第17話 絶望からの脱出
「逃げるんだ!俺たちにあれは倒せない!」
それはまったくの同意だった。だが、
「どうやって!?強制的に連れて来られたんだぞ!?」
タンクとガッツが揉めている。
俺たちを転送して来た魔法陣は既に消えていた。戻る術が分からない。
「あの……、戻って来た人たちもいるんですよね?」
「何だ!?こんな時に!」
「その人たちがどこまで到達して引き返したのかは分かりませんけど……。
あれ、階段に見えませんか?」
ネクロマンサーが揺れている祭壇の後ろに、階段らしきものが見える気がする。あまりに距離があるのと、祭壇の影に隠れてよく分からない。
「確かに……階段に見えるな。」
「だがどうやってあそこまで行くんだ?
今までの敵のパターンから言って、俺たちがここから動いた途端襲ってくるぞ?」
「ちょっと俺の考えを聞いて貰えませんか?」
「つまり、君が俺たちを連れ出すって言うのか?」
「俺のアイテムボックスはレベル5です。大人3人が余裕で入れます。アイテムボックスに生き物を入れても生きてるのはご存知ですよね?」
「……だが人間を入れた前例はない。」
「魔物だって動物だって、生きたまま入れて、生きたまま取り出せるんです。人間だけが駄目な理由がないです。」
「それは確かにそうかも知れんが……。」
剣士はアイテムボックスに入るのを躊躇った。
「ここで戦ってもそのまま死にます。
俺は回復魔法があるから、アンデットの脇をすり抜けても死にません。
ユニフェイに気を引かせておいて、皆さんごと俺が階段まで走ります。
最悪俺と共に死ぬかも知れませんが、これが一番安全だと思います。」
戦いながら全員が背を向けて走るのは危険だが、俺は背を向けていても近付くアンデットはその場で回復魔法で瞬殺出来る。
ネクロマンサーの注意だけをユニフェイが引くことが出来れば、不可能ではない。
ガッツたちは顔を見合わせた。
「それしかないかも知れんな。」
「アイテムボックスに入る時に、アンデットやネクロマンサーが動いたら、挑発で気を引いて貰えますか?
ガッツさんたちから先にアイテムボックスに入って下さい。」
「分かった。そうしよう。」
皆が顔を合わせて頷いた。
「ネクロマンサーの弱点はあの本だ。あれを壊せば少なくともアンデットを操れなくなる。それにしばらく動きが止まる筈だ。もし出来そうなら、ユニフェイにあれを撃ち抜かせるんだ。」
アイテムボックスに入りながら剣士が言う。
「──分かりました。
ちなみに使う魔法は分かりますか?」
「確か闇属性の毒魔法と、水属性の氷魔法のダブルスキル持ちの筈だぜ。毒魔法は範囲攻撃と飛んで来るのがあるぞ。気をつけろ。」
アイテムボックスから顔だけ覗かせながらガッツが言う。
「エンダー、お前も早く入れ!
中は大丈夫そうだ!」
声をかけられたタンクがこちらに駆け寄って来る。
「すまんな……。後は頼む。」
俺は力強く頷くと、アイテムボックスを封じた。
「ユニフェイ、俺があそこに向かって走る間に、ネクロマンサーが魔法を俺に撃って来たら、あの手に持ってる本を撃ち抜いてくれ。
撃って来ない場合は気を引いてくれるだけでいい。
──無理はするな。
出来るな?」
ユニフェイが返事の代わりに尻尾をブンブンと振った。
俺はネクロマンサーを見据え、大きく息を吸い込むと、回復魔法を発動させた。
ランダムにウロウロしているアンデットの方向が、すべて階段と反対方向へと向く。──今だ!!
俺は一気に階段へと走り抜ける。その動きに反応して、アンデットがこちらに向かって来るのが視界の端に見えたが、俺は構わず走った。
ネクロマンサーが、ゆらりとこちらを向く。俺の心臓が跳ねる。ネクロマンサーの手に持った本が、手も触れないのにパラパラとめくれた。
ネクロマンサーの目が赤く光ったかと思うと、氷柱のような物を大量に放つ。俺は走りながら火魔法レベル3を両手で壁代わりに放った。
水蒸気を発しながら、一回り小さくなった氷柱が火魔法の壁を貫通して俺にぶち当たった。
──これがレベル5の魔法……!!
氷柱に弾き飛ばされて俺が転倒する。倒れながらもユニフェイの風魔法がネクロマンサーの本を切り裂くのが見えた。
ネクロマンサーとアンデットの動きが止まる。
回復魔法を発動しっぱなしだったのに痛みを感じる。ショックで回復魔法が止まっていた。俺はヨロヨロと立ち上がった。
うまく走れない。本が消えた為か、アンデットは俺に襲いかかった姿勢のまま動きを止めている。
ネクロマンサーの目が俺を見ながら再び赤く光りだす。俺の背を冷たい汗が伝う。ネクロマンサーが吹き矢から出てくるような円錐形の毒の矢を大量に放った。
「──キャン!!!」
ユニフェイは飛び出して身を挺して俺を庇い、まともに大量の毒矢を浴びた。
「ユニフェイ!!!!!」
俺はぐったりとしたユニフェイを抱え起こしたが、ダラリと力の抜けた体は反応をしなかった。
毒に回復魔法は効かない。ちょっと見るだけのつもりだったのと、毒を使うなんて思っていなかったから解毒薬なんてない。
解毒薬があったとしてもレベル5の毒魔法に、この街で売っているレベルの解毒薬は効かない。
『俺が、俺が、自分のレベルも考えずに、ネクロマンサーを見たいなんて思ったから……!!』
皆を危険な目に合わせ、今またユニフェイが死にかけている。
『クソッ!クソッ!どうにもなんねえのか!このままじゃ全員おっ死んじまう……!』
俺が使える魔法は火魔法レベル3、風魔法レベル2、水魔法レベル2、土魔法レベル1。どれも太刀打ち出来ない。
せめて土魔法のレベルがもう少し高ければ、この壁を壊して攻撃出来るのに……!
俺はゴツゴツした岩の壁を睨み、考えても仕方のないことを考えて悔しく思った。
岩……?
ダンジョンの壁はただの石壁ではない。鉱山のような多種多様の鉱物が混ざった岩なのだ。ダンジョンに採掘目的で入る人もいるくらい、あらゆる鉱物が取れる。
俺はハッとすると、アイテムボックスから、ダンジョンで火を起こす時用に準備した炭を取り出した。
『スキル採掘+土魔法レベル1。対象を硫黄100g、硝石750gに指定。
土属性レベル1+風魔法レベル2、木炭150gと共にそれぞれを粉砕及び撹拌。
土魔法レベル1、粉末をガード。
取れろ、よこせ、──絶対にある!』
採掘は、やみくもに掘るのと違い、欲しい鉱物を指定してそれを手に入れる事のできるスキル。
土魔法レベル1は、鉱物を自由に操り、それを砂レベルに分解するスキル。
風魔法レベル2は、対象物を切り裂き、小さな竜巻などをおこしたりするスキル。
この壁に指定した鉱物が存在さえすれば、魔法は必ず正しく発動する。
──そして、魔法は発動した。
俺は回復魔法で体を回復させると、ユニフェイをアイテムボックスに入れ、全力で走った。
出来上がった粉末は土魔法で球体状に包み込んである。不完全かも知れないが、効果は絶対にある。もうこれに賭けるしかない。
ネクロマンサーがゆらりと杖を持ち上げ、魔法の準備をする。
俺はネクロマンサーの顔面の前に土魔法で作った球体を飛ばし、風魔法で途中で落ちないようにした。ネクロマンサーの目が赤く光る。と同時に火魔法レベル3を粉末の塊に当てる。
「くらえ合成魔法。
──黒色火薬!!!」
ネクロマンサーの顔面を爆発が襲った。
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