第54話 文化祭2 11

 翌日もおめかしをして家を出た。今日も早く行く奈都に合わせたので、若干眠たい。珍しく奈都が私より後に来て、眠そうな目を擦りながら言った。

「今日もチサが可愛い。人間じゃない可能性も否定できない」

「人間だから」

「人間じゃない可能性を完全に否定できたら起こして」

「悪魔の証明だね」

 人間とは何かという定義を辿れば比較的容易な気がしないでもないが、私が人間であることを証明できたら、私が人間じゃない可能性は否定できるのだろうか。

 電車に乗ると、奈都が眠そうに寄りかかってきた。去年も眠そうにしていて、結局アニメを見ていただけだった。今年は最初からそのつもりで聞くと、案の定奈都は肯定するように頷いた。

「ライブハウスで活動する、女子高生のバンドアニメ見てた。昨日のアヤのライブに感化された」

「ギター始める?」

「アヤが上手だから、自分のことのように満足」

 まるで子供の学芸会に鼻を高くする親のようだ。ステージで頑張ったのはお前ではないと突っ込みたいが、実に奈都っぽくて良い。

「高校卒業したら何するの? 盆栽?」

「それは卒業してみないとわからないね。バトンだって、高校に入るまでやりたいなんて考えたこともなかった」

「それはそうか。軟派なテニスサークルとか入らないでね」

「もしチサと同じ大学に行けたら、またチサと一緒に何かするのもいいね」

 またというのは、中学時代のバドミントンのことだろうか。ぶっちゃけ同じ部に所属していただけで、大して絡みはなかったと思うが、奈都の中ではずっと私と一緒にいたことになっているのかもしれない。

 もしかしたら、この高校生活も、ずっと私と一緒にいたことになっているのだろうか。もしそうだとしたら、温度差がありすぎる。そんなレベルで満足されては困るのだ。

 せめて今日はもう少し一緒にいるよう言おうとしたら、先に奈都が口を開いた。

「今日は昼から一緒に回ろうと思うから」

「どういう風の吹き回し?」

 予想外の言葉に困惑して聞くと、奈都は私の指をいじりながら言った。

「涼夏に怒られたし」

「怒ってないし、涼夏のために無理しなくていいよ?」

「そういうのじゃないから。せっかく一緒に回るって言ってるのに、チサはすぐ否定的なこと言う」

 奈都が不貞腐れるように睨んできた。今のは私が悪かった気がしないでもないが、そもそも奈都が涼夏の話をしたのが発端だ。

「6対4で奈都が悪い」

「8対2でチサだよ」

「話にならないから絶交する。さよなら」

「短い付き合いだった」

「短いかなぁ」

 奈都が考えるように腕を組んだ。

 私の方は、5年も一緒にいる友達は奈都しかいないので、だいぶ貴重な存在という気がするが、奈都の方は中学時代はもちろん、小学校から一緒の友達もいる。5年という歳月は、短くはないが長くもないようだ。

 奈都が午後からと言ったが、12時前にバトン部の演技があって、それまでは忙しいらしい。もちろん演技は帰宅部の二人と見に行くつもりだが、その関係で午後はシフトが多く入っている。午前中に謎解きを終わらせて、上手に時間をやり繰りしないといけない。奈都は散々放置するくせに、自分が放置されると拗ねる女だ。

 学校に着くと、とりあえず風船を膨らませた。昨日の帰りにいなかった子たちに、実行委員で変更点を説明すると、一部から不満の声が上がった。内容がどうというより、自分たちのいない場所で物事が進んだのが気に入らないのだろう。

 そういうのは面倒くさいので、川波君と岡山君に任せる。クラスのために残って頑張ったのに、感謝もされず文句ばかり言われるのなら、もう何もやりたくない。愛する仲間に愚痴を零すと、涼夏が「拗ねない拗ねない」と笑いながら私の背中を撫でた。この子は相変わらず大人だ。

 絢音はというと、キラキラした瞳で「それはむかつくね!」と声を弾ませた。笑顔で人を殺すタイプの女だ。

 文化祭が始まり、最初少しだけルーレットを見ていたが、さすがに朝からルーレットをやりに来る生徒はいなかった。一般開放される前に回ろうと、3人で教室を出る。

 残り数問になった謎解きをしながら、プラネタリウムを見に行ったり、外で部活紹介を見ていたら、バトン部のステージの時間になった。

 最初の挨拶は3年生が行い、まずは先輩たちが演技を披露する。奈都も動きが軽やかになったが、パスでキャッチに失敗して、転がったバトンを慌てて拾っていた。

 1年生の演技はほとんどバトンは投げず、コンタクトマテリアルとロールで構成されていた。バトンの演技をしている富元さんは初めて見たが、まあまあだった。元々部活自体が高いレベルではないのでこんなものだろう。

 それでも今年は2回ほど外部から先生を呼んだらしいし、去年よりは良くなっている。素人目にはあまりわからないが。

「なかなかいいね。まあ、曲のおかげってのはありそうだけど」

 涼夏が勝ち気な瞳で微笑んだ。私でも知っている有名な映画の曲だが、演技が曲のイメージと合っているのかは正直わからない。

 合計4曲披露した後、最後はみんな揃って挨拶をして、元気にステージを降りていった。これで3年生は引退だと聞いている。前に富元さんが、次期部長は奈都だと言っていたが、どうなるのだろう。忙しくなって欲しくないが、部活動は高校時代で満足して欲しい気もする。

 教室に戻りながらそんな話題を出すと、涼夏が笑った。

「ナッちゃんは部長っぽいな」

「でもあの子、あんまり人間に興味がないよ?」

「それくらいの方がいいんじゃない? 誰かに肩入れすると派閥とか出来るし」

 実際、中学時代もそれで上手にまとめていた。バトンのレベルはわからないが、バドミントンだってそこまで上手なわけではなかった。必ずしも部内で一番上手い人間が部長になるわけではない。私もそんなに帰宅が上手な方ではないが、ずっと部長を務めている。

「ナッちゃんは不思議な魅力があるな。控えめなのに妙に慕われてる」

「私は控えめで、陰のような存在」

「陰かは知らんが、千紗都は壁を作ってるからでしょ。絢音も」

「ずっと涼夏と千紗都に挟まれていたいだけの人生だった」

 絢音がうっとりと微笑んだ。随分寂しい人生だが、実際はだいぶ陽の道を歩いている。少なくとも私は、昨日の絢音やさっきの奈都のように、人前でステージに上がることなどなく人生を終えそうだ。

 教室に戻ると、なかなかの人の入りだった。ルーレットも2台ともしっかり稼働していて、昨日頑張った甲斐があった。交替の時間になったので、絢音がルーレットのディーラーに入る。記念に少し動画を撮ってから、私はチップや景品の引き換え係を担当した。

 私たちが入っている時間に、富元さんが友達を連れて遊びに来た。来てもらったお礼だと言っていたが、来て欲しいから行ったわけではないので、微妙ではある。しかしそれも、奈都が今朝言っていた「すぐ否定的なことを言う」思考の一つだろうか。

 バカラで勝って、景品をもらって帰る富元さんの背中を見送る。昨日たくさん残っていた景品も、だいぶ少なくなっていた。袋も付けたし、わかりやすいリストを作ったのも良かったのだろう。

 シフトの終わり頃奈都がやってきて、演技はどうだったかと聞いてきた。

「良かったよ。富元さん、頑張ってたね」

「今、マイちゃんの話は聞いてないから」

「でも、去年の奈都の方が上手だったかも。あんまり覚えてないけど」

「去年の私の話もしてないから!」

 奈都が悲鳴を上げる。わかりやすい反応だ。

 シフトが終わったので、4人で教室を出た。もうそんなに回る場所もないし、ニーヨンカフェでくつろぐ提案をすると、奈都に却下された。友達が働いているところでは落ち着かないとのことだ。去年カフェをやったから、わからないでもない。

 1年生がやっている魔女っ子喫茶で変な名前のドリンクを注文して、バトン部の話をする。部長については特に打診もされていないそうだ。

「たぶん私じゃないよ。やりたいとも思わないし」

「部活っ子のナッちゃんが!」

「チサと遊ぶ比重を上げてる」

「えっ? どこが?」

 得意げに言った奈都に思わず目を丸くすると、二人がくすくすと笑った。奈都が不満げに眉根を寄せた。

「この人、全然満足してくれない。二人が甘やかしてるせいだから」

「いっぱい甘やかして、千紗都をダメ人間にしたい」

 絢音が柔らかく微笑むが、どうか今すぐにでもやめていただけたら嬉しい。

「私は涼夏みたいな自立した女になるから」

「無理だと思うよ? チサにはチサの良さがあるから、涼夏になるのは諦めて」

「っていうか、そもそも私、キミたちが思うほど立派な人間じゃないぞ?」

 ぐだぐだ喋っていたらどんどん時間が過ぎていき、最後のシフトの時間が近付いてきた。若干文化祭を無駄にした気がしないでもないが、魔女っ子カフェでこの4人で過ごすのもまた、文化祭の大事な一幕だろう。

 奈都と別れてから、自分を納得させるようにそう言うと、二人に呆れたように笑われた。

「千紗都の文化祭にかける思いが重い。もう少しテキトーでもいいと思うぞ?」

 それはそんな気がしないでもない。きっと私は、中学時代になかった青春を取り戻したいのだ。

 ゴールデンウィークも張り切りすぎて空回りしたし、もう少しセーブしよう。と言っても、文化祭もとうとう残り1時間だが。

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