第30話 鳥の舞
「河原!」
「河原!あんた無事?!」
「やだ!」
アイ達が思わず声を上げ、その場に立ち上がる。
河原は声もなく、信じられない様子でその場に立ちすくんでいた。
「うう・・うううあああ・・」
嗚咽がこぼれ、涙をぽろぽろとこぼしながら駆け寄ろうと、河原が一歩足を踏み出す。
それを、先導してきた兵士が止めた。
「この者は偶然部下が保護したので、無事に帰すときまでとわしが預かっていた。
異界人を王家の許し無く、勝手に連れてくることは禁じている。よって連れてきたペルセスは罰した。」
偶然って、どういう偶然やら。
「それはありがとうございます、叔父上。
この者達も心配してここまで参りましたが、ようやく一緒に帰れましょう。」
キアンが振り向き、吉井ににっこり笑った。
やっぱお前立派な王子だ、きっちり挨拶できてるぜ。
吉井もグッと親指を立てる。
「しかしのう、ただお前を帰すのは面白う無い。どうじゃ?余興も良かろう。
風の息子よ、この絨毯は見事であろう?」
余興だとお!人さらい!早く帰せ!
アイ達が言葉を飲み込む。
「はい、これほどの物はこの世に二つとはございませぬ。」
「良かろう、この図柄の鳥たちを、見事飛ばして見せよ。さればこの者を速やかに帰してやろう。」
「ゲゲッ!」
アイが思わず叫んで口を手でふさいだ。
絨毯の絵の鳥を飛ばせって、そんな無理な話あるかよ!
「恐れながら、鳥はここを離れとうないと訴えております。」
「訴える鳥がおるなら、飛ばして見せよ。」
リリスがじっと俯いて、そして顔を上げた。
「承知いたしました。」
ザワザワザワ・・
この場にいる一同が、信じられないとリリスをあざ笑う。
魔術は手品ではないのだ。
出来なかったら、河原はどうなる?
異界人一同、リリスに手を合わせるしかない。
神様、リリス様あー!アイ達は息を飲んで手を合わせた。
「失礼いたします。」
リリスはスッと立ち上がり、絨毯の中央に立つと小さな声で呪文を唱え始めた。
両手を絨毯にかざし、色違いの目をうっすらと閉じる。
吹き抜けの高い窓から、スウッと一陣の風が舞い降り、フワリとリリスの赤い髪を巻き上げる。
長いコートの裾が舞い上がった。
白い短パンからスラリと伸びた白いリリスの足があらわになり、小さな足を包むショートブーツが絨毯から浮き上がる。
「浮いた?!」
風と一つになったように、彼は難なくこのささやかな風に浮き上がったのだ。
「暁の海を飛ぶ鳥よ、乙女の息吹を紡いで生まれいでた鳥達よ。
乙女の純白の息吹を命に変えて、今この一瞬を羽ばたくがよい。
風のセフィーリアの名の下に、偽りの翼よ風を切り飛び立て!
フィード・レス・ブレス!」
フッと絨毯の鳥達に光りが宿り、その光りは満ち満ちて、部屋中を照らし出した。
ゴオオオ・・・!!ビュオオオオ!!
「きゃああ!!」
「うわあっ!」
突然部屋中を突風が吹き荒れ、それはリリスを中心に渦を巻き上げる。
「あっ!光りが・・鳥が!」
フワリと、それに巻き上げられるようにして鳥の図柄から、光り輝く鳥達が舞い上がった。
「わ!あ!あ!あれ・・は!」
「おお!」
次々と舞い上がった鳥達が、キラキラとまばゆい光を放ちながら人々の頭上を夢のように飛び交う。
ヒュオオオオ・・
やがて全ての鳥が舞い上がると、風は音もなく消え失せた。
後にはゆらゆらと、部屋中を舞い降りてゆく光り輝く鳥達の姿が、また絨毯へと吸い込まれてゆく。
「ああ・・きれい・・」
「何てステキ・・美しいわ・・」
すうっと皆の足下の鳥の絵に、光りの鳥が吸い込まれるように消える。
それを思わず掴もうとしても、光りが指の間をすり抜けていく。
・・・そして、最後の一羽が絨毯に消えた時、呆然とただ口をぽかんと見ていた人々も、言葉を失って自然と手が動いてしまった。
パチパチ・・・パチパチパチパチ!
つられて今までリリスを軽蔑していた者まで思わず手を叩く。
そのほとんどが、初めて目の当たりにする魔術の違った一面に打たれ、感動していた。
「素晴らしいぞ!風の息子リリスよ!
気に入った!褒美を取らす!何なりと申せ!」
リリスはまた、床にひれ伏している。
どんなに誉められても、決して驕ることのない性格だからこその実力なのだろう。
「ではお約束通り河原様をお返し下さりませ。」
「それはもっとも。ではお前自身は何を欲するのだ。」
私?私は・・
リリスはその時、じっと床を見て考えていた。
今、ここで両親が・・知りたいと言ったら?
でも、それを知ってどうする?
ふ・・・と、セフィーリアの顔が浮かんだ。
「私は、何も欲しい物などございません。
ただ、今夜一夜の安息を。それで十分でございます。」
「承知した!リリスよ!
お前の名、わしは美しいと思うぞ!お前の髪も、その汚れを知らぬ目もな。
美しい!」
ラグンベルクは立ち上がり、大きく手を広げてリリスを賞賛した。
しかしそれを見て、唇を噛む女が一人、ドアの影からそうっと覗き込んでいる。
「あの、グレタ様?中へ入られてはいかがですか?」
「わしは呼ばれておらぬ。」
グレタの低い声に、兵士がドキッと飛び退く。
怒った婆さんは怖い・・
「グーレター様あー、会わないのお?」
のんびりシビルが、後ろから声を掛ける。
グレタはくるりと振り向くと、シビルの首根っこを掴んでだっと駆けだした。
シビルを引きずって階段を駆け下り、水鏡にリリスを映しだす。
「いたーい、痛いよおー!わあーーん、」
着いた先は言わずと知れたグレタの部屋だ。
「おのれ!リリスめ、あのような子供騙しで御館様を惑わしおって!どうしてくれよう!」
「グーレター様あ、お尻痛いようー。
水鏡あるのにー、何で見に行ったのおー?
あー、わかったあ、あの子可愛かったよねえ。」
「どの子じゃ?どれが可愛いと?」
ムッとしてシビルを睨み付ける。
「えへえへ、んーー・・あれえ?だれだっけ?」
「フッ、ホッホッホッホ!お前に聞いたが間違いじゃったわ。ホッホッホ!
ようやく駒が我が手の内に自ら入ってきおった。ホッホッホッホ!見ておれ!
バカ王子よ、我が手の中で見事舞うがよい!」
ほくそ笑みながら水鏡に映るキアンを、グレタは獲物を見る目で見つめた。
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