第55話 誕生日2 3(2)

 思ったよりも着せ替えゲームが長くなったのは、女子高生らしいと言ったところか。お腹が空いたのでいよいよケーキを食べようと言うと、涼夏が空腹に甘いものはいかんと、母親のようなことを言い出した。

「じゃあ何か作って、ママ」

「ママー」

 絢音と二人でせがむと、涼夏が秒でカプレーゼを作って食卓に並べた。本人はトマトをスライスしてモッツァレラチーズを挟み、オリーブオイルをかけて胡椒を少し振っただけだと謙遜しているが、手練れにしか作れない料理に違いない。

「cookには火を使う意味が含まれてるから、もはやこれはクッキングですらない。メイキングだ」

 涼夏がトマトとチーズをクラッカーに挟んでかじった。それを見て、奈都が同じように食べて、驚いたように目を見開いた。

「美味しい! 涼夏、天才!」

「いや、トマトを切った以外に、料理らしいことを何もしてないメニューだ」

「お店で食べたら、1,000円はするね。間違いない」

 絢音が深く頷く。実際、お店ではトマトスライスが500円くらいすることは普通にあるので、この料理なら1,000円してもおかしくない。

「やっぱり、ビストロスズカを開くしかないね」

「スズカダイニングには連日大勢のお客さんが!」

「キッチンスズカ」

「スズカブラッスリー」

 みんなでオシャレな店名を提案してみたが、涼夏はただ静かに首を横に振るばかりだった。

 談笑しながらカプレーゼを平らげると、いよいよ涼夏がケーキを持ってきた。シンプルなホールのショートケーキだが、壁面からは様々なフルーツが顔を覗かせ、上に載っているスライスされたイチゴも絞り出されたホイップクリームも綺麗だ。Happy Birthdayと文字の書かれたチョコレートのプレートには、「あやちさ」と添えられているので、これも手作りらしい。

 奈都が思わずという感じで、「買ったの?」と聞いた気持ちはわかる。プロの手品師がタネも仕掛けもバレバレな手品をやった後、サラッとすごい技をやってのけるように、トマトを切っただけのカプレーゼからのこのケーキは感動がある。

 せっかくなのでたくさん写真を撮ってから、絢音と二人で入刀する。涼夏が動画を撮りながら「お幸せに」と言っていたので、幸せになろう。

 ケーキはお店で食べるのと遜色ない味だった。間違いなくスズカカフェの看板メニューになると予見したら、作るのが大変だと一蹴された。ケーキの感想は最初の美味しいの一言で満足したらしく、涼夏が違う話を始めた。

「カタカナ語を当てるクイズを用意した」

「ボブジテン的な?」

 ボブジテンとは、カタカナのお題をカタカナを使わずに説明して当てるゲームで、帰宅部でも時々遊んでいる。涼夏は今回はそうではないと言って説明を始めた。

「昨日、ワードジェネレーターでテキトーなカタカナ語の単語を拾ってきた。それをAIに説明させて、その文章の漢字だけを読むから当てて」

「比較的普通のクイズだね」

 絢音が勝ち気な瞳で頷く。涼夏がクイズを作ってきて私と絢音が答えるのは、教室で不定期に開催される遊びの一つだ。簡単なのからと言って、涼夏がゆっくりと漢字の部分を読み上げる。

「飛行機、航空機、運転席……」

「パイロット」

「違います」

「コックピット」

「それだな」

 私の誤答の後、奈都が静かに正解を持っていった。私と絢音の独壇場になるのではないかと心配したが、どうやら大丈夫そうだ。

「次も簡単なの。水、噴射」

 その2つの単語で絢音がスプリンクラーと誤答し、続く「体、洗浄」でシャワーだとわかったが、これも奈都に持って行かれた。絢音が「押すのが早すぎた……」とため息をついたが、勝つには攻めないといけない。

「3問目ね。体臭、脇汗、臭……」

「にお」

「そこで止めるんだ。フェチかな」

 絢音が攻めるが、さすがに違った。奈都が「すごいフェチだね」と感心するように頷いた。いつもならここで、「チサの体臭を嗅ぎたい」とか「脇汗を舐めたい」とか訳のわからないことを言うので身構えていたが、何もなかった。涼夏の前だから我慢したのかもしれない。この子は未だにどこか、涼夏を恐れている節がある。わからないでもないが。

 その後、「抑、製品、化粧品」と続き、奈都が制汗スプレーと言うもカタカナ語ではなく、私も出て来ずに終わった。誤答した絢音がデオドラントと当てた後、「早過ぎてもダメだね」と自戒するように首を振った。

 涼夏が「後2問ね」と言って続ける。

「日本神話、登場」

「また違う感じのが来たね。アマテラスオオミカミで攻めたいけど我慢する」

 絢音が思案げにそう言った。奈都が「ヌカタノオオキミかもしれない」と知的なことを言ったが、絢音に日本神話ではないと優しく教えられていた。

 私はヤマタノオロチ一点張りで、「伝説上、巨大」で勝負して正解した。ようやく1つ取ったが、残りはもう1問しかない。

 涼夏が最後は3点だと言って、2問取っていた奈都が悲鳴を上げた。わかりやすい展開だ。

「日本発祥」

「広っ!」

 涼夏がゆっくり区切った一つ目に、思わず笑いが起きた。一応オセロを張ることにしたが、さすがに自信がない。

 次の「一種」でも何も絞り込まれず、さらに「あつ」と続いて一旦問い読みを止めてもらった。

「圧か熱か厚か」

「日本発祥の気象用語の一種」

「それだと、気象用語も問題文で読まれるね」

 もっともだ。絢音が一度天を仰いでから口を開いた。

「ここで当てたらカッコイイから攻める。日本発祥のパスタの一種でしょ。ナポリタン!」

 この回答に、奈都と二人で思わず「おー」と唸った。持っていかれたと思ったが、涼夏が冷静に違うと言って、絢音がガックリと肩を落とした。

「日本発祥、一種、あつ、とん、はさ」

 混沌だ。「はさ」はさすがに「挟む」だろう。「とん」は色々考えられるが、「整頓」とか「蜻蛉」とか「水遁」とかだと、「とん」だけ読まれることはない。なかなか思い付かないが、まずは「熱いものを挟むトング」という、どうでもいい間違いを頭から追い出したい。

 私がトングと戦っていると、絢音が「あー」と手を打って、奈都も続けていいと涼夏に促した。答えの当たりがついている顔だ。

 最後の単語は「料理」だった。私が考えたいと言うと、奈都がスマホに答えをタイプして涼夏に見せた。涼夏が「それだな」と頷き、隣から覗き込んだ絢音も「だよねー」と満足そうに言った。

「日本発祥、一種、あつ、とん、挟んだ料理」

 何度か繰り返すと、ようやく形が浮かんできた。

「カツサンドか」

「そっすね。一応ファクトチェックもしたけど、本当に日本発祥みたいだよ」

 AIが真顔で嘘をつくのを、私たちは何度も目にしてきたので、大事なことは本当かどうかを確認することにしている。私もカツサンドについて調べてみたが、昭和初期に東京のお店で作られたのが発祥らしい。素晴らしい食べ物を生み出してくれた。

 ゲームは結局、奈都が5点取って終わった。まるで全問正解したかのような響きなので、いっそ最終問題も1点にすれば良かった。

 人間、欲を出すとこんなものだ。

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