集う魔性 運命の遭逢 2
進行役を務める口ひげを蓄え背筋のしゃんと伸びた老紳士が、マイクも無しに大広間一帯に響き渡る声で開会の文句を告げる。
乾杯を合図に、ひばり、マリー、日和の三人は、ウェイターから配られたグラスに口をつけ辺りを見渡した。
「ずいぶん古いお屋敷だね。地下だし、なんだかホラー映画の舞台になりそう」
「歴史ある建物だからね。この横浜賢楼館は、ノクターン協会が日本の拠点として江戸の末期に建設したと聞いたことがあるわ」
「調度品の趣味がいいわぁ」
ロンドンを本拠地とするノクターン協会は「世界魔術師連盟」を中心に、「自然魔術研究会」や「魔法薬学会」などの様々な団体が出資し活動する団体で、世界中の魔術師を束ね管理する役割を担っている。
魔女や魔術師の一族は世界魔術師連盟に属することが定められており、体内に魔力を有した時点でその対象とみなされる。
「
それが例え生まれたての赤子であろうと、後天的に魔力を有した者であろうと、全ては等しく、ノクターン協会の目の届く場所に置かれる。
会場となっている大広間には様々な装飾がされており、中でも一際目を引くのは絢爛豪華なシャンデリアに付けられた青い花である。花弁が大きくバラに似ているが、葉の形がひばりの知るそれとは異なり、細長く端が波打った形状をしている。
――着色されているのか、素であのような魅惑的な色なのかしら。そもそも何という花なんだろう。きっと魔草よね……ひょっとしたら調合に使えるものかも。
ひばりは好奇心にかられ、頭の中の植物辞典を開きながらグラスを片手にじっとその花を観察していた。
すると、乾杯直後の喧騒が一段落した会場の一部から、ひそひそと話す声が耳に入って来た。
「ご覧になって。あそこにいるのは箱守家ではなくて?」
「まぁほんと。ここ数年お見掛けしなかったけど、今回はいらしたのね」
「あぁ、あの落ち目の一族か」
「よくもノクターンの夜会に参加できたものだ、半端者どもめ」
悪意に満ちた声に、お腹の底がぐらっと煮える感覚を覚えたひばりだったが、ひとつため息を付き、声の聞こえた方向を見やりわざとらしく優優たる微笑みを向けた。
ひばりと目が合った男性はみるみる顔が赤くなり、誤魔化すように咳払いをしその場から離れる。
一緒にいた者たちもひばりの笑顔から逃れるようにそそくさと散っていった。
「古いのは建物だけじゃないみたいね」
「感じ悪すぎ。聞こえてるっつの。だから魔術師は嫌いなんだ」
「ひばりちゃん、ナイススマイルだわぁ可愛らしい」
悪意には微笑みを。そんな言葉がひばりの頭の中をよぎった気がしたが、一体誰の言葉だったか。
その時、不意に背後からぬっと大きな影が迫ってきた。
「マリー! ひばり! やぁだ元気だったー?」
「ノリス! 会えて嬉しいわぁ」
「ご無沙汰しております、ノリス叔父様」
「叔父と呼ぶのはやめなさいと何度も言ってるじゃないひばり。ひっぱたくわよ!」
「うふふ、相変わらずお元気そうでなによりです叔父様」
「こっちに来なさい! 両頬叩いてその無駄に整った顔を赤リンゴにしてやるわ小娘!」
「せっかく頑張ってお化粧したんだからやめてください」
「この私が淑女としてのお作法を教えてやったというのに全くなってないわ。マリーからも言ってやって!」
「仲が良くって何よりだわぁ」
マリーの実の弟、ひばりと日和の叔父にあたる「ノリス」は、燕尾服をすらりと着こなし、スーパーモデルのようなルックスをしているが、女性らしい仕草と言動が目立つ、少々変わった男である。東京在住でデザイナーをしており、自身が手掛ける服飾ブランドは世界中のコレクションで人気を博している。
ひばりは学生時代、毎年夏休みなどの長期休みを利用してノリスの家に軟禁……基、泊まり込みで、礼儀作法や教養、社交術などの淑女教育を叩き込まれていた。
ノリスはなかなかにスパルタで、昼夜問わずに厳しい教育をひばりに施した。常に背筋を伸ばし、花のような微笑みを絶やさず、指先まで洗練された仕草を求められたおかげで、ひばりは休みが終わる度に、まるで別人のような立ち居振る舞いで周囲を驚かせていた。
「ところでマリー、あなたの後ろでコソコソしてるのってもしや……」
「あらぁ気づいた? 日和くん、中学2年生になりました。ほら、ノリスにご挨拶して」
マリーの後ろで必死にこの場の背景になろうと息を潜めていた日和は、突然名前を呼ばれギクっと体を強張らせたあと、無理やり作った引きつった笑みでノリスと対面する。
「お、お久しぶりです、ノリス叔父さん」
「あらぁ~~ずいぶん男前に育ったじゃない! 身長も伸びたし声変わりも始まった頃かしら」
ひいっという小さな悲鳴と共に、青冷めた顔でひばりに視線を向けた日和だったが、ひばりはさっと目を逸らしグラスに口をつけていた。触らぬ神に祟りなしである。
「最近私のところにあがってくる日和のオーダーシートのサイズがぐんぐん大きくなってきてるから、会えるのを楽しみにしてたのよ。パンツの裾、少し丈が短いんじゃない? 一度ちゃんと採寸した方が良さそうね。今から測ってあげるわよ」
「い、いえ、また別の機会にお願いします」
「あらぁそう? 残念」
「ノリス、日和くん今思春期真っ只中なんだから、あんまりいじめないでやってね」
「いじめるだなんて人聞きの悪い。ちょっと可愛さ余って構いたくなっちゃっただけよー」
「勘弁してください……」
幼い頃からノリスが苦手だった日和は、今すぐこの場から立ち去りたい気持ちで一杯だった。
「にしても、相変わらずこの界隈は純血主義が
「仕方ないわよぉ。うちは特殊だもの」
「まぁ、いくら純血って言ったって、その魔力を扱う知識も器量もない奴が大半なんだから、ちゃんちゃらおかしいわ」
「ノリスは相変わらず実力主義ねぇ」
箱守家はノクターン協会からも一目置かれる名家だが、その血はマリーの父「
父とはいっても、マリーを引き取った時には既に高齢で、ひばりを箱守家へ迎え入れてから間もなく息を引き取ったため、現在の箱守家に代々魔女の血筋を受け継ぐ者は不在となっている。
現在の箱守家は5人。
魔力を持って生まれたことで、半ば拉致同然で連れて来られたところを助けられた姉弟「マリー」と「ノリス」。
出自が不明の、マリーとノリスの妹にあたる「
家が貧しく、餓死寸前だったところをマリーに拾われた「日和」。
そして、孤児院に入れられそうになっていた所を引き取られた「ひばり」。
それぞれ全く異なる場所で普通の人間として生きていた5人は、蜀魂の羅針盤によって焙り出され、和峰がノクターン協会に命じられて幼少期に各地から集められた者たちである。羅針盤の示す何人もの候補の中から和峰が引き取ったのは、突出して魔力量が多かったり特殊な体質を持った子供だったことから”色物の寄せ集め”と揶揄されることが多かった。
叔母の依子は現在行方知れずだが、定期的に手紙を送ってくれるし、マリーもノリスも深追いしないので、どこかで元気に生きているのだろう。
たまには帰ってくればいいのにと思いながら、ひばりはテーブルの上のピンチョスを頬張った。
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