新しいダンジョンは報告してください

 サトーの目の前の机の上には紙とペン。そのペンを震えのおさまらない手で取り、冒険者仲間たちと洞窟の中ではぐれたときのことを思い出していた。


 サトーは冒険者仲間たちと、洞窟のダンジョンに潜って探索をしていた。モンスターを狩ったり、お宝を探したり、冒険者としていつも通りの行動をとって帰るつもりだった。何度か潜ったことのある洞窟で慣れた道のりを気楽に進んでいた。

 ただその日だけは違った。

 大量のコウモリのモンスターに襲われた。一匹一匹はとても弱いモンスターで、サトーたちの実力なら苦戦を強いられることなど今までは無かったのだが、それが視界を埋め尽くすほどの量となると違った。サトーは剣を振り回し、コウモリを何匹か倒したが、視界がさえぎられ仲間の正確な位置を把握することができない。

 このまま攻撃をし続けたら仲間も巻き込んでしまうかもしれない。その心配は他の仲間も感じたようで、年長の冒険者が「入口までいったん下がろう!」と提案した。バラバラの方向から返事がいくつも聞こえ、仲間たちはバラバラに逃げ出した。


 何度も通った道だから、普段だったら楽に入口まで戻ることが出来たのだが、サトーはコウモリたちのせいで方向がわからなくなり、道に迷ってしまった。

 コウモリたちの集団から逃れて、サトーがあたりを見渡したが、どこもかしこも同じような土壁が広がっている。冒険者たちがつけた道しるべの目印も見当たらない。

 道がいくつにも分かれていて、どれをえらべばいいのかわからない。サトーは自分が迷子になってしまったことに気づき落胆し、大きなため息をついた。

 生暖かい風が流れて来た、そのため息に応えるように。

 風の流れがあるということは外につながっているはずだと、サトーは喜び勇んで駆け出した。

 しばらく走ったが、景色は変わらず同じ土壁の一本道が続いている。

 サトーが装備している明かりは20歩ほど先しか鮮明に照らしてはくれない。それより先はぼんやりと物の形がわかる程度だ。まだまだ道が続いていそうな予感がした。来た道を振り返ってみても同じようにぼんやりとしている。

 救いなのは生暖かい風が少しづつ強まっていることだろうか。

 改めてサトーは進行方向に向きなおった。


 そこには扉があった。


 少し粗削りな装飾が施された、木製の扉。人がひとり通れる程度の普通の扉だ。

 街の中の民家についていたら普通と感じられた扉が、洞窟の中に突然現れた。

 サトーは自分の心臓の音が大きくなっていくのを聞いた。

 色んな冒険をしてきたが、こんなことは初めてだ。不安が心を支配しようとする。

 だが、伝説の中ではこんな不思議な現象のあとには、見たことも無いような宝が待っているものだ。サトーは己を奮い立たせた。

 扉に手をかける。

 この扉の向こうには、どんな宝が待っているのか。それとも伝説級のモンスターか。

 どちらにしても心が躍るではないか。

 サトーは扉を開けた。


 黒い。

 部屋の中の最初の印象はそれだった。

 暗い何かが垂れ下がっている。

 いくつもいくつも、内臓のような細長いものが天井から壁からいたるところから生えていて。

 気持ちの悪いにおいがたちこめる。

 全部が黒いと思ったが、光が当たりテラテラと反射している部分もなぜか黒く感じる。光の色を感じられない。

 ボトボトとそのモノは落ちていくのに、床に積み重ならず、吸い込まれたように床の高さは変わらない。

 そして、落ちていけば減るはずなのに、同じ量のモノがうごめいている。

 ひとつの生き物のようにうごめいている。それなのに、分裂していてたくさんの生命の集合体のようで……。

 サトーは、一気に流れ込んできた情報に脳がついていけず、強烈なにおいに息もできず、頭がグーッと締め付けられるような不快感を感じているはずの自分がとても遠くの存在のように感じられ、生存本能からか、無我夢中で扉に背を向け走り出した。

 できるだけアレらから離れなければならない。サトーの中にあるのはそれだけだった。


 サトーが気づいたときには、洞窟の近くの村の宿屋で寝ていた。

 先に洞窟から出られた仲間たちが送り届けてくれたらしい。

 正気を失ったようにサトーは、「変な扉が」「扉の中に入りたくない」とうわごとのように叫んでいたそうだと、宿屋の主人が教えてくれた。

 驚いたことに仲間たちは、危険なものがあるのなら調査してこようとまた洞窟に向かったらしい。

 どこに扉があるのかを確認するだけだと言っていたからと、もつれる足で宿屋を飛び出そうとするサトーを主人が止めるのだが、サトーが安心できるはずが無かった。

 サトーは逃げるとき、ちゃんと扉を閉めた記憶が無いのだ。


 あれから数日たったが仲間たちは帰ってこない。

 すぐに捜索隊を編成してもらったが、見つかることは無かった。仲間たちも、あの扉も。

 サトーはあれから下がらない熱で弱った体を無理やりベッドの上に起こし、ペンをとった。報告しなくてはならない。どんなモノだったのか。他の犠牲者を出さないためにも。

 震える手をおさえつけ、紙にペンを近づけた。

 目の前が暗くなった、あの扉の向こう側を思い出す暗さだった。

 サトーは、ベッドの上で目を覚ました。

 震える手でペンをとる。

 サトーは、ベッドの上で目を覚ました。

 震える手でペンをとる。

 サトーは、ベッドの上で目を覚ました。

 震える手でペンをとる。


「先生、サトーはどのような具合ですか?」

「ずっと同じです。高熱のせいで声が出せず、筆記で意思疎通を図っているのですが、ときどき意識を失うのです」

「そうですか。それでは目を覚ましたら、また捜索隊を編成する許しが出たと伝えてあげてください。生存している可能性は低いでしょうが、あの洞窟が想定よりも危険な場所だと身をもって証明してくれた勇敢な彼らが、何かを残しているかもしれません」

「期待していますよ、サトーくんも何か成果が出れば体調が良くなるかもしれません」

「……そういえば、あんなところに部屋なんてありましたっけ?」

「なんのことですか?おや、本当だ、つきあたりなのに扉が……」


 了


 お題:記録にないダンジョン

 制限時間:30分(間に合わなかったので泣きの+26分)

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