第57話 マリィという女

 3組の信楽しがらき君。

 本名は志垣勇多しがきゆうた

 彼は一見類稀なるイチモツを持つかのような、非常に主張の強い鼠径部をした、とても気のいいヤツだ。

 あのデカさで小さいってことはないだろう。男たちは皆そう信じ、彼の鼠径部は我が校男子垂涎の的だった。

 だがある日事件が起きた。お爺ちゃん先生がやっている、学校近くの病院に、彼がかかることになった時の事だ。


 学校に通っている奴らなら、だいたい一度はお世話になっている、内科、外科、整形外科、泌尿器科、小児科の看板を掲げた、診察の際に医学書と思われる分厚い本をめくりながら診察してくれるという、何とも不安になることで有名な先生だ。

 その当時彼は、自分が痔になってしまったのではないかと心配になり、その医院の門を叩いた。

 ケツを拭いた時、女子でもあるまいに、大量の血がトイレットペーパーについたことに恐怖したのだ。

 実際のところは、部活の練習における腹筋のやり過ぎで、尾てい骨がすれて皮膚がえぐれて血が出ただけに過ぎなかったが。


 だが、彼の下半身を診察したお爺ちゃん先生は、思わず彼のその巨大なブツを、本人に断りもなく、突然両手で持ち上げると、

「なんつ〜デカい金玉だあ、俺の人生の中で初めて見たぞこんなの。」

 と、医院中に響き渡る声で叫んだのだった。

 齢70をこえるという、ありとあらゆる男のイチモツを見てきたであろう、医師の言葉に、たまたま待合室でそれを聞いてしまった俺と恭司は大爆笑し、結果、彼のことを、志垣じゃなくて信楽だろ、と大声で帰り道に話してしまった。


 それがまた間の悪いことに、俺たちが歩いていた道に通りがかった、藤木聡太、小松英莉カップルに聞かれてしまい、あっという間に3組から学年へ、そして全校へと、彼の信楽伝説は広まって行ったのだった。

 女子にまで、クスクスと笑われながら、志垣君……信楽焼のタヌキみたいってホント?なんて言われているのを見てしまった俺たちは、広めたのは俺たちではないとは言え、原因を作ってしまったことを素直に謝った。

 信楽君は、

「いいよ、別に、小さいと思われてるって訳じゃないし。」

 と笑って許してくれた。

 本当に気のいいヤツだ。


 ちなみに、実際のところ、本体はどうなの?と聞いたら見せてくれたのだが、金玉のデカさに目を奪われはするが、小さいということはなく、むしろそこそこあるというか、金玉の比率のせいでアレ?っと思うだけで、比べてみたら、平常時でも、俺よりは小さいが恭司よりはあった。

 俺のは膨張率なんだよ!と恭司が主張し、一緒に飛ばしっこをした事のある俺が、確かに恭司の膨張率はエグい、と保証したところ、今度は膨張率の松岡君、と恭司が呼ばれるようになったことは、決して俺のせいではないと主張したい。


 江野沢にこの話をしたのは初めてではないのだが、江野沢は笑いをこらえながらクスクスと笑ってくれた。

 ふと、あの時はどうだったけなあ、と考えた時に、男の子って、みんな、ああいう感じな訳じゃないんだ、と言われたのを思い出した。

 普通に男兄弟のいない、彼氏のいた事のない女の子なら、男の子のそれがどんなかと言われて、思い浮かべるのは、信楽焼のタヌキか、ダビデ像くらいだよ?と言われた。


 確かにどちらも金玉の比率と本体のサイズ感がおかしい。

 万が一あれで産まれて来た日には、すべての男が一度は死にたくなると思う。

 いつか俺のを江野沢に見せたら、どんな反応すんのかなあ、とその時想像してしまい、思わずそれで頭がいっぱいになってしまったことも、いつか江野沢に笑って許して欲しい。


 その時、江野沢の部屋の扉が数度叩かれる。江野沢は俺に目配せし、俺は頷いて隠密と消音行動を使った。

「──王女様、お加減はいかがですか?」

 江野沢が入室許可を出したのち、部屋に一人の女性が入って来る。

 俺はひと目見て、この人がマリィさんなのだと思った。

 この国で見かけた、どんな女性よりも美しく、背が高く、グラマラスな、スタイルのいい女性。


 なんて言うか、サンディも巨乳だったけど、あっちは、いかにも軟らかそうだなあ、という感じで、実際、ちょっと動いただけでも胸が服からこぼれてきそうな感じの、プルンプルンのたわんたわん。

 この人のはなんていうか、筋肉があってしなやかで、バイーン!ボイーン!張ってます!って感じの、メリハリがある体をしている。

 胸もお尻もツンと上を向いているのが、セクシーかつ、カッコいい大人の女性という印象を受ける。

 全裸に黒のガーターベルトとヒールとか履かせたら似合うと思う。ウン。


 そして何より、この人からは知性を感じた。

 フリーセックスを享受しまくり、快楽に頭を蕩かされたバカ丸出しみたいな顔をしている、この国の女たちや、3組の女子たちと違って、むしろそれらをはねつけるかのような、清廉さを感じさせる。

 あのエンリツィオが、顔とスタイルだけの、頭の悪い女を選ぶとは思えなかったし、そういう点においても、エンリツィオの愛人と言われて、なんかイメージがピッタリとハマる。

 そして事実その通り、江野沢は彼女をマリィと呼んだ。


「大分いいわ、あなたのおかげね。」

「もったいないお言葉でございます。」

 マリィさんは江野沢に頭を下げた。

「……ところで、話し声が聞こえたように思ったのですが、どなたかいらしていたのですか?」

 マリィさんは江野沢のベッドの膨らみを、ちらりと見やる。誰か隠れないかと疑っていたようだったが、当然こんなところに隠れてなどいない為、ベッドの膨らみは江野沢一人のものだ。

 今下半身露出してても、誰にも気付かれないんだもんなあ、ホント隠密って便利なスキルだよな。

 まあ、恭司と2人でもなきゃ、美女と美少女に俺の姿が見えないからって、露出して楽しむ趣味は、俺にはないのだけれど。


 しかし……、たった一人の男の為に、この人を振ったのか……。

 エンリツィオの恋人に対する本気度は、ホテルで見たスピリアの花で知ってはいるけど、正直、物凄〜く、多分全世界の男が、もったいねええ〜〜!!って叫ぶと思う。

 手に入れたくても入るとは思えない高嶺の花。それがマリィさん、その人だった。

 相手が女の子なら分かる。他の女と手を切らなきゃ、付き合いたくはないって子も多いと思う。

 でも、男同士でもそんなのって気になんのかな?


 俺は江野沢と付き合ったり結婚してたとして、万が一江野沢に女の子と浮気をされても、別に気にならない気がする。

 自分が突っ込まれる側だと、自分が男で、浮気相手が女でも、気になったりするのかな。

 あのエンリツィオが女役をしてるとは考えにくいし、オンナって呼んでるくらいだから、恋人の方が女役だったんだとは思うけど。


 ──そうか。違う。

 誠意だ。

 自分が本気だと示す為の。

 もし俺が、複数の相手と遊んでて、セフレも愛人もいっぱいいて、それでも、たった一人だと思える相手に出会ってしまったとしたら。

 江野沢だけが欲しいと、他の何を捨てても欲しいのだと、必死になって行動して、それを見て貰おうとすると思う。

 ましてや男同士で、他に大勢女がいる相手にそんなことを言われても、からかわれているとしか、きっと思わないだろう。

 それが、すべてを捨てて迫って来たら、さすがに本気だと分かる。──重い。とても重くは、あるけど。


 マリィさんは、その本気の犠牲になった訳だけど、既にエンリツィオが独り身に戻ったことを知ってアプローチを再開してる。

 ただ、傷心のエンリツィオにつけこもうとしていた国王と違って、マリィさんは、何かそういうタイプに見えないというか、そもそも必死になって男にすがるタイプに見えないのだ。

 本当にこんな理知的な美人が、ストーカーみたいにエンリツィオのことを追いかけたりなんてするのだろうか?

 俺は、恋人と死に別れてすぐに迫って来たというマリィさんと、目の前のこの人が、いまいち同一人物としてイメージが一致しなかった。


「──おう、久しぶりじゃねえか。」

 ホテルに戻ると、これから部屋に戻ろうとしている、エンリツィオとアシルさんに、エレベーターの前で会った。

 俺はマリィさんの話しがしたくて、部屋に遊びに行っていいか尋ねると、何の用かと思えば遊びにかよ、と笑いながらも、エンリツィオは部屋に行くことを了承してくれた。

「マリィさんに、王宮で会ったよ。」

 エンリツィオの部屋の応接間のソファに座り、アシルさんにお茶を出して貰いながら、俺は早速本題を切り出した。

「マリィに?」

 エンリツィオは俺が何を言い出すものかと、じっとこちらを見ている。


「……なんか、思ってたイメージと違ったっていうか……。

 凄く賢そうで冷静で、仕事の出来るセクシーな大人の女の人、って感じだったよ。

 マリィって江野沢に呼ばれてたから、あの人がマリィさんで間違いないと思うけど、ほんとにあの人がお前に付きまとってんのか?

 だって、マリィさんて、ストーカーみたいな人なんだろ?

 お前の恋人が死んだのを一番に知ってて、即連絡してくるようなさ。

 それ、こっちの勘違いなんじゃねえかって気がする。」

「──あいつはそんな女じゃねえよ。」

 エンリツィオがそっぽを向く。

 違うのか?


「……僕がマリィに困ってるって言うのはね。彼女がただの愛人の1人だったからだよ。

 付き合ってた当時だって、彼みたく、愛人ひとりひとりに護衛をつけてたって訳じゃない。

 見せしめで愛人が殺されるなんてことは、僕らの世界じゃ少しも珍しいことじゃあないんだ。

 マリィは強いし頭もいいからね、簡単にはやられないと思うけど、それでもまったく狙われないって訳じゃない。

 どっぷりこの世界に足を突っ込むならいざ知らず、中途半端に近付き過ぎるのが、一番良くないのさ。

 せっかくエンリツィオと手が切れたのに、ヨリを戻そうなんてしたら、エンリツィオは守る気がないのに、彼女を弱みとして狙う奴らが出て来る事を危惧してるんだよ。

 僕はマリィに、生きて幸せでいて欲しいからね。」

 代わりにアシルさんが答えてくれた。


「──強くて、頭がキレて、僕よりエンリツィオの考えや行動を察して動ける、唯一の人間がマリィなんだ。

 彼女が男か、エンリツィオを愛してさえいなきゃ、僕は僕と共に、エンリツィオを支えて欲しいとすら思ってたよ。

 僕はエンリツィオが彼女を口説いたことを、未だにちょっと恨みに思ってるからね。

 マリィがいたら、あれもこれも、僕一人でやらなくてすんだのにって。」

「──オイ。」

 ジト目で見てくるアシルさんに、エンリツィオが抗議の声をあげる。


「わかるよ?

 マリィに出会って惹かれない男なんて、ほぼほぼいないからね?

 けど、愛人を作るってだけなら、他にもいくらでもいたでしょう?

 マリィを愛人にするのと、秘書にするのとじゃ、組織にとってどれだけメリットが違うのか、もう少し天秤にかけて欲しかったよね?」

 にこやかに迫るアシルさんに、ぐうの音も出ないという顔をするエンリツィオ。


「──彼にしか見せない姿があるって点においては、彼が一番の理解者だけど、全員に見せる姿においての一番の理解者が、マリィなのさ。

 あ〜ホント、惜しい人材を失ったよ。」

 なんかスゲー人なんだな、マリィさん。

「──しょうがねえだろ、そんなこと言ったって、抱いちまったモンは今更よ。」

 ブスくれて歯噛みしながらそっぽを向くエンリツィオ。


「けど……お前の愛人て言われて、すげーピッタリイメージのハマる人ではあったけど、エッチなことなんて全然考えてません、って顔して裏じゃ愛人かあ。

 女って分かんねえな。」

 そう言う俺に、

「──覚えとけ?

 オンナは頭がいいのが一番エロいんだ。」

 エンリツィオがニヤニヤしながら言ってくる。そういうこと言うから、アシルさんが怒るんだと思う。

 ──ホラ。

「……君、少しは反省してる?」

 一番怖い時のアシルさんの笑顔に、さすがのエンリツィオも黙るしかないのであった。

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