即興小説集
狩込タゲト
もっといい方法があったはずだった
いま思えば、もっとやりようがあったのだ。もっと話し合おうとすべきだったのだ。
そんなことを考えても、もう遅い。過去は帰ってこないのだから。
私が傷つけてしまったクラスメイトたちと合わなくなって、10年は経っただろうか。
私はひとり、校庭に咲いた桜の花を眺めながらため息をつく。
窓辺にたたずんでいた私は、教室のドアが開かれるまで、校舎に誰もいないと思い込んでいて、飛び上がるように驚いてしまった。そんな醜態は気づかれなかったようだ。
懐かしい声。少し大人っぽくなったクラスメイトたちが、私のことに気づきもせずに教室に入ってきた。
謝ろう。ちゃんと謝れるか不安だったが、とにかく謝ろうと思い、私は口を開いた。
いまから10年前。
卒業を間近に控えた生徒たちが集まる教室は、どこか浮ついているような、落ち着かない雰囲気に満ちていた。
ザワザワと騒がしい教室の中。私がいる後ろの方の窓際の席の周りだけが静かだった。
「おはよう」
私のあいさつは、むなしく教室の喧騒にかき消される。
「みんな、おはよう!」
大きな声で言ってみた。
誰も何も返してくれない。
ここ最近、こんな調子だ。何て話しかけても何の反応も示してくれない。
もう話しかけようとするのさえ、しんどくなってきた。
でも朝の挨拶だけは、勇気を出してするようにしていた。でも、今日もだめだった。もう、頑張る気力も無くなってきた。
私は自分の席に戻ろうとしたが、ぶつかるスレスレを横切られた。抗議をするようにその子の顔を見たらこちらをチラリとも見ようとしない。徹底して私を無視しようというのだ。
私が何をしたというのか、何も思い当たらない。
ひとりが、こちらに来た。
なんと私の机を運ぼうとしだした。
私は怒りに任せて叫んだ。
みんなが耳を抑えた。そして、窓ガラスが割れた。
なんで、どうして。
私は茫然と立ち尽くす。
教室は騒然としていた。
床にうずくまる人。耳を傷めたのか、手でおさえている人。茫然と立ち尽くす人。
悲鳴が聞こえた。逃げ出す人もいた。
私も逃げ出したかった。
でも無理だった。
教室の外へ出ることが、なぜかできなかった。
血を流している人が私の横を通り過ぎて、教室を出ていく。ガラスの破片があたったのかもしれない。
泣き声が混じり、さわがしさの中から拾えた音から推測するに、突然耳が痛くなったかと思ったら、窓ガラスが割れたとみんな思っているらしい。
私のことは、みんなまだ無視していた。
……いや、そうじゃない。私は認めたくない事実を意識する。私はみんなに認識されていない。その事実を。
無視されていたわけでは無かったのだ。
どうして認識されていないのだろう?これではまるで、幽霊みたいじゃないか。
ああ、そうか、私は死んでいるのか。
ストンとなにかが落ち着いた感じがした。
その途端に私は思い出した。
将来への不安から私は衝動的に、ここの窓から飛び降りたのだ。
それから、どういう経緯なのか詳しくはわからないが、クラスメイト達も担任も、この教室に現れることは無くなった。
数年経ったら、また、教室は使われ始めた。見たことの無い子たちが、授業を受けて、そして卒業していった。
ずっと私はこの教室にいる。地縛霊というやつになってしまった。
10年前、朝の挨拶はしっかりしていたのに、帰りの挨拶はしていなかった。そのとき、教室から出ていないことに気づいても良かっただろうに、自分が死んだことを受け入れられなかったようだ。
そして、クラスメイトたちを傷つけてしまった。
私はひとことでいいから謝りたいと思っていた。
ずっと、ずっと。
そうしたら、クラスメイト達が現れたじゃないか。同窓会を開こうとしているらしい。
よかった。みんな元気そうだ。
そう思った瞬間、私は感極まって
「みんな、ごめんね!」
涙声で、そう叫んでいた。
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