雛鳥の殻破り 5
「
「質問の内容に深い意味はありません。あなたの声から、これまであなたの
「コンカンですか」
「ひばり……さては何も説明してないな?」
蜀魂の間から出来た3人は、一度森岡を休ませるために応接間で休憩をすることになった。テーブルの上には数枚の書類と朱肉ケースのような物が置かれている。
「ここに来れば協会の方が細かく説明してくれるかと思って」
悪びれもせずひばりは言ってのけたが、それを聞いて西は額を抱えて嘆息した。「さて、何から説明したものか」と森岡を見ると、蜀魂の間での疲れからか顔色が悪あまり良くない。森岡の身を案じた西は徐に立ち上がり、戸棚の引き出しからカップとコーヒー豆、それから折りたたまれた紙を取り出し、サイドテーブルに広げる。そこにはひし形の魔術式が描かれており、水の入ったケトルを乗せるとあっという間に湯気が立ち始めた。森岡はそれを物珍しそうにキラキラした目で観察している。
「人は生まれて死ぬまで様々な体験を通し、多くの知識や力を蓄えます。そして肉体の衰えによって寿命は尽きますが、魔力に守られた魂はその形を維持したまま生命の環へと戻ります。その後、新たな器が世に産み落とされると同時に、その肉体に宿り新たな人生を歩み始めるのです」
「輪廻転生ってやつですか」
「似ていますが、それとはまた違います。私もあまり詳しくは知りませんが、たしか輪廻転生とは生前の善悪の業によって転生先が決まるというものですね。超自然界、つまり魔女が精霊王によって与えられた知識にあるものとは大きく異なります」
西はコーヒー豆をドリッパーに落としカップに乗せると、魔術で沸かしたお湯をぐるぐると回し掛けた。お湯を注ぐたびに沸き立つ湯気にのって、コーヒーの香ばしい匂いがひばりと森岡の鼻をくすぐる。
「精霊の知識によると、生命の絶対数は変わることはありません。地球上にある生命は等しく循環するものであり、そこから漏れることは魂の終わり、即ち本当の意味の”死”であるというものです。そうなると、もう二度と新たな肉体を得ることなくこの世界から消滅するそうです。その消滅した数だけ、大地は新たな生命を生み出します」
「消滅、本当の死……」
「魂幹とは、魂の核。何度生まれ変わろうとも揺るがない個性。そういったものです。一度肉体を離れると記憶などは全てリセットされ、新たな人間として生まれ変わります。生前の経験や知識などは全て失われるので、まさしくゼロからのスタート。しかし魔力を持つ者は、その魔力で魂幹を包み込み、個性を強く残したまま新たな肉体へと転生していくそうです」
「ふむ、難しいです」
ドリップし終えたコーヒのカップを二人の前に置き、西も自らカップに口を付けた。
「いただきます」
酸味の少ないコーヒーは後味がよく、鼻から抜ける豊かな香りにうっとりする。森岡は蜀魂の間で削られた精神が回復していくのを感じた。
「ふふ。西君は昔から堅いんですよ。座学ではかなり優秀だったけど、女の子にはモテなかったわよね」
「余計なお世話だ。そして話の腰を折るな」
「要するに、蜀魂はモーリーさんの魂幹に触れて生前の記憶を解き明かすことで、魔術師であるかどうかを見極めようとしたということです」
「蜀魂、すごい」
「あれは精霊に近い特別な生命体です。魔女の起源である精霊王の娘が可愛がっていた愛鳥だと言われています。ちなみに、蜀魂と接触して何か見えましたか?」
「最初に閃光が走って、子供の頃から先月あたりまでの記憶が押し寄せました。一番最後に見たのはひばりさんの笑顔でした」
照れたように頬に手を当て耳を赤く染める森岡に対し、ひばりと西はきょとんとする。
「お二人とも、そんな顔しなくても……」
「あ、いえ……森岡さん、見えたのは子供の頃からの記憶だけですか?」
「そうです。初めに見えたのは、たぶん3歳とか4歳とか、それくらいの映像でしたね」
森岡の言葉を聞き、ひばりと西は顔を見合わせ息を飲む。
「西君、これは――」
「ひばり、森岡さんが魔力を保持しているとわかったのはいつだ?」
これは森岡も気になっていることだった。生まれてこの方魔法や魔術などとは縁がなく、つい最近までファンタジーだと思っていた程だ。いつの間に自分は魔力を有して、どのタイミングで魔術師になったのか。本当は賢楼館へ向かう車中で質問しようと思っていたが、すっかり寝入ってしまったせいで今この時まで聞くことが出来ないままでいたのだった。
「今年の4月ね。お客様としていらしたのだけど、うちの魔道具に反応をしていたから、まじないではなく魔術具を渡してみたの。そうしたらうまく発動できたみたいで」
「そうだったんですか?!」
「ひばり……」
「もちろん悪気はなかったのよ? ちょっと助手……魔術仲間が増えたら嬉しいなぁと思っただけで」
西は「助手」という単語を聞き逃さなかった。口を少し尖らせたひばりをじとりと見遣るとふいっと目を逸らされる。
「なるほど。ひょっとすると、ひょっとするかもな」
「種子がこんな近くにいたなんてね」
ひばりと西はうんうんと頷きながら、一段落ついたようにコーヒーを一口啜った。
「ちょ、ちょっと、二人だけで納得していないで私にもわかるように教えて下さいよ~」
「詳しく調べてみないとわかりませんが、恐らく森岡さんは大地の生んだ新しい生命なのでしょう」
「新しい生命?!」
「元々循環していた魂幹ではなく、欠けた生命の数を埋めるために全く新しい魂として生まれたのだと考えられます。私達はそういう魂の持ち主を種子と呼んでいます。そも生命が欠けることなどほとんどありませんから、モーリーさんは本当に希少な存在なんですよ」
「希少な存在!」
森岡は自分が特別であることに胸が高鳴った。これまで人より突出した能力など無く、いわゆる凡人として、もたもたと生きてきた。それが突然魔術師となり、更には希少な存在だということがわかったのだ。興奮して鼻息を荒くし、二人に質問を投げかける。
「何か特別な力があったりするのでしょうか! 例えばひばりさんのように人を魅了する力があったり……」
「残念ながら、種子は新しい生命というだけで、特に何もありませんね」
「そんな……」
平然と高鳴った胸に水をかけるような台詞を食い気味に吐かれ、森岡はがっくりと肩を落とした。
――ふっ。所詮凡人は凡人か。
「ただ、一つだけわかったのは、森岡さんを魔術師として目覚めさせたのはひばりでしょう」
「そうなんですか?」
「種子は元々魔力を持ちません。それが何かの拍子……恐らく近くで雷が落ちたとか、そういう強烈な自然との接触により、体に魔力の種が宿るという説があります」
「なるほど、それで種子。確かに、子供の頃雨宿りしていた木に落雷があって、側撃雷を受けて倒れたことがあります。それから雷は本当に苦手です。あ、さっきの質問にはこういう意図があったんですね」
「一番恐れているものというのは、その人にとってかなり影響を与えたものとなりますからね。落雷で種を宿し、ひばりや魔道具と関わり魔術具を使用したことで、その種子が発芽したのでしょう」
「なんだか色々と合点がいきました」
森岡はスッキリとした顔をし、再びコーヒに口をつける。顔色がだんだん良くなって来たのを確認した西は、テーブルに置いてあった書類を手に取り、二人を見据えた。
「さて、それではそろそろ箱守家との縁組に関する手続きを始めましょう」
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