第5話 石を返せと言われても

 ハアハアハアハア・・・・


手を引いて歩く、美少年の息が乱れてる。

気が付くと、彼の手は何て荒れているのだろう。何だか生活の匂いがする。

それにしても、このまま歩けばとんぼ返りの学校だ。

あれからしばらく走った後、無言でとぼとぼ歩いているが、美少年の様子が変わってきた。

眉をひそめ、時々口を押さえて、顔色も白く、酷い汗だ。

アイは少し心配になって、そっと声をかけた。


「ね、大丈夫?気分が悪いなら少し休も。

ね?・・・え・・と・・美少年さん?」


美少年がハッと顔を上げ、アイに微笑む。

先程と違って、今の美少年には余裕が見られない。どうしたことだろう?


「すいません、あなたにはご迷惑をおかけしました。ここならいいでしょう。

あなたが拾われた石を、どうぞ返していただけますか?」


あっ!この石・・


スカートの上から触っても、石がゴロンと触れる。


でも・・・


でもここで渡すと、ここまでになっちゃう。

もう少し、この綺麗な赤い髪の美少年とお付き合いしたーいっ!


「あたし・・」


美少年が怠そうに手を差し出す。


「どうか、これ以上ご迷惑は・・」


しかし、アイはキッと顔を上げて首を横に振ってしまった。


「駄目、駄目よ。本当にあなたの物か、はっきりした証拠見せてくれなきゃ。

あたしこう言うこと、中途半端大嫌い!」


「しかし、証拠と仰られても・・

お願いします、私は怪しい者ではありません。」


思い切り困った顔も綺麗!

んー!やっぱり返すの止めた!


「私、きちんと筋を通したいの。そう決めたの!」


プイッと顔を背けるアイに、美少年は差しだした手を下ろすと困って項垂れた。

無理矢理取り返すなど、盗賊のようなことは出来ない。彼女は石を、律儀に守ってくれているのだ。


「これ以上・・あなたに・・ご迷惑を・・・」


美少年の言葉が途切れ、足下が揺れる。

アイが振り返ったとき、美少年は胸を押さえてその場に崩れ落ちようとしていた。


「あっ!」


アイが慌てて手を差し出す。が、またしてもそれを遮るように、がっしりとした手が横から現れ、彼の身体をヒョイとすくい上げた。

さっきの、あのザレルとか言った中世オタクの大男だ。

アイ達を殺そうとした、モルドはどうしたのだろうか?着衣に返り血など見えないから、上手くやり過ごしたのだろう。

大切に美少年を抱きかかえ、ギロリとアイを見下ろしている。

アイはビクビク怖々、押されたように数歩後ずさった。


「な、何よう。」


こ、怖いっ!こいつすっごい迫力!


「アイーッ!はあはあはあ!あーやっと追いついた!」


三人が、ようやく追いついてきた。


「おーい!無事かー?!」

「あれ?あの男!」


バタバタはあはあ、何だか鬱陶しい奴らだが、心細い今は神様にも見える。

アイはホッと胸をなで下ろして駆け寄った。


「あーん良かったあ!こいつが睨み付けるのよう!怖いったらさあ!」


「エー!あらやだ、美少年は?あんたまた悪さしたんじゃないでしょうね?」


ギクッ!うーん、わざと石を返さないのは、やっぱり悪さにはいるのかなあ?


「そ、それはあー・・」


そこで逃げ腰ながら、吉井がザレルにずいっと迫った。


「おいっ!お前等こいつに何の用があるんだよ!

いい加減にしろよ、俺はハンバーガー一個置いてきたんだ、食いそびれたんだぞ!

くそお!弁償しろよ!金返せ!」


「あ、そうだ、俺もアップルパイ食いそびれた。やっぱり好きな物から先に食うんだった!」


くうーっ!と、男達は何だかアイより食い物の恨みの方が強いらしい。

しかし、思い返すとこの男が下げている剣は本物だったのだ!

皆がビクビク下がってゆく。

ザレルは無言でただギロリと睨み付けていたが、美少年の様子を見て、くるりと先に立って歩き出した。


「おいっ!無視するな!弁償!」

「ちょっと!どこ行くのよ!ねえ!」


ザレルは無言。無視。

アイ達はぴーぴーわめきながら、何だか結局ついてゆく羽目になってしまった。

 大男ザレルはやたら目立つ存在ではあるが、昼と言っても日の高いこの時間、車は多くても歩行者は少ないのが幸いした。

しかも長い脇差しが二本、これは銃刀法違反に違いない。

しかもこれまでのことから、何かファンタジーの香りがする。自分たちのことを異界人と言うからには、裏返せばきっと彼らは違う世界の人間なのだ。


「なあ、俺もう帰りたいなあ、なんちゃって。」

「俺も。」


うんざり気味の吉井達が、そっと囁く。

彼らなりに危険そうだから、帰ろうと暗に言ったつもりなのだが・・


ギンッ!!「何いっ!」


アイとヨーコが憤怒の顔で振り向く。


ひいいっ!お前らの方が怖いっ!


「ウソです!ウソウソ!喜んでお付き合いさせていただきます!」


「よし、女の子だけ置いて帰ろう何て、いい度胸してるよ。ねー、ヨーコ。」


「まったくだよ、か弱い女の子を守ろうとか思わないのかね?うちの男は王子失格だよ!」


「はあああ・・・誰がか弱いんだよ・・」


吉井達が大きく溜息をつく。

あきらめよう・・

でも、確かにいきなり剣と魔法の世界なんて、ちょっと男の子の心をくすぐる。

好奇心がむくむくと沸いてきて、もっと秘密めいた何かを知りたくなってきたのはウソじゃない。


「なあ、河原。」

「うん、仕方ねえ、付き合えるところまでな。」


二人は腹をくくることにした。

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