第42話 番外編・ミンティの憂鬱

 ああ、なんて、なんて素敵な人なんだろう。

 優しい笑顔、穏やかな性格。

 初めて会った時から、私は彼に夢中だった。

 誰にどんな意地悪をされたってへこたれないの。

 この街に来たばかりの頃は、乱暴者でいじめっ子のランダーから、カエルを投げ付けられたり、落とし穴に落とされたり、新参者を受け入れない街の人たちから冷たくされたり、見た目が骸骨みたいだなんて、からかわれたりしてた。


 でもいつも笑顔で、街の人たちや冒険者が怪我をしたら、本気で心配して治してくれる。

 ランダーが怪我した時も、何も責めずに治療してくれたことに、ランダーがとても戸惑っていたわ。

 困っている人がいれば、すぐに手を差し伸べる。そこには何の下心もないの。

 お礼を言われた時の、はにかんだような彼の笑顔!!

 ああ!!

 どうしよう、心臓が苦しい。


 少しずつ彼の性格が知られるにつれ、すっかり人気者になっていったの。

 この街は冒険者の落とすお金で、商売をしている人たちは裕福だけど、私の家を初め、自給自足をしてる人たちはとても貧乏。

 それなのに、彼の元にはたくさんの供え物が集まるようになった。

 バザーで売ればいいのに、そうすれば自分の懐に入るのに、彼は絶対そうしないの。


 一人で食べ切れないからって、困ってる人たちにお裾分けしたり、料理を作って振る舞ってくれる。

 うちもそんな家庭の一つだったから、彼とはしょっちゅう顔をあわせて、そのたび好きになっていった。

 ああ、なんて、なんて、お人好しなくらい優しい人。


 うちの父とは大違い。

 お酒を飲むと乱暴するし、ただでさえ少ない稼ぎを、みんなお酒に使っちゃう。

 挙げ句の果てに、うちはお金がなくても、いざとなれば私を売ればいい、俺は一生遊んで暮らすんだ、ですって?

 ああ、なんて、なんて、死んで欲しくなるくらいクソ男。


 仕事をすれば、稼いだお金は全部あいつの酒代に消えてしまう。

 家を出る為の分だけのお金を、こっそり稼いで貯めなくちゃ。

 ああ、でも、この街から出てしまったら、二度と彼とは会えなくなる。

 それは、本当に……嫌だわ……。


 祭司だから優しい訳じゃない。

 彼の前にいた祭司様は、スキルで割り当てられた、食いっぱぐれのない、ただの仕事として、事務的に仕事に当たってた。

 嫌われないけど好かれもしない。

 まあ、私は嫌いだったけど。

 だって祭司の癖に、いつも下から上まで舐めるように、いやらしい目で見てくるのよ、気持ち悪いったら。


 ああ、オロス様、あなたはどうして祭司なの?

 聖職者のスキルなんてなくなってしまえばいい。

 そうしたら、あなたに好きって言えるのに。

 あなたと2人で、野菜を育てて、縫い物を売ったりして、たくさんの子どもたちと、慎ましく暮らすの。


 彼はきっと毎日子どもと遊んでくれるわ。

 新天地でも、すぐに受け入れて貰える筈。

 だって彼だもの。

 ああ、オロス様が大好き。

 オロス様も私の事が好きならいいのに。

 時折恥ずかしそうに見つめてくれるその目が、彼が恥ずかしがり屋だからだけじゃなかったから、どんなにいいか。


 そんな時、私はオロス様と気まずくなってしまったの。

 だってオロス様ったら、まったくわかってないんだもの。

 ボソッと呟いただけの、スキルが変更出来たらいいのにって言葉を、ちゃんと聞いてて覚えていてくれて、私の為に祈ろうとしてくれたことには、ときめいてしまったけど。


 思わず怒鳴って逃げてしまった。

 ええそうよ、ただの八つ当たり。

 私の事なんて眼中にない、私の気持ちになんて気付きもしない。

 そうよね、だってあなたは人気者だもの。

 最初は見た目が怖いと言ってた癖に、祭司じゃなければ娘を嫁がせたいって言ってる母親たちも多い。

 ココナったら、どうしてそんなにオロス様と親しげなの?

 どうしよう、彼が取られちゃう……。


 謝らなくちゃ。

 気まずくなったままだなんてイヤだもの。

 彼ともっと仲良くなりたい。

 そうよ、謝る為に行ったのに。

 私はうっかり自分の気持ちを口走ってしまった。

 何てこと。

 でもここまで言ってしまったら、もう引き下がれない。


「だから変えられるものなら変えたかったの。聖職者のスキルが無くなれば、オロス様が祭司じゃなくなるのにって。」 

 祭司じゃなくしたいなんて、ただの私のワガママ。それは分かってる。

 お願い。

 酷い言葉を言わないで。

 冷たくしないで。

 私と距離を取らないで。

 好き。大好き。

 ああ、彼が困ってる。

 泣いちゃ駄目よミンティ。

 あなたには泣く権利なんてないんだから。


 だけど、彼の言葉は、私が思っていたものと違ってた。

「おおミンティ……、何という事でしょう、私もあなたを愛していました。ですが私は祭司……。この思いは心に秘め、あなたの幸せを願うつもりでいたのに。

 神よ、なぜ愛し合う二人にこのような試練をお与えになるのでしょう?私は祭司の立場など捨てて、ミンティと共に生きて行きたい……!」


 嘘でしょう!?

 オロス様も私を愛してくれてた。

 熱がこもったような眼差しに、何度期待して打ちのめされたか知れなかった。

 いつだって彼は紳士で、祭司としての職務以上に、私と関わろうとはしてくれなかった。

 彼を思って泣いた夜もあった。

 だけど、だけど、両思いだった。

 ああ、聖職者のスキルさえなければ。

 私たちは今すぐ幸せになれるのに。

「逃げて!すべてを捨てて私と逃げて!」

「ミンティ!」

「オロス様!」


 オロス様と話していた子どもが、何だかジト目でこちらを見ているような気がしたけど、知ったこっちゃないわ。

 だって今私は、夢にまで見た彼の腕に抱かれて幸せなの。

 誰に何を思われたって構わないの。

 見たけりゃ見ればいいわ。


「オロス様……。」

 その子どもが、オロス様に声をかけてきた。

「オロス様も神に祈られてみてはいかがですか?

 俺の友人の本気の願いを、神は聞き届けて下さいました。

 二人の愛が本当ならば、神は願いを聞き入れて下さるのではないでしょうか。」

「そ、そうですね!」

「そうしましょうオロス様!

 私たちの愛は本物だもの。」

 何よ、いい事言うじゃない。


 私はオロス様と、並んで祭壇に祈った。頭の上で、火花のような光が、きらめいて飛び散る。

「今のは……?」

「オロス様!きっと神様の答えです!」

 オロス様は水晶を取り出して、自分のスキルを確かめた。

「調理、狩猟、栽培……。

 ああ、これなら、どんな仕事にも、ミンティと共に田舎で獣を狩って野菜を育てて暮らす事も、何だって出来る。

 私はもう縛られない!何にだってなれるんだ!」

「オロス様!」

 私たちは抱き合って喜んだ。


 あれから私たちは街を出て、2人で一緒に生活してる。

 教会で2人きりの式をあげ、正式に夫婦になったのだ。

 結婚式まで手も出してくれなかったから、誓いのキスをついついやめたくなくて、そこの教会の祭司に咳払いをされてしまった。

 オロス様は料理人の見習いの仕事について、休みの日は近くで狩ったホーンラビィ──角のついたウサギの魔物──の肉が食卓に並ぶ。

 栽培スキルのおかげか、野菜も順調に育っているから、家で食べる分以外を売ったり、人に分けたりして、ご近所付き合いも順調だ。


 ただ、オロス様──本名はマルタンっていうらしい。なんて素敵な名前なの!初めて教えて貰った時は、何度も呼んで彼を恥ずかしがらせてしまった──が、近所の奥様に人気な事がとても心配だわ。

 彼くらい素敵な人も、家のことをやってくれて、奥さんを優先してくれる、頼りになる男性はなかなかいないものね。

 気持ちは分かるけど、私は面白くない。


「あんまり、他の女の人と、親しくしちゃ、やあよ?」

 私は仕事に向かう彼を呼び止めて、拗ねたように甘えてそう告げる。

 彼は困ったような、照れた顔をしながら、

「僕はモテないし、そんなことを思ってくれる女性は、君だけだと思うけどね……?

 僕のほうこそ、君が可愛いから、他の人に取られないか心配だよ。」

 自分の魅力を分かってないのね、本当に謙虚な人。


「知ってるでしょう?

 初めて会った時から、私はあなただけに夢中なの。

 他の人なんて眼中にないわ。

 だから私を安心させてね?

 ……ねえ、今日も早く帰って来てくれるでしょう?

 私、早く2人の子どもが欲しいわ?」

 そう言って私は目を閉じてキスをせがむ。

 ただ、今すぐにでも、抱いて欲しくなっただけなのはナイショ。

「う、うん、頑張るよ……。」

 そう言って、照れながらキスをくれた。

 ねえ、あなた、私世界一幸せよ?

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