1話(4)






「本当に、申し訳ありません!!」


 部屋に入った直後、ユニリスタは勢いよく深々と頭を下げた。その様子を見て、リンとアリアも深く頭を下げる。


「今日はその、勇者一行の警備ということで、少々過敏になっていたと言いますか……いや、だからといってあなたにした事が正しいとか思ってないです。怪我も負わせてしまいましたし……」


 その言葉に少女は、少し困ったような顔をした。


「あの、顔を上げてください。こんなの、ただのかすり傷なので大丈夫です。それより、色々といただいてしまってすみません」


 彼女はちらりとテーブルに目を向ける。そこには短剣とそれを納めるホルダー、少し大きめの鞄に薬品など、様々な物が置いてあった。


「いえ、悪いのは俺達なのでこれくらいはさせてください」


 「どうぞ」とユニリスタに促された少女は、テーブルにある備品を手際よく鞄に収めていく。


「それにしても災難でしたね。一人旅の最中、帝都へ着いた直後に物取りに遭うなんて」

「そ、そうですね。全て盗られてしまいましたが、幸いにも犯人が荷物に気を取られていたので、なんとか逃げることができました。死んでしまっては、旅を続けられませんから」

「おっしゃる通り。で、これからどうするんですか?」


 ユニリスタの言葉に、少女の手が止まる。


「えっと……」

「ほら、被害届を出すとか身分証を再発行するとか。あるいは傭兵を雇うとか……色々やる事あるでしょう? ご迷惑をお掛けしましたし手伝いますよ。もちろん、各種費用は俺達がお支払いします」


 そう言ってユニリスタは、懐から白い紙と色の無い透明なペンを取り出した。


「こちらのペンで名前を書いてください。それを使えば、魔力から情報を探せるので、手続きが早く済みますよ」


 テーブルの上に置かれたペンと紙を見つめたまま、少女は少しだけ沈黙した。その表情は迷っているようにも、困っているようにも見える。


「……お、お気遣いありがとうございます。でも、私は大丈夫ですから。だからっ――」


 「お構いなく」。黙っていれば、きっとそんな言葉が続いただろう。けれどユニリスタはそれを遮った。


「身分証が無ければどこにも行けない。常識ですよね? それから」


 ユニリスタは鞄から丸く平たい黒い石――魔石を取り出すと、軽く握ってから少女へ向けて優しく投げた。彼女に接触した魔石は瞬時に風を起こし、マントを大きく揺らす。なびくマントの中で汚れのない白いワンピースが控えめに踊り、やがて幕を降ろした。


「旅をしている者が、何故それに合わない服を着ているんですか? その上等なマントも、そこら辺で買える代物じゃない。まさかと思いますが、物取りはあなたの方ですか?」

「ち、違っ! これは、その……もらったもので……」

「誰に?」

「それは……」


 少女はまた黙る。そんな彼女に対し、ユニリスタは何か言いかけて大きく息を吐いた。

 聞きたい事は山程あるだろう。けれど、今朝の出来事がそれを許さない。「悪評に繋がる言動は控えろ」と。


「……わかった。じゃぁこうしましょう。今から一つだけ質問をするので答えてください。正直に答えてくれるなら、すぐにあなたを解放します」


 少しだけ静かな時間が流れた後、少女はそっと口を開いた。


「わかりました。質問をどうぞ」

「あなたの種族を教えてください」


 少女の肩が大きく跳ねる。


「な、何故そんな質問を? もっと他にあるでしょう?」

「魔法や道具を使っているわけでもないのに、あなたからは全く魔力を感じられません。俺達はそんな存在に会うのが初めてなんで興味があるんですよ。だから教えてください。あなたは、何という種族なんですか?」


 少女はユニリスタから目を反らした。身体を震わせ、黙り続ける彼女に答える気があるのかはわからない。けれどもユニリスタは少女から目を反らさず、ただ静かに答えを待ち続けた。

 やがて彼女はフッと息を吐いた。それから優しく短剣を手に取ると、鞘を抜きユニリスタへ剣先を向けた。


「武器を置いてください。じゃないと――」

「殺しますか? それとも、拘束して騎士へ引き渡しますか? えぇどうぞ、好きにしてください。けれど、どうか覚悟してくださいね。私は皆さんが思っている以上に、危険で貴重な存在ですから」


 少女の青眼は、真っ直ぐにユニリスタを捉えていた。いつの間にか震えも止まっており、短剣に揺れがない。先ほどまで見せていた弱さも、今はどこかへ消えたようだ。

 そんな彼女を見つめたまま、ユニリスタはピクリとも動かなかった。「危険で貴重」。彼はその意味に、まだ辿り着けないでいた。


「ユニ、誰か来る」


 リンがそう言った直後、扉がノックされた。ユニリスタはアリアへ目配せをする。


「どちら様ですか?」


 アリアの問いに、扉の向こう側から男の声が響いた。


「お忙しい所失礼する。私は、帝国騎士団皇城騎士ルガーノ・トゥリール。民間人より、貴殿が若い娘に怪我を負わせたとの通報があり参った。被害者と共に聴取にご協力願いたい」

「皇城騎士?」


 ユニリスタは首を傾げた。

 皇城騎士とは本来、城内を守る事が仕事だ。それが街中にいる事も異例だが、こんな小さな騒ぎを調査する事は、明らかな異常であった。


「入ってください」


 少女の言葉に扉が開き、ぞろぞろと騎士が入ってくる。


「お前、何勝手に――」


 彼女を問い詰めようとするユニリスタを、数人の騎士が阻んだ。その隙に少女は短剣を納めると、荷物を持って騎士の前へ出る。彼女の目の前には、他の騎士とは違う装いの男がいた。剣と刀を右腰に携え、濃い緑色の服に身を包んだ緑眼の男――皇城騎士ルガーノ・トゥリールだ。


「私が一人で転びました。彼らは私を助けてくれただけです」


 その言葉にルガーノは、一瞬ユニリスタ達に目を向けた。


「……わかりました。こちらへ」


 部屋から出るよう促すルガーノに従い、少女は一歩進もうとして止まった。そして、ユニリスタ達に背を向けたまま――。


「ありがとう」


 彼女はそう言い残し、ルガーノと共に部屋から出て行った。

 居なくなったのはたったの二人。にも関わらず、何かとてつもなく大きなものが去った後のように、その場はシンッ……としていた。


「な、何なんだよあいつ……」


 ユニリスタがボソッと沈黙を破る。直後、部屋に残っていた騎士達が一斉に動き出し、ユニリスタ達を取り囲んだ。


「え、は?」

「貴様らを連行する」

「いや、俺達は何もしてないって。さっきアイツも――」

「被害者はあのように話していたが、加害者に言わされている可能性も否定できない」


 騎士達は、一糸乱れぬ動きでユニリスタ達へ剣先を向ける。


「大人しくしてくれよ、問題児共」






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