第24話 恭司、絶体絶命

 夜道を飛んで先導する恭司の後ろを、ランプを持った俺とユニフェイがついて行きながら山道を登る。

「この山の頂上なのか?」

「ああ、頂上に山小屋があって、そこを根城にしてるって話だ。

 ゴーダたちは一人ずつバラバラに行動することがないから、夜は全員そこに集まってる筈だぜ。

 一人じゃ何にも出来ない、卑怯な奴らさ。」

「──ちなみに何人くらい仲間がいるんだ?」

「……確か、ざっと30人はいるって話だ。

 まあ、不況が長引いてるからな、もっと増えてる可能性もあるけどな。」

 30人……!!

 俺はニヤけそうになる顔を力づくで歪めながら、体が喜びに打ち震えた。


「……びびってんのか?

 無理すんなよ。30人だぜ?」

 俺の震えを勘違いした恭司が、俺を心配して申し訳なさそうに言う。

 恭司がどんなスキルを持っているのか分からないが、たった二人で30人からの男たちに挑もうというのだ。

 そう思うのは無理なかったし、俺が恭司の立場でも、自分から助けを求めはしたが、親友をそんな危険な場所へと連れて行くことへの罪悪感は拭えないだろう。

「なめんな、武者震いだよ。」

「ぬかせ。」

 カッコ良さげなやり取りで誤魔化しておく。さすがの恭司も暗闇でも夜目がきくとはいえ、俺の細かい表情の違いまでは分からないようだ。


 ネクロマンサーのスキルを手に入れた後、あまりにダンジョンの中が暇で、魔法を打ちまくってみたり、アンデットを出してみたりしたのだが、現時点で俺が出せるアンデットの数が30体。

 これは最低限の数で、今後俺のレベルに応じて変わってゆくものらしい。

 俺はそいつらすべてに魔法スキルを付与させるつもりでいた。

 それもレベル5以上。


 ニナンガ王国の王宮の魔法師団は全員がレベル5以上で、魔法師団長がレベル7の水魔法使いだ。

 一対一なら今の俺でも太刀打ち出来るが、さすがに全員を相手にするとなると歯が立たない。

 ネクロマンサーとの戦いでもそうだったが、レベル4以上からは火力の差がモロに出る。

 特にこちら側が弱点属性の場合、こちらがレベル3なら、攻撃時の威力はレベル5相手で8割まで下がる。

 相手の魔法を相殺しきれずに、ジワジワとHPが削られてゆく。


 レベル7相手となると6割までダウンだ。半分も威力が下がるとなると、常にデバフをかけられているようなもの。これはもう長期的な戦闘において、戦いにならない。

 こちらの全体の攻撃力を上げておく必要があるのだ。幸いアンデットにもきっちりMPが振られている。

 俺の時がそうだったように、魔法スキルがないだけで、魔法スキルさえあれば、いつでも魔法が撃てるようになるのだ。

 だが戦闘時以外の外出を禁じられている魔法師団は、敵が現れない限り外に出て来ないので、一人ずつ襲ってスキルを奪う真似も出来ない。


 また前衛職ではないので、戦闘時は前に出て来ない。ただし相手が魔法を使う場合は別だ。

 ネクロマンサーにパーティーで挑む際もそうだが、魔法攻撃がメインの敵相手の場合、相手のレベルが高かったり、数が多いと、本来の前衛職では近付く前に遠距離からの攻撃でやられてしまう。

 だからこの場合魔法職が前衛となり、弓や剣士はサポートに回る。魔法を使うアンデット軍団が現れれば、魔法師団は否が応でも前に出なくてはならない。

 そこで一人ずつ潰していけばいいのだ。


 試しに一体に土魔法レベル1を付与し、一度アンデットを消して、再度召喚してスキルを奪ってみたところ、きっちり土魔法レベル1を回収することが出来た。

 つまり、アンデットは消えていてもどこかに存在していて、一度付与した魔法は消えない。

 俺のイメージしていた、魔法攻撃が可能なアンデット軍団を作るのは、魔法スキルの数さえ集まれば可能だ。

 ただ面倒なのは、こいつらに自律性がないと言うことだった。


 独立したアンデットは自分の意志で勝手に動いていたが、ネクロマンサーに操られたアンデットは、本の消失と同時に動きが止まった。

 ネクロマンサーは本を通じてアンデットに指示を出していて、それがないと奴らは動けないのだ。

 俺は魔物のネクロマンサーと違い、本がなくてもアンデットを動かせるが、いちいち命令しなくてはいけないという点においては変わりはなかった。


 どのスキルを付与した奴に命令を与えるか、30体分管理しなくちゃならないのかと思うと、ちょっとウンザリしてくる。

 せっかく苦労して手に入れたスキルだが、何でも出来るというわけにはいかないようだ。

 一度攻撃命令を出しさえすれば、フルオートで戦ってくれる姿をイメージしていただけに、これには大分萎えた。

「……あそこだ。」

 恭司の声に明かりの漏れる窓を見る。人影が動いていて、大きな笑い声や、下卑たヤジのようなものが聞こえる。どうやら中にいて、酒盛りをしているようだ。


「──中の様子を見て来れるか?」

 俺は恭司に訪ねた。俺が隠密で行ってもいいが、本来、人に付与されるスキルは3つまで。この力を恭司に隠している俺としては、出来るだけ色々なスキルがあるところを見せたくはない。

 恭司の見た目はフクロウだ。窓から覗いているところが見つかったところで、気にも止められないだろう。 

「OK、ちょっと行ってくるぜ。」

 恭司は山小屋の窓へと音もさせず静かに羽ばたいた。


 暫く窓から中を覗いていたかと思うと、恭司が殺気に満ちた表情で戻って来た。フクロウの表情の違いなんて分かる筈もないが、殺意を纏った空気が恭司の体内から滲み出ているのを、肌が感じて鳥肌が立つ。

「……あいつら酒盛りのネタに、泣いてるサンディにストリップさせてやがった。

 大勢の男たちの前でだ。

 ──分かるか?全裸になったサンディが、てめえで股を開けと命令されて、泣きながら、怯えながら、机の上で全員に見えるように、股を開いて見せて、それを笑われる恐怖が。

 なあ、あいつら殺す。全員殺す。……止めんなよ匡宏。

 ──あいつらは、俺を本気で怒らせた。」

 羽ばたきながら震える声で告げる恭司の顔が、影に隠れて見えなくなる。次の瞬間、俺が恭司を見失ったかと思うと、パリンという音とと共に、山小屋の窓が割れた。

 恭司が窓から突っ込んだのだ。


「……あいつ……、先走りやがって……!」

 慌ててユニフェイと後を追う。

「何だコイツ!」

「フクロウ……?」

 突然現れ羽ばたきながら睨みをきかせる恭司に、山小屋の中は軽いパニックになっていた。

「キョー……ちゃん?」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、サンディが恭司を見る。

 恭司は素早く室内を飛び回ると、男たちに体当たりして回る。

「うわっ!」

「いててて!」

「こいつ……!」


 捕まえようとするも素早過ぎて捕まらない。

 恭司はレベル3雷魔法を使った。山小屋の中が、さながらアルミホイルを入れた電子レンジかのように、電気の線が縦横斜めに立て続けに走る。

「うわあ!!」

「こいつ魔物だ!」

「何だってんだ急に飛び込んできやがって!!」

 恭司を撃ち落とそうと、ゴーダの仲間たちが魔法を放つ。恭司はそれを避けながら室内を飛び回った。


「──おいやめろ!小屋の中で魔法を使うんじゃねえ!外に誘導するんだ!」

 ゴーダの言葉に全員が外に出る。釣られて恭司が外へと飛び出した。

「俺らの小屋をめちゃくちゃにしやがって。

 たかがフクロウが俺らにかなうと思ってんのか!

 くらえ!

 レベル5魔法、ファイヤープリズン!!」


 ゴーダの放った広範囲の炎が、飛び回る恭司の行く手を塞ぐように周囲に湧いたかと思うと、檻のように恭司を取囲み、瞬間狭まって恭司に襲いかかる。

「恭司ィ──!!!」

 走って追いかけるも間に合わず、炎は恭司の羽へと燃え移り、メラメラと音を立て、恭司は真っ逆様に頭から地面へと落ちて行った。

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