殺しに賞金稼ぎ?おまけに魔族だって!?なんだコイツ!」

 その言葉に、エンリツィオ、アダムさん、特にローマンさんがピクリとする。ジェネラルオークみたいな奴を睨んで拳を強く握ってる。なんだ?なんか様子が普通じゃない。

「ほーお?そいつのレベルはいくつだ?」

 面白そうにエンリツィオがニヤリとする。


「いや、レベルとかじゃねえんだ。下位8等級って書いてあってよ。けど、HPとMPが10万台で、防御力に至っては18000オーバーだ。あと、スキルがなんもなくて、称号の他にいっこだけ、契約悪魔って項目があんだけど、文字が見れなくなってんだ。」

 ステータスは見れるのに詳細が見れない。そんなの初めてだ。


「……そいつは魔族ならみんな持ってるって言われてる契約悪魔さ。魔族は悪魔、──つまり奴らにとっての神と契約して、その力を借りて独自の魔法を使うやり方なんだ。

 精霊魔法使いや妖精もおんなじだ。精霊の加護を得るか、もしくは直接神と契約して魔法を使う。チムチんとこの王子がそうだろ。古代魔法は神の力を借りた精霊魔法さ。」


 そういやアイツ、妖精の子孫だっけか。

「契約は血に引き継がれるから、基本代々同じ神と契約してる。もしも相手が自分の契約神よりも下位の神だった場合は、その神の名前がわかると、神に直接交渉して、神の力を封印することが出来んのさ。それが知られないように、認識阻害でもかけてんだろ。」

 なるほどな。


「そういやオマエ、アラクネ・フォビアを倒したんだろ。そいつのスキルは奪ったか?」

「あ、うん。全部奪ってから殺した。」

「──ならちょうどいい。オマエに試して貰いてえことがある。あと、他の奴らのステータスもついでに全部見ておけ。」

 俺はエンリツィオにとある頼みごとをされてそれを了承した。バイクと、一輪車にまたがってる女たちも見てみることにした。


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 召喚人形 1

 0歳

 無性

 召喚人形

 レベル 51

 HP 9999/9999

 MP 9999/9999

 攻撃力 1192

 防御力 859

 俊敏性 1316

 知力 86

 称号

 魔法 

 スキル 

 使役者 サーベル


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 一輪車に乗ってる女たちは、サーベルが召喚した傀儡ってことか?名前も1から12の番号がふられてるだけ。年齢もスキルも魔法も性別すらもなんもナシ。見た目が女っぽいってだけで女じゃないみたいだ。逆にどんな攻撃してくんのかわかんなくて恐ろしい。

「一輪車の女たちは、魔族が召喚した傀儡みてーだ。攻撃方法がわかんねえ。こいつらもステータスに何もスキルがねーんだ。」


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 アーディカ

 27歳

 女

 機械族

 レベル 103

 HP 28700/28700

 MP 21300/21300

 攻撃力 7384

 防御力 8218

 俊敏性 1921

 知力 587

 称号 〈賞金稼ぎ〉〈勇者殺し〉

 魔法 雷魔法レベル11 闇魔法レベル11

 スキル 移動速度強化 擬態化 武器化 スキル共用 魔法防御弱体化


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「レベル103!?無理だ!逃げよう!」

「──逃げられるワケねーだろ。」

 エンリツィオが冷静に突っ込んでくる。

「雷魔法と闇魔法がレベル11、オマケに魔法防御弱体化のデバフ持ってやがんだぞ!?俺らに勝てる相手じゃねえよ!」

 俺が持ってる、ニナンガの竜騎士団長から奪ったバフスキル、防御強化の、魔法の弱体化版。それがデバフというスキルの1つだ。


 手に入るんなら正直欲しいけどさ。てか、固有スキル以外の武器化って、どんなスキルなんだ?固有スキル持ちは倒すと武器に変化したけど、このまま武器になれるとか?

「……あいつは、はぐれ勇者や逃げ出した勇者を狙う、有名な賞金稼ぎですよ。今はっきりと思い出しました。あの斧と長い牙のシルエット……。間違いないです。」

「知ってるんですか!?ローマンさん。」


「知ってるも何も……。俺は過去、魔族の国に送り出された道中で逃げ出した際に、あいつに殺されかけたんです。そして、その時に俺の妹が殺されました。あいつの首にかかってる、首飾りみたいのが見えますか。」

 暗くてはっきりとはよく分からないが、よくみると、乾燥した人の首みたいのを、数珠つなぎにしてネックレスにしてるみたいだ。


 なんだアレ!?きんも!!アマゾンの部族が作ってたっていう干し首みたいな!?頭部から頭蓋骨を抜いて、まぶたと唇を縫って乾燥したことで、大きさそのものは縮んじまうけど、人間の見た目を保つってやつ。宗教的な意味があるとか、強さのアピールとか、なんかそんなのだ。昔なんで見たんだっけな?


「あの左側の金髪の干し首……!あれは、あれは俺の妹だったクリスタのものです!

 クリスタは俺を逃して奴に……。

 間違いない!チクショウ!あんな風にクリスタの死体を弄びやがって!!」

 ローマンさんは涙をこらえながら、拳を血が出るくらい握りしめて叫んだ。


「──奴は俺たち逃げだした勇者の間では有名な、魔族の賞金稼ぎです。

 名前までは知りませんでしたが、まさかこんなところで遭遇するとは……。

 先程会ったヴィクトルとナターシャを追いかけていたんでしょうか?彼らも逃げ出した勇者だと言っていましたし……。」


 アダムさんがそう言う。

 そうか。2人はこのあたりで潜伏してたと言ってたっけ。なら、その噂を聞きつけて、追ってきててもおかしくはない。そこで俺たちと遭遇しちまったってのか。獣人の国とエルフの国の間で対魔服着てる人間なんて、勇者の可能性が高いよな、クソッ!


「オマエ、なんか殴れるモンよこしな。」

 エンリツィオがニヤニヤしながら、右手のひらを俺に向けて言う。

「レベルのわかんねーHP10万台の魔族に、レベル103の魔物だぞ!?おまけに魔族が召喚してる、ただの傀儡人形の奴らですら、レベル51なんだぞ!!」


「それがどうした。」

「どうしたじゃねえよ!

 全員で俺のアイテムボックスん中入って、空間転移で逃げるしかねーだろーが!ワンチャン逃げきれるかもしんねえだろ!」

 というか、それしか生き延びる可能性がねーだろーが!


「無理だな。あのバイク、確実に俺たちがアイテムボックスに入る時間よりも、移動速度が早いだろう。俺たちが背中を見せた瞬間、全員死んじまうだろうからな。」

「じゃあどうすんだよ!」

「──俺がいく。だから早くなんかよこしな。まずはあいつらを切り離す。」


「いや、まず俺を寝袋から出してくれよ。」

「ああ、そういやそうだったな。」

 エンリツィオがアダムさんにオイ、出してやんな、と声をかけて、ローマンさんが攻撃体勢を取ったまま、アダムさんが敵に背を向けて、エンリツィオから、寝袋に包まれたままの俺を受け取ると、俺を地面に置いて寝袋から出してくれた。


 その後続けてアダムさんがユニフェイをエンリツィオから受け取り地面におろした。

「ほんとにいけんだろーな!」

 俺はアイテムボックスから、アラクネ・フォビアの錫杖を出すと、どうにかまだ戦わずに逃げる手立てはないかと頭の隅で考えながら、それをエンリツィオに手渡した。


 レベル差に加えてデバフのスキル。間近に迫った死の恐怖に、勝手に体が震えてくるのと同時に、こいつならどうにかしてくれんじゃないかっていう、エンリツィオに対する妙な信頼感と安心感があった。

「攻撃力とHPがどっちも1万プラスで、ほかはオール3000プラスの武器だぜ。」

「ほう。悪くねえな。」


 エンリツィオは俺からアラクネ・フォビアの錫杖を受け取ると、肩にかつぐみたいにして乗せてニヤリと笑った。……なんなんだろうな、釘バットかついでるヤンキーにしか見えねえのは俺だけなのか?

「──ボス、先に俺に行かせて下さい。妹の首は……クリスタは俺が取り返します!!」

 攻撃体勢を取ったまま、ローマンさんが背中越しに声を張り上げて叫んだ。


 エンリツィオはそれを見据えて、

「やってみな。」

 と言った。

「──クリスタを返せ!トルネイド!!」

 ローマンさんは範囲内の者すべてを攻撃する雷全体魔法を放った。トルネイドは近くにいない敵をもその渦の中心に巻き込む魔法だ。一輪車に乗った傀儡たちが、周囲の木々の葉っぱや枯れ枝ごと、雲まで届こうかというトルネイドに巻き込まれ、渦の中心へとズリズリと強引に集められていく。


 ──そして雷魔法はレベル8から、新たに麻痺が使えるようになる。

「お前のバイク、貰うぞ!!サンダージェイル!!パラライザー!!洗脳!!」

「ぐっ!?」

 ローマンさんはバイクにパラライザーを放ち、更にサンダージェイルで雷の檻にバイクごとサーベルを閉じ込め、サーベルの乗ったバイクに洗脳をかけようとした。


 だけどパラライザーが当たる直前で、バイクがローマンさんに闇魔法を放った。

 ──闇魔法はレベル8から、暗黒が使えるようになる。暗黒は目が見えなくなるだけでなく、魔法が相手に当たらなくなる魔法だ。

「うわっ!?」

 突然視界が奪われたローマンさんのパラライザーは、明後日の方へと飛んで行った。

 バイクがローマンさんのサンダージェイルを、雷魔法で相殺し内側から破壊する。


「やってくれたな!今度はこっちの番だ!

 行け!お前たち!奴を潰せ!!」

 一輪車の傀儡たちがローマンさんをグルリと取り囲み、少し離れた周囲を円を描いて回転するように回ったかと思うと、その場で急にピタッと動きを止めて、クルクルと左回転をしだした瞬間──その内側の地面に大きな魔法陣が描かれ、魔法陣から縦に円柱の火柱が上がった。魔法陣の中心にいたローマンさんは、もろに全身を炎に包まれてしまう。


「うわああああ!!!!!!」

「──ローマンさん!!」

「合成魔法、スティングシェイドエクスプロージョン!!」

 エンリツィオの放った、傀儡の影から飛び出した漆黒の槍に突き上げられ、傀儡の1体が空中に浮かび上がると、そのまま爆発にやられて一輪車から落ち、地面に激突する。


「──こうか。」

 エンリツィオは火柱の近くまで近寄ると、錫杖を持ったまま一輪車に乗り、他の回転している傀儡の反対方向に一輪車をその場で回転させた。すると魔法陣がパキッと破壊されて飛散し、一瞬で炎が消える。あらわれたローマンさんの体がグラリと大きく揺れ、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。エンリツィオが地面に倒れたローマンさんを抱き上げる。


 俺は知能上昇を使ってフルマックスで回復魔法をかけたが、ローマンさんは気絶したかのようにピクリとも目を覚まさない。

「──聖魔法もかけろ。炎の中心で燃やし続けられたから、おそらくは肺が焼けて状態異常をおこしてやがんだ。」

 エンリツィオの言葉にユニフェイが聖魔法で状態異常を解除し、ローマンさんはようやくボスの腕の中でうっすらと目を覚ました。


「ボス……。俺、俺……!」

 ローマンさんが男泣きに泣いた。

「──あとは任せな。」

 エンリツィオはローマンさんを抱いて戻ると、アダムさんにローマンさんをたくし、そのままギラリと肩越しにサーベルを睨んだ。

「俺たちに背中を向けるとは、ずいぶんと余裕じゃねえか。逃げなくていいのか?」

 サーベルがニヤニヤと笑いながら言う。


「お前の相手はこの俺だ。」

 エンリツィオが1人前に出た。

「いけ!奴を同じ目に合わせてやれ!」

 一輪車の傀儡たちが一斉に走り出し、ローマンさんの時と同じく、エンリツィオをグルリと取り囲み、周囲を円を描いて回転するように回り、その場でピタッと動きを止めて、クルクルと左回転をしだし、その内側の地面に巨大な魔法陣が描かれ、魔法陣から縦に円柱の火柱が上がった。魔法陣の中心にいたエンリツィオの全身が炎に包まれる。


「エンリツィオ一家のボスの首、このサーベルが貰った!」

 炎に包まれたエンリツィオめがけて、サーベルが斧を振りかざしながらバイクで突進してくる。生きたバイクは運転せずとも、自らの動きで走り出し、燃え盛るエンリツィオの脇をすり抜けた。サーベルがエンリツィオの首の位置に斧を振りかざし振り抜いた瞬間。


 炎が内側から割れて、ニヤリと笑うエンリツィオが現れたかと思うと、サーベルの顔面めがけて思いっきり錫杖を振り抜いた。

「──なっ、なっ!?」

 顔面を錫杖でふっ飛ばされ、そのまま勢いよくバイクから叩き落されたサーベルは、鼻を手で押さえながらわめいている。


「──火の女神の加護。

 人間の中で、炎を操らせたら最強の俺に、炎で攻撃とは笑わせるぜ。火を消すには火をもって為せってな。

 ノコノコ出て来てくれてありがとな。ずっと探してたんだよ、お前のことを。」

 エンリツィオはまったくの無傷でニヤリと笑いながら、錫杖を再びかつぐように肩に引っ掛けながらそう言った。


「返して貰うぜ、俺の仲間。てめえにゃその首飾りは豪華過ぎらあ。」

 火の女神の加護は俺がニナンガでエンリツィオとの協力協定の意思を示す為にやったものだけど、攻撃力2倍、消費魔力半減の筈。

 他人の魔法を操る能力なんてあったのか?スキルはステータスボードに書いてあることだけがすべてじゃないけど、あんな効果あんならやらなきゃ良かったかなと一瞬思った。


「ふざけるなよ!俺にはアーディカがいる!人間の火魔法ごとき──あで?」

 サーベルは再びバイクにまたがろうとするも、バイクがスルッと逃げて、そのままベジャッと間抜けな姿で地面に突っ伏してしまった。サーベルは一瞬何が起こったのか分からず、キョロキョロとあたりを見回すと、離れた場所にいるバイクを見て、バイクが逃げたことにようやく気がついた。


「──ア、アーディカ?」

 再び乗ろうとするが、やはりバイクが逃げてしまう。焦るサーベルは惨めだった。

「女だよりの情けねえ男は嫌いだとよ。」

 エンリツィオがニヤニヤと笑った。

 その時、エンリツィオの方を向いていたバイクの2つのハイビームライトが、エンリツィオの体を暗闇の中に浮かび上がらせた。


「──俺の方が、好きだっての?」

 ハイビームライトに照らされ、それを右手で目を少し覆って光を避けながら、エンリツィオがニヤリと笑う。バイク──アーディカはブルルルンと音を立てて移動すると、エンリツィオの横についてその身を擦り寄せた。

「気に入ったぜ。──イイ女には、イイ男が乗ってやらねえとな。」

 そう言って、アーディカにまたがった。


 アーディカは機械族にも関わらず、エンリツィオに惚れてしまったらしい。──お前のフェロモン、女という女にきくんかい。

「なっ、なっ、なっ!」

「さあ、鬼ごっこの始まりだぜ。俺たちから逃げられるかな!!」

 エンリツィオがアーディカのアクセルをふかし、猛スピードでサーベルに迫る。


「うわああああ!!!」

 アーディカにまたがったエンリツィオに追いかけられて、サーベルが無様にひたすら逃げ回る様に思わず笑いだしそうになる。

「コイツは返して貰うぜ。」

 派手に転んだサーベルの首から、エンリツィオは干し首で出来た首飾りを奪って、アーディカの上から見下ろしニヤリと笑う。


「──受け取んな。」

 エンリツィオが干し首の首飾りをこちらに投げて寄越し、ローマンさんはそれを受け取ると、ヒシと胸に抱いて涙を流した。

「なんだ、たいしたことねえな。」

「抜かせ!俺は下位8等級といえども魔族!

 人間ごときにやられるものか!」


 サーベルはそう言うと高々と手を上げた。サーベルの動きに合わせて、傀儡人形たちが再びエンリツィオとアーディカの周囲を一輪車でグルグルと回りだした。

「魔族は特定の属性魔法しか使えない人間と違って、すべての魔法が使えるんだ!炎を退けたくらいで調子に乗るなよ!!」

 一輪車が地面に再び魔法陣を展開した。


「分かったぞエンリツィオ!!そいつの契約悪魔の名前はルブペスパだ!」

「──上等だ。」

 俺の言葉にエンリツィオがニヤリと笑う。さっきエンリツィオが俺にコッソリ頼んだこと。それはアラクネ・フォビアから奪ったスキルの中の、看破を使用して、認識阻害のかけられたサーベルの封じられたステータス、契約悪魔の名前を調べろということだった。


 一輪車が描いた魔法陣が放った光が、プスン……。と音を立てて消え、それと共に魔法陣がパキッと割れて霧散する。

「な、何ごとだ!?もう一度だ!」

 サーベルは手を上げて、そう傀儡たちに命令したけれど、結果は同じことだった。何度やっても傀儡の作った魔法陣は、光が音を立てて消えると同時に破壊されて消えた。


「世の中には悪魔に魂を売りたがってる人間はたくさんいんのさ。問題は買ってくれる悪魔がなかなかいねえってことだけだ。」

 エンリツィオが、たまに見せる、悪魔のような顔で笑う。それを見たサーベルは、ゾッとしたようになり、急に黄色い体液を流す。

「お前……、まさか……。まさか、人間の癖に、俺より上位の悪魔と契約を……!?」

「──その、まさか、だ。お前の契約悪魔の力は、とっくに封じさせて貰った。」

 

 さっきまでまだ余裕のある態度だったサーベルが、ダラダラと黄色い汗を流しながら恐怖に震えてその場に立ち尽くした。

「オマエ、レベル11の雷魔法と闇魔法が使えるんだってな。合成魔法、使えるか?」

 エンリツィオの問いかけに、上に乗られたアーディカが、ブルルルンと返事をする。


「じゃあ俺の闇魔法に合わせな!!

 合成魔法、ゴッドストーカー!!」

 ゴッドサンダーは、普通の人間ならほぼ即死に近い威力の、即死しなくとも、高確率で硬直、麻痺、失神状態にさせる雷単体魔法。

 それに対してシャドウストーカーは、相手の影を立体化し、その手に持つ相手と同じ武器で攻撃させる単体闇魔法だ。


 ゴッドサンダーと合成されたシャドウストーカーは、サーベルの何倍もの巨大な影を生み出してニヤリと笑い、サーベルの首にその巨大な斧を勢いよく振り下ろした。

「うぎゃああああぁ!!」

 悲鳴はほんの一瞬で、サーベルの体がその場にドサリと倒れ込み、胴体から離れた首がコロコロと不規則に地面に転がった。


 硬直した体はまだ生きているかのようにビクビクと震えていた。勇者たちの首を刈り、首飾りにして弄んでいた魔族は、最後はエンリツィオに自分の首を落とされたのだった。

「なんだ、やっぱり口ほどにもねえな。」

 それを見たエンリツィオが、アーディカの上に両腕を置きながらニヤニヤと笑った。


「お前!いったいいつ悪魔と契約なんてしたんだよ!?てか、一輪車乗れたのか?」

「いや?あれは今日初めて乗った。」

「なんでそれで乗れんだよ!」

「見たら分かんだろ、真似しただけだ。」

「分かったからって乗れねえよ!」

 こいつの運動神経どんだけだよ!


「──悪魔と契約したのはニナンガの刑務所の中だ。対王族の秘密兵器のつもりだったんだがな。こっちは逃げてる立場だ。

 魔族相手じゃさすがに面倒になる前に、早めにカタつけた方がいいからな。

 ……それで?お前らが用があんのは、──俺か?コイツか?」


 いつからそこにいたのか。エンリツィオの言葉に、赤髪ショートのミニスカート姿と、銀髪ロングのロングスカートのワンピース姿の美女が、並んで暗闇から姿を現した。

「どっちもよ。わかっているでしょう?」

「特には貴方ね。王族たちがご執心だわ。ずいぶんと気に入られたものね。」

「そのようだな。」


「なんだ……?あいつら……。

 ひょっとして追っ手か?」

「コイツらはな、アスワンダムの幹部さ。

 俺とオマエを追って来たらしいぜ。」

「──なんだと!?」

 ルドマス一家が消えたあとの、エンリツィオ一家の最後の敵対組織。

 それがマガの“なりそこない”を集めた犯罪者集団、アスワンダムだという。


 王族と裏で繋がりがあり、王族の依頼でエンリツィオの恋人を拷問にかけて殺し、殺人祭司とともにエンリツィオを一度はとらえた相手。そんな組織の幹部が2人もだと!?

「オマエら、ソイツを連れて先に行け。女どもは──俺がまとめて相手してやる。なあにコイツもいることだ。すぐに追いつく。」


 エンリツィオがアーディカにまたがったまま、女たちを見据えて対魔服の留め具を外した。女たちはそれを見てビクッと身構える。

「匡宏さん!ここはボスにまかせて早く行きましょう!今のうちに逃げますよ!!」

 アダムさんがそう言い、既に回復して地面に降り立っていたローマンさんの代わりに俺を、ローマンさんがユニフェイを抱き上げると、エンリツィオを残して走り出す。


「ふざけんなよ!敵の幹部が2人だぞ!?

 いくらアーディカがいるからって、エンリツィオ1人でなんて……。おい、エンリツィオ!……エンリツィオ〜〜!!!!!」

 俺は暴れてアダムさんの腕の中から降りようとしたが、ガッチリと腕にホールドされたまま、エンリツィオと女たちの姿は、どんどんと遠ざかってしまったのだった。

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