第54話 文化祭2 10
文化祭初日、最後の1時間はシフトで教室に戻ったが、私の出る幕はほとんどなかった。これくらいの時間になると多くのクラスメイトが戻ってきていて、誰かしら率先してやってくれる。
もっとも、去年はそのせいでシフトの時間に現れないメンバーが出て、少なからず揉め事に発展した。誰かがやってくれるのと自分がやらなくていいのは、イコールではない。
途中で奈都が遊びに来て、せっかくだからとお金を払ってルーレットをやっていった。もちろん、当たることなく、その200円は3組の収益になった。
「これは当たる気がしない」
後ろで眺めていた私にそう言ってから、奈都は席を立った。
「幅広く賭けると当たるは当たるね。2倍も3回当たれば8倍になる」
「地味だなぁ。チサはディーラーやらないの?」
「一応いくつかヘルプで入れる程度には練習したけど、そもそも交流が苦手だから」
クラップスのテーブルで男子が3人遊んでいたので、二人で絢音のディーラーっぷりを眺めると、やはり話術が違う。涼夏のテーブルにも人がいたが、生憎そちらは友達と喋っているだけのようだった。そろそろ閉店時間だ。
クラスに戻るという奈都と別れて、こちらも実行委員と有志で今日の反省会を行う。真っ先に収益を確認したら、見込みよりもプラスになっていた。逆に、見込みよりも少なかったのは景品の引き換えだ。棚の上にだいぶ残っている景品を眺めながらどうしたものかと呟くと、誰かが言った。
「袋を欲しがる子はいたよ。このままもらっても文化祭の最中、持って歩けないって」
出た意見を黒板に書いてみる。他にはチップが足りなくなって1枚の価値を一時的に上げる対応をしたり、色が足りなくなって他の人と交換してもらったり、女子がディーラーの時に延々とブラックジャックをやり続けるおじさんがいたりもしたらしい。もっとも、その子は別に嫌ではなかったようで、お金をだいぶ落としてもらってホクホクだったとか。
「バカラとかと違ってブラックジャックは1対1だから、そういうことも起きやすいな。ルーレットの次に埋まってたし。逆にクラップスとバカラは西畑さんと猪谷さんを無駄遣いした」
川波君が苦い顔でそう言うと、委員長の岡山君が飄々と肩をすくめた。
「その二人だったから被害を最小限に食い止められたと言うべきだろ。俺がディーラーやってたら閑古鳥確定だった」
そもそもクラップスとテキサスホールデムは知名度が低く、バカラも名前を知っている人は多いが、やってみたら思考の余地のない運ゲーだ。大金を扱わないし、換金できない以上、他のプレイヤーとの勝負やディーラーとの会話など、他の部分に楽しさを見出すしかない。
「チップで引き換えた景品を買い取る業者を作るか」
「皆さん、あちらの方に行かれますね」
涼夏と絢音がくすくす笑った。先生に怒られるどころか、警察に摘発されそうなアイデアだ。
「それで、ルーレットはどうするの?」
午前中に出た話を振ると、笹部君が「欲しいは欲しい」と唸った。
「客がいないタイミングがなかったし、圧倒的に人気だったのは確かだ」
「ただ、ディーラーの問題があって。パンフレットに載せてるから、他のゲームを止めちゃうわけにもいかないし」
今日ルーレットのディーラーをやってくれた子が言った。かなり忙しかったから、増やせるなら増やして欲しいそうだが、これからシフトを組み直すのは不可能だ。
「誰か買ってきてくれるなら、私は入ってもいいよ」
絢音がひらひらと手を振った。クラップスは常時営業にせず、開催時間を設ければよい。それならと他のゲームのディーラーも手を挙げてくれて、元気な男子がルーレットを買いに行ってくれることになった。
事前に電話をして在庫の確認をしてから、男子が教室を飛び出していく。残ったメンバーでレイアウトを作る傍ら、私はシフトの作成に取り掛かった。こういうのは求心力がある人がいると良いので、涼夏と長井さん、岡山君を巻き込む。
ルーレットは1時間もせずに男子が買って戻ってきた。全身汗だくだ。そんなに頑張らなくても良かったのに、こういう熱血的な振る舞いはいかにも男子という感じがする。何やら勝ち誇った顔をしていたので、子供かよと思いながらお礼を言っておいた。
レイアウトも完成したので、テーブルの配置を考える。せっかくなので2台目のルーレットを入荷した案内と、他のゲームのタイムスケジュールを模造紙に書いて、教室の外の壁に貼り付けた。
大体15人で作業して、2時間くらいで完成した。中にはいないメンバーに手伝って欲しい的な愚痴を言っている子もいたが、むしろ遠慮なく帰って欲しかった。この程度のことは、手の空いている人間でさっさと片付けた方が早いのだ。
日の沈んだ帰り道を涼夏と絢音と歩きながらそんな感想を述べると、涼夏が可笑しそうに頬を緩めた。
「毒っぽい千紗都、いいな」
「可愛い」
絢音がうっとりと目を細める。何も毒っぽくなかったと思うが、ここで愚痴を零すのは同じレベルという感じがするし、それよりも今日の文化祭の話がしたかったので話題を変えた。
「絢音のライブだけど、案の定曲が全然わからなかった。セットリスト聞いて、予習するべきだった」
「それはそんな感じがするね。今度から、ライブのセトリは事前に伝えるよ」
「あの男の子はどうだった? バンド、続けるの?」
涼夏が正面から切り込む。今の「続ける」の主語が絢音なのか竹中君なのか曖昧だったが、絢音は自分のことだと解釈して答えた。実際、涼夏があの子の進退に興味があるとは思えない。
「先のことは考えてないけど、ひとまず打ち上げはやるし、そこには来るね」
「そこであの子からやりたいって言い出すのは止めれないけど、りえりんから誘うような事態にはならないように、根回ししておいたら? 絢音的に、別に入っても構わないならいいけど」
「嫌だね」
あまりにも即答だったので、思わず噴いた。涼夏も苦笑いを浮かべる。
「絢音、別にそこまで男子が嫌いじゃなかったでしょ。改宗した?」
「二人は気にしないだろうけど、私が涼夏と千紗都が好きなのに、男子のいる空間にいたくないだけ」
「確かにそれは気にしないな」
友達は友達でしかないし、そんなことに嫉妬したりはしない。ただ、クラスですら最小限の人間としか付き合っていない絢音が、男子と関わりたくないと考えるのは自然に思える。
「それに、LemonPoundが結局恋愛関係で崩壊したから、もうそういうのは勘弁って感じ。私は音楽がやりたいだけだし、そこに出会いは求めてない。莉絵もわかってると思うけど、どうかなぁ」
中学からの付き合いだ。私と奈都は微妙な距離感だったが、絢音と豊山さんはずっと一緒にバンドをやってきた仲間で、関係も深い。と、私は考えているのだが、絢音の方ではそうでもなさそうなので、少し豊山さんに同情する。
「奈都っていうと、さすがに曲、全部知ってたみたい。興奮してたよ」
さすがにと言うほどオタクでもないのだが、私や涼夏と違って、音楽を聴く習慣がある。アニソンや声優さんの歌とか好きみたいだし、ボカロもよく聴いているようなのでストライクゾーンだったのだろう。
「まあ、若干ナツを狙い撃ちしたところはあるね」
絢音がそう笑ってから、奈都はどうだったかと聞いてきた。今日は最後にルーレットをやりに教室に来た以外、絢音とは絡んでいない。何か一緒に回ったかと聞かれたが、生憎どこもと首を振った。涼夏がもどかしそうに唇を尖らせた。
「ナッちゃんは部活優先すぎる」
「中学の時からそうだね。私は違和感を覚えないけど」
あの子が私より部活を優先するのは今に始まったことではない。涼夏の奈都と遊びたい気持ちは私も同じなので理解できるが、奈都のポリシーを変えるのは難しいだろう。それに、今日言ったように、奈都は部活を頑張っている自分が好きなだけで、特定の友達が好きなわけではない。改めてその分析を述べると、絢音が苦笑した。
「ナツは千紗都が好きすぎて、付き合いをセーブする習慣が抜けないんじゃないかな。愛を解き放って嫌われるのが怖いみたいな」
「そんな難しいこと考えてるようには見えないけど」
「性格は単純だけど、精神構造は私たちの中で一番複雑なんだよ。たぶん。知らないけど」
絢音の言葉に、涼夏が可笑しそうに笑った。
どんな複雑な構造になっているかは知らないが、明日はもう少しこっちに付き合ってもらおう。向こうが満足でも、私の方では全然奈都分が足りていない。
とりあえず文化祭の初日が終了した。謎解きもまだ残っているし、明日も全力で楽しみたい。
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