第54話 文化祭2 7

 9月最後の土曜日曜、天気予報は快晴ではないが、降水確率は0%なので、まずまずと言ったところ。雨さえ降らなければ何でもいい。展示物によっては気温にも左右されるが、今年はカジノだ。屋外が暑すぎれば多少客も増えるかもしれないが、誤差だろう。カフェではないし、涼みに来る場所ではない。

 奈都が部活のために早く行くと言うので、せっかくなので一緒に行くことにした。早起きして、前に可愛いと褒められた髪とメイクで駅に行くと、待っていた奈都にいきなり抱きしめられた。

「可愛い。好き。愛し始めた」

「今まで愛してくれてなかったの?」

 土曜日の朝で、人も少ない。奈都が少し理性を失うくらいは、JKの戯れで済むだろう。

 今日は奈都もメイクをしている。可愛いのでいつもしたらどうかと言うと、面倒くさいと一蹴された。

「男子ウケとかどうでもいいし、部活で汗もかくし。チサがすっぴんの私は見れたもんじゃないから、隣を歩くのも嫌って言うなら考える」

「そんなこと言う友達は、メイクをするか以前に、付き合いを考えるね」

 奈都は可愛い。ただ、少しメイクをすればもっと可愛くなるというのは、涼夏や絢音も同じだろう。もちろん私もだ。

 私も涼夏も男子ウケはどうでもいいが、自分が可愛くなるのが楽しくてやっている。それを楽しいと感じるかは個人差があるので、強要は出来ない。

 学校まで文化祭の話をして、教室の前でまた後でと言って別れた。3組の教室はすでに10人くらい登校していて、風船の飾り付けをしたりしていた。女子の一人が私を見て爽やかな笑顔を作った。

「野阪さん、気合入ってるね。たくさん男子呼び込んでね!」

 7割くらい嫌味だろう。どういう意図で言っているのかわからないが、少しでも私にダメージを与えようと思っているのならお生憎様だ。中学時代、さんざん妬みと僻みに晒され、ぼっちを極めて文化祭にさえ行かなかった私は、この手の皮肉には耐性がある。

「たくさん来るといいね。景品的には女子に来て欲しいけど」

「カジノ自体が女子ウケするかだね」

「長井さんたちが飾り付け頑張ってくれたし、大丈夫だと信じたい」

 長井さん一派の子なので、リーダーを立てておくのがいいだろう。お礼も言わず謙遜もせず、卑屈にもならず、露骨に馬鹿なフリもしない。これが一番反感を買わない。

 ロッカーにリュックを押し込んで飾り付けを手伝っていると、絢音がやって来て首に巻き付いてきた。

「おはよ。可愛いね。結婚して」

「また今度ね」

「風船膨らましてたの? 偉いね」

 熱っぽくそう言いながら私の膨らませた風船を取ると、いきなり結んだ口を解いた。勢いよく噴き出す空気を浴びながら、「ああ、千紗都の息」と恍惚とした表情で呟く。朝から頭がイカれている。

 今日の絢音はステージ用にメイクしている。今年は練習を見に行けなかったし、どんな曲をやるのかも聴いていない。当日のお楽しみとのことだが、「曲は千紗都は知らないかもね」とも言っていた。その点に関してはそもそも積極的に音楽を聴く習慣がないので、大半の曲がわからない。

 後から涼夏もやってきて、真っ先に3人で写真を撮った。今日の涼夏も完璧に可愛く、絢音が私と涼夏のツーショットを撮ってにんまりしていた。

「1枚500円くらいで売れそう」

「最近あんまり告白されなくなったし、もう猪谷組は壊滅したんじゃない?」

「それは涼夏が振りまくったから、みんなもう察しただけで、涼夏の人気は落ちてないよ」

 絢音が呆れたように手を広げた。実際、涼夏の可愛さはさらに磨きがかかってきて、とても人気が落ちたとは思えない。それに、涼夏が優しくて家庭的な女の子であるというのも、もはや周知の情報だ。

 バラバラとみんな登校してきて、無事に欠席なく全員揃った。全体でスケジュールを確認してから、川波君が言った。

「シフトは絶対に守るように。去年すっぽかす人がいて他の人が穴埋めしたりしてたけど、今年はそういうことはないと信じたい。特にディーラー」

 川波君の言葉に、一部から「わかった」と声が上がった。

 他の役と違い、ディーラーは誰でも出来るものではない。昨日奈都とやったバカラにしても、どういう条件でバンカーが3枚目のカードを取るか、私ですらよくわかっていない。涼夏もテキサスホールデムの流れはディーラーが出来るほどは把握していないし、ディーラーなら全員がすべてのゲームを出来るというわけではないのだ。

 文化祭は9時スタートで、一般客を受け入れるのは10時から。私たちのシフトは、一番人が多くなりそうな11時からになっている。本当は一番カジノが混みそうな13時か14時くらいに入って欲しいと実行委員の仲間たちに言われたが、13時半から絢音のライブがあるので断った。別に誰が店番していても同じだと思うが、笹部君が「俺なら猪谷さんと西畑さんがディーラーやってる時に来たい」と言っていた。わからないでもない。二人とも眺めているだけで幸せになれる。

 3人でステージに移動して、実行委員長の開会の挨拶を聞く。合図とともに明るい音楽が流れて、一気に華やかなムードになった。

 とりあえず、事前にチェックしていた1年生がやっている謎解きに参加する。クリアすると粗品がもらえるが、特に興味がなかったので涼夏がシートを買って3人でやることにした。

「そう考えると、景品っていうのは、どうでもいいのかもしれない」

 涼夏が用紙を広げながら言った。A3サイズのマップが1枚と、数ページの冊子が1冊。参加料300円かかるだけはあってなかなか凝っているが、文化祭に関しては人件費は無料なので、手間ひまはコストに乗っていないだろう。

 とりあえず最初から解いていこうとしたら、いきなり躓いた。花の写真が掲載されており、この花の周囲の3つの文字を繋ぐらしい。

 絢音がマップを見ながら、校舎の1ヶ所を指差した。

「1年生の他のクラスが写真展やってるから、その中にあるんじゃない?」

 実際に行ってみたらそうだった。つまりこの謎解きは、事前に他のクラスの出し物を調査して、協力を仰いだ上で作られている。問題を見ると、1年生のクラスだけではなく、パンフレットやステージ企画の出し物、部活の展示なども使われているようだ。

「こういうのがやりたかったけど、そこまでの熱意がなかった」

 涼夏が感心したように唸った。確か去年、謎解きがやりたいみたいなことを口にしていた気がするが、これだけのものを作ろうと思ったら実行委員の負荷はもちろん、クラスの団結力も相当必要になるだろう。去年の私たちには無理だった。

「これ、やりながら色々回れていいね。むしろ全校でやるべき」

「一番最後に、協力・結波高校文化祭実行委員会って書いてあるね。巻き込んだ可能性が高い」

「バイタリティーのある1年だなぁ」

 せっかく1年生の廊下にいるので、ついでに唯一知っている後輩である富元さんのクラスの、怖くないお化け屋敷を見て行くことにした。怖くないのなら是非入ってみたいが、怖いのはお化けの定義という気はする。

 丁度富元さんが店番をしていて、私を見て驚いたように眉を上げた。

「すごく意外です。奈都先輩なしで野阪先輩が来てくれるなんて。しかも友達連れて」

「私は義理堅い女だから」

「本当ですね。私は奈都先輩の恋を応援してますけど、お友達皆さん可愛すぎてチビりそうです」

 思ったより変なことを言う子だ。

「富元さんも、意外と変わった魂の色をしてるのかもしれない」

「魂の色……?」

 私の言葉に、後輩ちゃんは怪訝そうに首をひねった。後ろで友達二人が笑い転げているが、何か変なことを言っただろうか。

「法改正で、一度に3人まで愛せるようになったから安心して。それより、このお化け屋敷も、この謎解きに協力してる?」

 涼夏の持っている冊子を指差して聞くと、富元さんは可愛らしく頬を緩めた。

「それは内緒ですけど、その謎解き、答えが有料スペースにあることはないから安心してください。すでに300円払って、追加でお金がかかることはありません」

「それは有力な情報だね」

 後ろで絢音が納得したように頷いた。確かに、町おこしではないのだから、色々な模擬店にお金を落とすような作りにするのは悪手だ。

 入場料200円を払って中に入る。前の扉から後ろの扉まで1本道で繋がっていて、狭い通路は普通におどろおどろしいペイントだったが、描かれているお化けは妙にポップで可愛く、時々ぬいぐるみがぶら下げられたりしていた。

「なんだこれは」

 涼夏が困惑気味に呟いた。時々キャーキャー言う声が聴こえるが、突然何かが飛び出してきたり、壁が開いてお化けが出てくるのはお化け屋敷っぽい。ただ、出てくるお化けも可愛かった。

 キャーキャー言いながらゴールに辿り着くと、涼夏が長い息を吐いた。

「よくわからんかったが、私にはない発想だった」

「新鮮だったね。白いタオルを繋いで縫っただけの雑な一反木綿が可愛かった」

「あれ考えた人、天才か病んでるかのどっちかだな」

 二人が笑いながらお化け屋敷の感想を喋っている。楽しんでもらえたのなら良かった。自分の関わった展示ではないが、私が連れてきてお金を払わせた以上、責任がある。

 私たちのカジノも、ちゃんとお客さんに楽しんでもらえているだろうか。そろそろ交替の時間なので戻ることにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る