3話 死を喚ぶ者


『無属性魔法 人形使い(にんぎょうつかい)

 人工魔法の代表。あらゆる生命に真名を与え契約し、使い魔として使役する事が出来る。


 作用として

 術者

・自分より魔力の多い者や魔法耐性がある者を使役しようとすると、肉体を乗っ取られたり、精神を破壊される可能性がある

・召喚時に消費した魔力は、使い魔が帰還しないと回復しない

 例

 最大魔力値100-召喚魔法80=残り魔力値20 最大魔力値20

 ※最大魔力値が20のため、20以下の魔法のみ使用可能。使い魔を帰還させると最大魔力値は100に戻るが、残り魔力値は20のままである為、魔力を回復しなければ魔法は使えない

 最大魔力値100-攻撃魔法80=残り魔力値20 最大魔力値100

 ※最大魔力値は100のままである為、魔力を回復すれば魔法が使える

・使い魔と魔法的(魔力に作用する)状態異常を共有する場合がある

 ※一部魔物の毒などによる感染

・使い魔の真名を呼ぶ事で、強制命令が可能


使い魔

・瞳が緋色になる

使い「魔」だが、瞳が紫色である魔物とは違う。緋色の瞳は現在、使い魔以外に見られず特有の色とされている。

・食事、睡眠等、本来必要な行為が不要になる。不要なだけで、できない事はない。空腹でない時に食事するようなもの。

・使い魔の体内時計成長が、契約中は完全に止まる。

・契約には器という物が必要であり、これは人でも物でも可能

・器から一定以上の距離を離れると、器に強制帰還される

(基本的に器は主が常に身に付けている、または所持している為、主の元へ強制帰還するとも言える)。

・戦闘不能(体力が極端に落ちる)となると器に強制帰還し、1日~3日召喚不可となる。また器に帰還させる事で傷が癒える。

・術者(主人)の命が尽きると、使い魔も同時に命が尽きる』


 読み終えた紙から目線を上げると、その騎士は静かに息を飲んだ。緊張するのも無理はない。今彼の目の前にいるのは、この国の重鎮と人界の救世主達なのだ。

 彼の直属上司であり魔法師でもある、帝国騎士団魔法師長フェーマン・ウッド。

 今は車椅子だが、かつて鬼神と呼ばれドラゴンから国を救った英雄の一人、帝国軍師ジャルス・ネーマ。

 その体格により前線での目立つ活躍はないが、顔が広く上からも下からも信頼が厚い、皇城騎士隊長オルダ・フッテ。

 史上最年少で聖剣に選ばれた人界の救世主、ヴァレス王国出身の今代勇者レイン・フォルタルト。

 かつて小国大戦にて。唯一、自部隊員を全員生還させた奇跡の騎士、ヴァレス王国副騎士団長バルト・クラストフ。

 魔法使いのその上にいる魔法師。その中でも特に優秀な女性魔法師にのみ名乗ることを許される師名、魔女を与えられた天才、凍結の魔女ルーテ・トルムーニ。

 そして……

 騎士は上座に座る女性にちらりと目を向けた。

 椅子に座っているにも関わらず、彼女の存在は誰よりも大きく輝かしかった。一剣士として、守りと機動性に優れた鎧を纏っているが、特別な装飾をしているわけではない。いや、マントだけは違った。それは、帝国の皇族のみが着用を許される特別な代物。今、誰よりも真摯にこの会議に参加しているのは間違いなく彼女だろう。

 二つに分けた銀の髪を、真珠がついた桃色の髪飾りで束ね、濃い橙色の眼で鋭く全体を見渡す女性――アンナ・トワイライト・イクプリア。帝国の皇女にして、勇者一行のつるぎ。そして、代々男性のみを皇帝としてきた帝国で、異例ながら帝位継承権トワイライトを持つ事を許された唯一の女性皇族である。

 同じ空間に、これだけの人物が一度に集まる事などそうそうない。あるとすれば、それは上流階級のパーティー。あるいは、国や世界を揺るがすような危機が訪れた時。そして此度の議題は、まさに「国の危機」であった。


「――それで、現在地は判明しましたか?」

「今ルガーノを向かわせています。今しばらくお待ち下さい」


 ジャルスの問に、フェーマンがサッと答えた。直後「魔法師長」と声が掛かる。


「いかがなさいましたかな、皇女殿下」

「今、ルガーノを向かわせていると言いましたか?」


 アンナは睨むような目でフェーマンを見つめた。だが彼は臆する事なく答える。


「えぇ。私がルガーノ・トゥリールに、誘拐犯の追跡を指示しました。何か問題でも?」

「彼は私の専属騎士です。勝手な命令は――」

「元、専属騎士です。陛下が伏せっておられるため、正式な手続きは行っておりませんが、現在は皇城騎士として帝国に尽くしてくれています。忠実な部下で非常に助かっておりますよ」


 呷るような答えに、アンナは小さく眉をひそめた。彼女のそんな様子に一人気付いたフェーマンは、ひっそりと嬉しそうに笑む。


「ところで勇者様。会議に参加されているという事は、我々にご協力いただけるという事でよろしいですかな?」


 フェーマンの問いかけに、レインは大きく頷いた。


「うん。俺達で力になれるなら喜んで協力するよ」

「ははっ、それは頼もしいですなぁ。では早速、勇者様に同行させていただく部隊を――」

「待ってください」


 アンナがフェーマンの話を遮る。


「誘拐犯はドラゴンを有していると聞きました。そうですね、トルムーニ」

「えぇ、白いのが一匹ね」


 頬杖をつきながら、トルムーニはつまらなそうに答えた。


「お恥ずかしい話ですが、現在の帝国には、ドラゴンに立ち向かえるほどの強者も部隊もいません。何人が束になろうとも、無駄に命を散らすことになるでしょう」


 「ですので勇者様」と、アンナはレインへ目を向ける。改まって呼ばれたレインは、自然と背筋を伸ばした。


「誘拐犯の拘束と、被害者である国賓の保護は、我々勇者一行のみで行いましょう」

「え、でもそれだと、俺達四人だけでドラゴンと戦う事になるよ?」

「人が群れれば勝てるという相手でもありません。それに、あなたの一振りが届けば我々の勝利です」


 アンナの話に、レインは「うーん」と頭を悩ませる。


「いいんじゃないそれで」


 彼女は「ん〜」っと、両手を組んで前に伸ばす。アンナの意見に賛同する声を最初にあげたのは、トルムーニだった。


「ドラゴンの一匹くらい、私が足止めしてあげるわよ」

「ははっ、流石は魔女殿。我々のようなただの魔法師とは、できる事が桁外れですなぁ。あーいやしかし……」


 フェーマンは一頻りトルムーニを褒め称えると、スッと目を細めた。


「果たしてあなたに、身内を犯罪者として国に差し出す覚悟がおありなのでしょうか? まさか逃がすなんて事はしませんよねぇ?」

「……先に言っておくけど」


 トルムーニが圧のある声を発した瞬間、室内はひやりとした空気に包まれた。


「私ほど身内に厳しい魔法師はいないと思っているわ。それと、本当に彼らが罪を犯したというのなら、私は誰よりも残酷に罰せられる自信がある」


 空気から冷えが消え去る。同時にトルムーニは席を立った。


「トルムーニどこへ――」

「会議に飽きちゃった。私はアンナ様の意見に賛成だから、できればそれでいきたい所ね。四人だけの方が連携も取りやすいと思うわ」


 普段どおりの明るい声でそう言うと、トルムーニは会議室から出て行ってしまった。わずかに流れた沈黙を、レインは自身が勢いよく立ち上がる事で破る。


「っ……俺も、トルムーニと同じだ。アンナの考えたやり方がいいと思う。俺達四人で誘拐犯を捕まえて、国賓を助ける」

「しかしよろしいのですか勇者様。たった四人でドラゴンに立ち向かうなど、聞いたことがございません。歴史を紐解けば、一匹のドラゴンに対し、万の騎士でも厳しいと描かれていたこともあります。それに、魔女殿の言っていた足止めの件も、本当に可能なのでしょうか?」

「それは……」


 答えに迷うレインの隣から、わざとらしく咳払いが聞こえた。


「失礼」

「いえ、お気になさらず」


 バルトの簡単な謝罪に、フェーマンは笑みを返す。しかしその目は、一瞬だけ鬱陶しそうにバルトを睨んだ。


「フェーマン」

「はい、勇者様」

「俺はトルムーニを信じるよ。四人だけでドラゴンと戦う事も、ちゃんと作戦を立てれば案外何とかなるかもしれない。心配してくれてありがとう」


 レインの表裏の無い笑顔に、フェーマンはややぎこちない笑顔で「そうですか」とだけ返した。


「それじゃぁ、会議はこれで終わりだよね。バルト、少し剣を振りたいからつき合ってよ」

「承知いたしました」

「アンナ、昨日と同じ場所借りるね」

「えぇ、わかりました」


 会議を終えたのが余程嬉しかったのか。レインは歩を弾ませながら会議室から出て行った。一方バルトは、出入り口付近まで来ると、参加者達に向けて深く頭を下げた。それからゆっくりと、レインの後を追うため部屋を出ていく。

 自由過ぎる勇者一行に、小さなため息を漏らす者もいた。そんな中でアンナは「皆さん」と静かに立ち上がった。その場に残っていた全員の目が、即座にアンナへ向けられる。


「被害者は、勇者と同様に、魔王の脅威を退ける力を持つ人界の光であり、陛下の容態を回復させる事が出来る唯一とも言える御人。帝国が長い年月をかけて捜索し、ようやくお迎え出来た直後にこのような失態をおかすなど、許されざる事です」


 グッとアンナは拳を握りしめた。


「警備の見直しと強化も検討しなければなりませんが、今は被害者の行方を捜索するのが最優先。どんな些細な事でも構いません。誘拐犯と被害者に関する情報を徹底的に収集しなさい。この指揮は――」

「ご心配なく」


 一人の男が、アンナへ深々と頭を下げる。


「皇帝陛下の相談役にして、ルーセンドルプ帝国の頭脳であるこのフェーマン・ウッドが、これまで通り指揮をとりましょう。どうか殿下は、情報を精査し終えるまでしっかりとお休みください。たった四人でドラゴンと対峙するのです。万全の状態で挑んでいただかなくては」


 「では」と小さく笑みを残し、フェーマンは部下を引き連れて会議室を出て行った。姿は無くとも、そこにいたという存在感に、アンナは鋭い目を向ける。


「殿下」


 やや低い位置から、女性の優しげな声が掛かる。ハッとしてアンナが視線を落とすと、車椅子に座るジャルスと、彼女の背後で控えるオルダの姿が目に入った。ジャルスは穏やか顔をしているが、オルダの表情はどこか堅い。


「ジャルス、オルダ。変わりありませんか?」

「えぇ。おかげさまで、こちらは元気にやっています。皆が殿下の帰国に浮かれ、中には手合わせを願いたいと我が儘を言う者もおりました」

「では、後ほどそちらへ伺いますね。久しぶりに騎士団の訓練場へ行こうと考えていた所です」

「ありがとうございます。定期連絡によれば、療養中の皇后陛下と皇子殿下、そしてお二人の護衛につく副騎士団長達も変わりないと報告を受けています。今は、殿下の存在が帝国の大きな支えです。お忙しいと存じておりますが、一人でも多くの国民に、殿下の姿をお見せいただければ幸いです」


 アンナは小さく頷くと、視線をオルダへ向けた。


「オルダ、ルガーノは元気そうですか?」

「はい。変わりありません」

「殿下、何故オルダに尋ねるのですか。弟子の事は、友より師の方が理解しておりますよ」


 ジャルスの言葉に、オルダの眉がピクリと反応する。


「お言葉ですが、私はルガーノと学生時代からの友人です」

「オルダ。人の絆は、年月より質ですよ」

「初耳です」


 静かに言い合う二人に、アンナは少しだけ困ったような顔をした。


「では、殿下に決めていただきましょうか」

「え?」


 ジャルスの言葉に、アンナの心臓がドキリと震えた。


「ルガーノとは十年以上の付き合いでしたね。加えて、アンナ様の学生時代には、護衛としてひとつ屋根の下で暮らしていた。そんな彼の事を……長い付き合いだから信頼しているのか。それとも、家族のように過ごしたから信頼しているのか……アンナ様は、どうお考えですか?」


 ニコリと笑うジャルス。「えっと……」と、答えに困っている様子のアンナ。そんな二人を見て、オルダは静かに息を吐く。そして口を開きかけた。

 二人の間に入り、このくだらない問題を終わらせようとした。が、一歩遅かった。


「失礼いたします」


 その声を聞き、誰よりも早く振り返ったのはアンナだった。


「……ルガーノ」


 だがその名を呼んだ声はあまりに小さく、ルガーノ本人に聞こえていない様子だ。

 ルガーノはゆっくり三人に近付くと頭を下げた。


「お久しぶりです皇女殿下。お元気そうでなによりです」

「えぇ、あなたも」


 やや緊張気味に答えるアンナに頷きを返すと、ルガーノはジャルスとオルダに視線を向けた。


「ジャルス様、オルダ隊長。ルガーノ・トゥリール。ただいま帰還いたしました」

「フェーマンから話は聞いています。誘拐犯と被害者の行方はどこまで追えましたか?」

「リロの町を経由し、ルーマの森にて接触しました。誘拐犯の隙をつき、被害者の保護に一時成功したのですが……」


 ルガーノは無限の箱に手を伸ばし、砕けた細剣を出して見せる。その無惨な姿に三人は息を飲んだ。


「ルガーノ、この剣は既製品だったか?」


 オルダの問いに「特注品です」と短く答えるルガーノ。


「彼らの連携は厄介です。一瞬にして被害者と引き離されました。何より戦闘力が計り知れません。騎士団を動かした所で、無駄死にさせてしまうだけでしょう」

「これは偶然。先程の会議で、殿下が同じ話をしてくださいましたよ」


 無限の箱に砕けた細剣をしまおうとしたルガーノの手が、ジャルスの言葉によって一瞬止まる。


「そうでしたか。では、私はこれで――」

「ルガーノ」


 逃げるように去ろうとするルガーノへ、オルダは声を掛ける。


「何でしょうか?」

「後で訓練場に来い。たまにはダチの相手をしてくれ」


 オルダの誘いに、ルガーノは少しだけ視線を落とし、迷っているような様子を見せた。しかしすぐに顔を上げ。


「なるべく早く行こう」


 友人として言葉を返したルガーノは、また三人に頭を下げると部屋を出ていった。


「……皇女殿下」

「はい」

「そういう事ですので、やつが来たら部下を走らせますね」


 涼しい顔して話すオルダ。その意図に気付いたアンナは、ハッとして頰を赤らめた。


「べ、別に私はっ、関係ないでしょう」

「寂しそうな声で名前を呼んでいたではありませんか」

「寂しくありません!」

「そうですか。では、部下を走らせるのはやめましょう。無駄に走らせては部下が――」


 「可哀想です」と言いかけて、オルダは口を閉じた。ちらりと横目に見たアンナの目が、明らかに泳いでいたからだ。


「やめなさいオルダ。不敬罪にあたりますよ」

「そんな事しません!」


 アンナは完全に二人のペースに飲まれていた。顔を赤くし怒っている顔は、皇女というより年頃の娘の顔だ。


「失礼いたしました。ちゃんと部下を走らせるのでお許しください」


 申し訳なさそうにそう言って頭を下げるオルダ。反省した様子を見せる彼に、アンナは仕方ないといった様子でため息を漏らした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る