第31話 宴の夜
その夜、皆が久しぶりに広い風呂を楽しんだ後、ラグンベルクは一行を歓迎して宴を開いてくれた。
大きな広間に並んだテーブルの上、沢山の料理が運ばれてくる。
最も上座にはラグンベルクが座し、中央のテーブルにキアン一行が並んで座った。
無礼講で自由に楽しんでくれとの公の言葉を鵜呑みにして、アイ達はとにかく河原と再会できたことを喜ぶと、会えなかった間の話しに尽きることなく、おしゃべりに夢中だ。
キアンはフェルリーンとべったりだし、リリスとザレルは無言で座っている。
やがてテーブルにいっぱいの食事が次々と運び込まれ、この世界では未成年という制限がないらしい葡萄酒もグラスに注がれた。
が、リリスが慌てて葡萄ジュースに変えてくれた。
「カンパーイ!」
「まさかここまで来てくれるとは思わなかったぜ!嬉しかったあ!夢かと思った!」
「バカ!友達だろ?お前本当に無事で良かったぜ!ああ、マジ良かったあ!」
「ねえねえ、ほんと無事?ケガしてない?」
「うん、ここに来たときは凄く怖かったけど、御館様に大事にして貰ったから。」
「大事って、変なことされなかった?」
「う・・うん・・」
何気なくされた質問に、いきなり河原の顔がさっと変わった。
ドキッ!みんなの心臓が波打つ。
「な、何しろ無事だったからいいじゃん!
ほら!これ何?美味いの?食べようよ!」
「ほんと!久しぶりでマシなご飯にベッド!ああ!も一度お風呂に入ろうっと!」
「な、河原!一緒に帰ろうぜ!」
「うん!やっと帰れるな!」
みんな懸命に河原を元気付けながら、奇妙にはしゃいで食事をとった。
食事の間には傍らで、楽師達が奏でる美しい音楽と乙女の清々しい歌が披露され、薄い衣を羽織った女達の舞が始まった。
軽やかなハープの一種フィーネの音色が部屋を満たし、衣が色とりどりの花弁を散らすようにひらひらと舞い踊る。涼やかな笛の音には、間を飛び交う小鳥達の姿が見え、ついで出てきた美しい少年がボーイソプラノで歌う歌は、時に切なく、時に優しく、そして大らかにつづった詩を歌い上げていく。
まるで映画のワンシーンのような様子に皆は酔いしれ、美酒と山の珍味に舌鼓を打ちながら夜が更けていった。
しかしその中で、リリスだけはキアンの様子を窺い、ピリピリと緊張が見て取れる程に周りに目を配り、食事になかなか手が出ない。
そんな彼の姿に侍従のデラスが眉をひそめ、酒臭い息を吐きながら近づいてきた。
「これはこれは赤い髪の魔導師殿。
御館様のお志が口に合わぬか?日頃は大変なご馳走を召し上がっておいでと見える。
ご両親はさぞ名高い貴族のご出身であろう?」
デラスが知りながら意地悪く出生を問う。
リリスは、それでも微笑んで答えた。
「いいえ、私は・・拾われ子にて、両親はございません。
でも召使いにも関わらず、魔導の師に・・大切に育てていただきました。」
「はっはっはっは!その師は、召使いを大事に育てられるのか?何と酔狂な事よ!」
「はい、私も感謝しております。」
むむっ!
さらりと返すリリスに、デラスが思わず一歩下がる。
からかって恥を掻かせてやろうとしたのに、挑発に乗るどころか余裕さえあるではないか。
「フン!卑しい出の魔導師など片腹痛いわ!」
デラスはあっさり諦めてプイと立ち去った。
ふうっ、リリスが白い顔で俯いて座り直す。
一通りを見ていたザレルは立ち上がり、部屋の隅に行って壁により掛かると、腕組みして大きな溜息をついた。
リリスは健気なほどに王子に尽くしている。
それは、リリスが王子に初めて会ったときから容易に見て取れた。
それなのに・・・
それなのに出発の直前、ザレルは一人、王に呼ばれたのだ。
そこで王はザレルに言った。いや、密かに命令した。
「リリスが王子に不利益な事を言ったり、行動を起こすようなら・・・切り捨てよ。」
彼は心底驚いた。王子を託す、旅のかなめとも言える魔導師を、王は何故か信じていないのだ。
しかし、彼にはリリスに恩がある。
「私には、出来かねます。」
「お前だからこそ頼むのだ。お前はリリスとも親しい。
気を許して胸の内を語ることもあろう?だからこそ、事が起きる前に切れ!
これは王命ぞ!お前はキアナルーサの家臣なのだ!」
どうしてあのような事を・・
理由も、身分の低い下賤の出だからだ、と言われたのだが、どうも腑に落ちない。
何か他に理由が・・
そばの重臣達が、グラスを持って近づいてくる。
差し出されたグラスを断り、ザレルは重臣達から目をそらして遠くリリス達をじっと見つめていた。
「さしもの剣の達人も、二人の子供のお守りでは剣も泣きましょうな。」
何気ない話しぶりだが、皮肉も込めて聞こえる。しかし、ザレルは眉一つ動かさない。
「やれやれ、気味の悪い髪と目じゃ。
魔導師にあのような者しかおらぬとは、王子も可哀想ではござらぬか?
お主もさぞお疲れであろう。」
「従者が二人とは、王子も貧相な事よ。」
だが、やはりザレルは彼らの期待に反して、表情一つ揺るがない。
それどころかふと俯き、ニヤリと口端を上げた。
「アトラーナは治安がよい、従者二人で十分。
あれは魔導の達人、私は剣、仰々しさはかえって敵を増やす。王も王子も良くお考えだ。」
重臣達がハッと一歩引いた。
彼らをけなすのは、王をけなすことになる。
そう、面と向かって言われたと同じだ。
「フン、まだ一つも忠誠の印を貰っておらんと聞いたぞ。
我らが王子ラクリス様ならお主も楽であったろうが、皮肉な事よ。
最も王に相応しい方が、最も王に遠い。」
「ベスレムは謀反を企てられるか?」
ギロリとザレルが恐ろしい目で重臣を睨む。
重臣の背にゾッと寒気が走って、思わず身体を引いた。
「と、とんでもない!たとえばの話し。
まじめに考えめさるな。おお、恐ろしい。」
相手は狂獣とまで歌われた男。
重臣達は恐怖を背に、こそこそ話しながらその場を立ち去っていった。
しかしザレルも内心悩むときがあるのだ。
確かに・・キアンは本当に、王に相応しいのだろうか?
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