第55話 誕生日2 4
涼夏も答える側に回ってみたいと言って、出題者を変えながら単語当てゲームを続けていたら、程よい時間になってきた。ケーキはすでに食べ終えている。もちろん、ホール丸ごと1つ食べたわけではないし、食べようと思えば食べられるが、ここはピザのために余力を残すべきだろう。涼夏も初めから妹や母親に残すつもりでいたようだ。
「まあ、材料費もらってるし、ケーキはあんまり作らないし」
この孝行さと日頃の淡白さのギャップが、涼夏という人間の奥深さであり、時にはそれが怖さにも繋がっていると思うのだが、別に気分屋ではないし、本人的にも何かを変えているつもりはないそうだ。
何にしろ、親に迷惑をかけてはいけないという気持ちはあれど、親のために何かをしてあげようという気はほとんどない私とは、まったく違う考え方だ。涼夏はいつも、親など迷惑をかけてなんぼだと言っている。まあ、言っているだけで大して迷惑をかけている様子もないが。
「もうちょっとゲームをしましょうかね?」
涼夏が違和感のある疑問形でそう言った。今日は涼夏が仕切っているが、何かしたいことがあればどうぞという意味だが、基本的に私はみんなと遊べたらなんでもいい。絢音も「次は勝つぞ!」と可愛らしくガッツポーズをした。
ではこれをと言って、涼夏が取り出したのはヒトトイロという協力ゲームだった。勝つ気満々の絢音に対して協力ゲームを出してくるのは愉快だが、元々やりたかったのだろう。買ったのは知っていたが、プレイするのは初めてだ。
ルールはシンプルで、15色あるカラーカードの内、10色をランダムに選び、全員が同じセットで手札として持つ。
その後、一人がお題カードを引いて、そのお題に沿った単語を言い、出題者も含めて、全員がそのお題に合う色を手札から裏向きに出す。
出題者を変えて5回繰り返し、すべてのお題に対して全員出した色が一致したら成功だ。5人だと誰かが出題者を2回やることになるが、別に出題者の出した色を当てるゲームではないから問題ない。時には出題者だけ別の色を出すようなこともある。
もちろん、一人2回ずつ、計8回やってもいいし、15色全部使ってもいい。個人で遊ぶ分にはアレンジ可能だが、ひとまずルール通りやってみることにした。
今回選択された色は、茶色、黒、紫、白、水色、橙、青、黄緑、桃色、黄色の10色。金と銀は比較的答えやすい感じがしたのでなくなったのは残念だが、黒、銀、灰色辺りはバッティングしそうなので、まとめて消えてくれたのは良かったかもしれない。
最初のお題は、帰宅部の部長である私が出すことになった。お題カードには5つのテーマが書かれており、基本的には1と2が易しく、3から5は難しくなっている。
せっかくなのでダイスを振って決めると、「背の低いもの」になった。背が低いというと、ドワーフとかホビットとかが思い浮かぶが、黄緑と茶色で壮絶に割れそうなのでやめた方が無難だろう。
4人の中では涼夏が一番背が低く、涼夏と言えばプレイヤーカラーが赤だが、今回赤は除外されてしまっている。
うーんと唸ると、奈都に「悩むねぇ」とからかわれた。「背」と言われて、生き物を想像するからいけないのだろうか。かと言って、ひまわりより背が低いからと、ラベンダーとかタンポポと答えるのはずるい気もする。
思ったより何も思い付かなかったので、「キッコロ」と答えて、黄緑のカードを裏向きに出す。涼夏は「まあ、背が低いな」と笑ってカードを出し、絢音もうんうんと頷いたが、奈都は「キッコロ……?」と思案げに呟いた。
もし本当に知らないとすると、名前の印象から茶色を出される可能性がある。単色のキャラクターなので色は一致しやすいが、そもそも知らなければどうしようもない。
次は涼夏がお題カードを引き、ダイスを振って「ご飯を使った料理」になった。
「まあ、ドリアでいいんじゃない?」
ほぼノーシンキングでそう言って、カードを1枚、お題カードの横に置いた。ドリアと言えばチーズなので、ここは黄色で大丈夫だろう。白や茶色よりは、的確にドリアを表現していると思う。
続く絢音は、「新入社員が好きな言葉」になった。抽象的で、いよいよ失敗の予感のするお題だ。絢音は嬉しそうに目を輝かせた。
「帰宅部はこういう試練を乗り越えて成長していかないとね」
「好きな言葉は『海』です」
涼夏が笑顔でそう言ったが、どう考えても新入社員に限った言葉ではないだろう。
「じゃあ、『ここで働かせてください』にしよう。新入社員っていうか、入社する前って感じだけど」
絢音がおどけながらカードを出す。何やら楽しそうだが、問題はそこではない。私はその台詞の主に赤系統のイメージしかないが、それでいいのだろうか。ピンクかオレンジかと言われたらピンクなので、そっと桃色のカードを裏向きに置いた。
「今のは、全員一致するどころか、全員別になりそうな気がする」
奈都が力尽きたようにそう言ったが、絢音は「絆を信じてる!」と無邪気に笑った。西畑絢音はこういう女だ。
その奈都は「会社にあるもの」になった。具体性があるだけましだが、学生の私たちには実感の湧かないお題だ。
ちなみに同じお題カードには他に、「家にあるもの」「学校にあるもの」「公園にあるもの」「病院にあるもの」の4つが書かれている。どうせなら、この4つの施設にはなくて、会社にだけありそうなものの方が面白いだろう。
そう縛りをつけると、奈都は「なんだろう」と首をひねって、手で顎を撫でた。
「文房具はどこにでもありそうだし、ブラインドとか会社っぽい?」
「ブラインドは会社っぽいけど、それは何色なんだ?」
呆れたように涼夏が言う。奈都は「確かに」と大人しく引っ込めて、替わりに「コピー用紙かな」と頷いた。それは確かにありそうだと、素直に白のカードを出し、涼夏も「無難」と呟きながらカードを出した。
ただ一人、絢音だけが「コピー用紙?」と悩ましげに眉をひそめた。
「ありそうじゃない?」
「コピー用紙が会社にありそうなことに異論はないよ。ただ、色が……」
絢音がそう口走りながら、釈然としない顔でカードを置いた。コピー用紙など白しかないと思うが、もし絢音がすでに白を持っていないとしたら、一体どこで出したのだろう。ドリアだろうか。
最後にもう一度私に回ってきて、お題は「行きたい観光地」になった。これはどこでもいいが、無難に国旗にしておくのが良いだろう。沖縄と答えてもいいが、青と水色で割れる可能性がある。
残っているのは茶色、黒、紫、水色、橙、青の6色である。これらが使われている国旗を想像してみたが、意外と思い付かなかった。確か、ボツワナが水色だった気がする。
「じゃあ、ボツワナ」
自信満々に言って水色を置くと、絢音が笑いながらカードを出し、奈都は「どこ?」と眉をひそめ、涼夏は静かに頷いた。
「千紗都。本当にボツワナに行きたいのか、冷静に考えて。まず、その国はどこにあるか知ってる?」
「確かアフリカ。ゾウとかキリンとか見れそうじゃない?」
私がそう言うと、涼夏は「ケニアでもいいじゃん」とため息をついたが、それを言ったらボツワナでもいいはずだ。
こうして5色出揃い、いよいよ答え合わせタイムに移る。「キッコロ」に対する色は、全員が無事に黄緑で揃った。
「キッコロは黄緑だったんだ。良かった」
奈都がそう言って胸を撫で下ろしたので、画像検索して見せておいた。奈都は可愛いと笑ってから、「むしろなんで涼夏もアヤも知ってるのか、そっちが不思議」と首を振った。無知な自分を基準にすれば、他の人が賢く見えるのは道理だ。
続く「ドリア」も全員が黄色で一致した。ということは、絢音は「ここで働かせてください」で白を出したことになる。
カードをめくると、私が桃色、涼夏が黒、絢音が白、奈都が茶色で、見事にバラけた。絢音が「残念」と首を振りながらも、どこか楽しそうに微笑んだ。
「黄緑がなくなってる今、絶対にみんな白だと思ったんだけど」
「いや、その子、赤い服着てたでしょ」
「気のせいだよ」
そう言って、絢音が台詞で画像検索する。表示された子は、確かに白と黄緑の服を着ていた。働き始める前に仕事着は着ていないと言われればその通りなのだが、これは無理だ。
奈都は髪の毛の色で答え、涼夏はキャラは知っていた上で、ブラック企業的なイメージで答えたらしい。
「服の色がまったく出て来なかった。なんとなくピンクとオレンジじゃない感じはした」
こうなると、コピー用紙は当然絢音だけがインクの黒を出し、一致は3人になった。
そして最後の「ボツワナ」は私だけが水色を出し、涼夏は橙、絢音と奈都は青を出した。残念ながら一人もボツワナの国旗を把握しておらず、3人ともイメージで答えたようだ。
「どこでもいいなら、山梨とか言ってくれたら、ブドウで紫出したのに」
涼夏が呆れたようにそう言ったが、すぐに絢音が笑いながら桃色をひらひらさせた。
「山梨は桃の産地でもあるね。富良野とか言ってくれたら、ラベンダーの紫っぽい感じ」
「北海道は総じて、ジャガイモっぽい感じがある。まあ、私はもう茶色使ってたから大丈夫だけど」
絢音の言葉に、奈都が残った手札を広げながら言った。いずれにせよ、「行きたい観光地」は難しいお題だった。もちろん、絢音ではないがその方が面白いし、もし赤色があればカナダとか言っておけば一致しただろう。
さて、では2回戦を始めようと、再び色カードをランダムに選んでいたら、玄関で音がした。そのまま足音が近付いてきたので、反射的にそっちを見ると妹氏が立っていた。なんだか浮かない顔をしている。
姉氏ではなく、絢音氏が「お帰りー」と言うと、妹氏はただいまと短く答えた後、「ゲームしてる」と現場の状況を的確に述べた。
「そうだね。一緒にやる?」
「ありがとう。でも、ちょっとそういう気分じゃない」
「何かあったの?」
「うん、まあ。またピザ食べながら相談する」
そう言うと、妹氏はお茶を一口飲んで部屋に戻って行った。潔い撤退。ここでようやく涼夏が口を開いた。
「あの女、まさか一緒にピザを食べる気なのか?」
まったく不可解だと肩をすくめたが、涼夏以外の人間は初めからそうなるだろうと考えていた。本人の前で言わなかったのは涼夏の成長か、あるいは茶化せる雰囲気ではないと感じ取ったのか。
「まあ、ちゃんとありがとうが言えるようになったのは成長だな」
涼夏がどうでも良さそうにそう言うと、奈都がくすっと笑った。
「それで、何があったんだろうね」
「それを当てるゲームをするつもりはない。色を当てよう」
サクッと奈都の好奇心を断ち切って、涼夏がお題カードをシャッフルする。機嫌が悪そうでもないし、心配することはないだろう。恐らく、後で相談すると言っていたのだから、後で話せばいいと判断しただけだ。重大事でもなさそうだし、私もそれでいいと思う。
「今日は色が揃うまで帰れないからね」
そう言って、涼夏がにっこり笑う。長い夜になりそうだ。
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