第24話 炎の術式:豪炎


「ねえ、先生…… リア達遅くない?」


 不安げな様子でそう口にしたのは、ソール。さっき歩いてくる途中にトイレがあったことは、イーナもソールも気付いていたし、リアとカシンも確実にその方向に向かっていたのだ。


「確かに…… ちょっと遅いね! 私見てくるよ!」


 そしてリア達の向かった方向へ、行こうとしたイーナ。だが、突然、イーナの表情が何かに気付いたように真剣なものへと変わる。イーナだけではない、ルートも何かを察したように、背後へと視線を向ける。先生方のあまりの豹変ぶりに、普通ではないことを察したソール達。ソールはおそるおそる、イーナへと問いかけた。


「先生……? どうしたんです……?」


「……何かが来る。それも明らかに普通の奴じゃない……」


 そう言い放ったイーナの顔は、今まで見たこともないような、怖い顔をしていた。先生達の初めて見るような真剣な表情と、そして声色に、生徒達も怯えた様子のまま身構える。


 そして、人気の無い路地裏の奥の方から人影が近づいてきた。小太りの小柄の男。こちらの姿を確認したのだろう。小太りの男が無邪気な笑顔を浮かべたまま言葉を発する。


「いたよ兄ちゃん! いたよ兄ちゃん! 」


「……あなた、まさか……!?」


 2人の姿を見たイーナの表情に少し焦りが浮かぶのがわかった。そして、ルートもイーナに呼応するように小さく呟く。


「グール…… まさかこの街に潜伏していたなんてな……」


 ルートの呟きが聞こえていたらしく、自分のことを知っていたと言うことがよっぽど嬉しかったのか、小太りの男は飛び跳ねて喜んでいた。


「おお! ぼくちんのこと! 知ってるなんて! 光栄だね!」


「先生あいつは……?」


 目の前にいたイーナに尋ねたソール。イーナは背を向けたまま、ソールの問いかけに答える。


「……グール。凶悪堕魔、ギール・グール兄弟の片割れだよ。別名『血塗れの双子』と呼ばれ、数多の討魔師達を葬ってきた、レッドリストにも載っているS級犯罪者……」


 S級犯罪者? そんな化け物みたいな奴らが…… どうしてこんな、白昼堂々フリスディカの街中で……?


 イーナの説明を聞いたソールはすっかり怯えていた。なにせ、学園に入って、初めて相対する堕魔がそんなやばいやつだなんて……


「……まあ、わざわざそっちの方から来てくれるなんて、手間が省けて助かるよ。何せずっと隠れていられる方が厄介だったからね」


「あらら、零番隊が2人もいるとなればずいぶん強気だね! でも今回のぼくちん達の目的は、君達じゃない! 君達のその後ろにいる……」


 その言葉を聞いた瞬間、イーナとルートの表情が一変する。突然の来襲にパニックに陥っていたソール達はまだ気付いていなかったが、イーナとルートはすぐに気付いたのだ。今奴は、『ぼくちん達』と言ったのだ。つまりは、もう1人…… 双子の片割れのギールもいる。


「イーナ!」


「わかってる! ルート! こっちは頼んだ!」


 必死の形相で叫ぶルートに、既に動き出していたイーナが声を返す。


――リア! カシン! どうか……間に合って! 



………………………………………



「お前…… 馬鹿か? 大人しく逃げとけば助かったかも知れないのによお!」


 長身の男の激しいカマの攻撃がリアを襲う。防戦一方のリアは剣で相手の攻撃を防ぐのがやっとであった。なにせ、相手はこちらが体勢を立て直すような暇を与えてくれないのだ。


「俺が嫌いな奴! それはよお! 無駄に正義感を振りかざす弱者だ!」


 そして、重いカマの一撃がリアの剣を直撃する。そのまま勢いで吹き飛ばされたリア。リアの剣が手から離れ、無情にも地面に転がる音が響く。


「さあ、終わりだ。俺にたてついたこと、死んで後悔するんだな!」


 そして、一歩一歩とリアに近づいてくる長身の男。リアは何とか起き上がろうとするも、さっきの男の一撃で、剣は離れたところへと飛ばされてしまい、間に合いそうもない。


 このままじゃ…… やられる…… 死ぬ。


 一歩、また一歩と近づいてくる死への足音。リアの身体を近づいてくる死への恐怖が襲いそうになる。死ぬ。死ぬ! 確実に……


 その時、リアの脳内に、イーナとソールとの先ほどの会話が蘇ってきた。



………………………………………



――それってめちゃめちゃ危険なんじゃ…… 先生達は怖いって思う事ってないんですか?」


「うーん。死ぬかもって思ったことは何度もあるけど、怖いって言うのはあんまりないかなあ…… そういうときはこっちも必死だからね! それに、そんな危険な連中、放っておくというわけにも行かないでしょ? 誰かが対応しなきゃ……」


「……イーナ先生でも死ぬかもって思ったこと…… あるんですね……」


「そりゃ、何回もあるよ。でもさ、心が折れたら…… それで終わりだから…… もう駄目だと思っても、最後まであがけば、以外と何とかなるもんだよ! 現に私もこうして生き延びてこれたしさ!」



………………………………………



 そうだ、イーナ先生だって…… 死にそうになったことなんて何回もあるんだ。


――心が折れたら終わり。最後まであがけば何とかもんだよ!


 だったら、僕も…… 最後まであがいてみせる!


「………しき」


 起き上がろうとしながら、何かを小さくつぶやいたリア。そんなリアの様子を、奇妙なものでも見るかのように、男は声を漏らす。


「ああ?」


 僕には剣がなくたって…… ルカやソールと一緒に特訓した必殺技がまだ残っている……!


 ありったけの力を腕に込める。もう、腕の一本や二本、どうなったって良い!ここで僕がやらないで…… 一体誰がやると言うんだ!


「炎の術式……」


 そして、リアは痛む身体に鞭を打ち、一気に男に突っ込んでいった。今更退くなんて選択肢はない。全身全霊の一撃を打ち込む。


 予想だにしなかった、リアの突進に、思わず反応が遅れた長身の男。カマでリアの攻撃を防ごうとするも、もう遅い。既にリアの拳は男の直前へと迫っていた。そして、炎を纏ったリアの右腕が、男の顔面へと直撃する。


「炎の術式! 豪炎!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る