第54話 文化祭2 6(2)
いよいよ文化祭前日。授業は午前で終わって、一斉に教室の飾り付けを始めた。布でロッカーを隠し、旗やら何やら取り付ける。明日の朝、風船も貼り付ける予定だ。
結局女子や子供にも入りやすいポップな空間にし、パンフレットにも「明るいカジノで景品ゲット!」みたいな、軽いノリで掲載した。行き場のない男子の溜まり場にするつもりはない。
テーブルは中央にルーレット。みんなでやれるゲームは1テーブルずつ。ブラックジャックは2テーブル用意したが、トランプの予備はあるし、テーブルをもう2台くらいは追加できるようにした。もっとも、見栄えのするレイアウトはないが。
ルール説明を書いた紙を貼り付け、景品を綺麗に並べる。十分な数を用意したが、もし想定よりも人が来て、途中でなくなってしまったらどうしようか。隣にいた涼夏にそう言うと、涼夏はあっけらかんと笑った。
「普通に完売する屋台とかあるし、それと同じでしょ」
「廃業」
「無料にしてゲームだけ出来るようにしたら? どれだけ勝っても何もないけど、来る人は来るでしょ」
なるほど。それは良い考えだ。
手が空いたので隣のクラスを覗きに行くと、ニーヨンカフェも準備が整いつつあった。今年のニーヨンカフェは、レンチンのたこ焼きとドリンクを提供するらしい。たこ焼きは本当は焼きたかったそうだが、教室内では火が使えないので諦めたとのこと。その分、内装は大阪をイメージした、なかなか凝ったものになっている。
レンチンのたこ焼きを出されること自体はいいのだが、レンジの音が聞こえてくるのは、いささか食欲が落ちるかもしれない。たこ焼きカフェは長居するイメージがないし、少しうるさいくらいにBGMを流すといいだろう。
ちなみに、奈都の姿はなかった。1年の時一緒だった子に聞いたら、たぶん部活の方に行っているとのこと。奈都が部活優先なのは一貫しているが、もう少し伝統のカフェにも興味を持って欲しいものである。
6時間目も終わり、準備も整ったので、暇なクラスメイトと一緒に最終確認という名の遊びに興じていると、奈都がやってきた。今日は部活もないし、文化祭の準備も終わったので早めに来たとのこと。
「せっかくだからゲームやらせてよ」
近くの椅子に座って平然とそんなことを言って退ける。図々しい女だ。
丁度バカラの卓だったので、涼夏がディーラーを務めることにした。
「1回200円ね」
涼夏が手の平を上に向けてちょいちょいと指を曲げると、奈都は平然とした顔でチップを受け取った。
「友達割引で、今なら100%オフだって聞いた」
「誰からだよ」
涼夏が呆れたように肩をすくめる。
バカラは二人の仮想プレイヤーが行うカード勝負に対して、そのどちらが勝つかを予想するものだ。奈都がとりあえずと言ってプレイヤーにチップを置いたが、バンカー側が最初の2枚で8になり、バンカーの勝ちになった。無情に回収されるチップを見ながら、奈都が呆然とした表情で口を開いた。
「なに、このゲーム……」
「次のベットをします。どっちに賭けます?」
「じゃあ、バンカーで」
次の勝負は最初の2枚では決まらなかったが、バカラは3枚目をめくるかどうかもすべてルールに従って自動的に行われ、無事にバンカーが勝利した。
実際のバカラではルール上バンカーの方が勝ちやすいため、バンカーが勝つと5%のコミッションを支払う必要があるが、そんな小さい額は扱わないので、今回はプレイヤーでもバンカーでも賭けた分だけチップがもらえる。
奈都が増えたチップを眺めながら首を傾げた。
「これ、面白い?」
「私たちが出した結論としては、他の参加者がいると盛り上がるね」
私も隣に座って、奈都と同じ枚数のチップでゲームを始めた。奈都の賭けたところに、奈都より多く賭けたり、逆に敢えて反対に賭けたりして、増えたり減ったりを楽しむ。
要するにこれは、ディーラーと戦うものではなく、他の参加者と競うゲームであり、そういうところがカジノが社交場と呼ばれる所以なのだろう。
何ゲームか行い、私のチップがなくなったのでそろそろ前夜祭に行くことにした。奈都が残ったチップを持って景品を眺めているが、100%オフで手に入れたチップで景品をもらうつもりだろうか。
「さっきの感じだと、景品がなくなっても大丈夫そうだね」
涼夏がリュックを背負いながら笑った。むしろ最初から景品なしで無料で遊べてもいいくらいだが、それだと赤字になってしまう。出来れば少しだけ景品が残るくらいが理想だ。
教室の外は生徒たちで賑わっていた。お店の営業は禁止されているが、どんな展示があるのか眺めたり、さっきの奈都のように友達の展示や企画を楽しんだりしている。
外では何やらマイクを通した声が聞こえるが、まだステージが始まっている感じではない。明日はどんなふうに回ろうか話したり、奈都の予定を聞きながら外に出る。
ステージへ行くと、離れたところに見慣れた顔があった。長井さんと江塚君のカップルに、川波君と糸織の4人で喋っている。あの二人の関係がどうなっているのか気になるところだが、付き合い始めたらまた噂が流れてくるだろう。女子は恋愛トークが大好きだ。私には理解できないが。
ステージの上でグダグダと内輪ノリの企画が始まったので、音が会話の邪魔にならない程度に離れて、近くの壁にもたれた。奈都がルーレットもやりたかったと呟いてから、明るい瞳で私と涼夏を見た。
「文化祭が終わったら、あのルーレットどうするの? 帰宅部預かり?」
「売る」
秒で答えると、奈都が驚いた顔をした。隣で涼夏が「いや、嘘だ」と手を振った。
「クラスでオークションするか、いっそクラスに寄付して、ニーサンカジノみたいな伝統を築いてもらうか」
「ニーヨンカフェ、反対も多かったよ。やっぱり勝手に振り分けられたクラスで、出し物が固定されるのは良くないっていう結論に至った」
「その葛藤を次の2年生も繰り返すんだろうね」
わかった時にはもう遅い。2年4組で迎える文化祭は一度だけなのだ。
ルーレットは欲しい人がいなければ帰宅部でもらうという案も出たが、私も涼夏も広い家ではなく、正直置き場が厳しい。ルーレットは確かに面白いが、何も賭けずに少人数で遊ぶのなら、そのスペースにボードゲームの一つでも置いた方がいいだろう。
「じゃあ、やりたかったら文化祭で遊ぶしかないか。お金がかかるなぁ」
奈都が渋い表情でため息をついた。そこはお金を落として欲しいところではあるが、私たちがさんざん無料で遊んだもので、友達からお金を取るのも忍びない。どうせならその数百円は、もっと別のことに使って欲しい。
今から教室に戻るのも面倒だし、また明日、文化祭が終わってから来てと言うと、奈都はわかったと頷いた。片付けと翌日の準備の間に1、2ゲーム遊ぶくらい、許されるだろう。
暗くなるまでいたが、ステージ上に友達がいるわけでもないし、明日も早いので終わる前に学校を後にした。
「帰りにナッちゃんがいるのはレアだな。いつも千紗都とナッちゃんがどんな会話してるのか興味があるから、いつものノリで話してくれたまえ」
涼夏が変なテンションでそう言って、私は奈都と顔を見合わせた。
「いつもって言われても、大抵喧嘩してるよね」
「してないし!」
「くだらない話をしてるよね。奈都がくだらない人間だから」
「くだらない王に言われた」
「こないだ奈都が、ビーフシチューをチキンで作るとヘルシーとか言い出して、ビーフシチューの定義について語り合った」
数日前の会話を思い出しながらそう言うと、興味が湧いたのか涼夏が微笑んだ。
「豆腐ハンバーグみたいなもんだな。ハンバーグは肉料理であって、豆腐で作ったらそれはもうハンバーグじゃないっていう説がある」
「クリーム味のあんパン」
「豚肉のムニエルは?」
「ムニエルはカルパッチョと同じ、調理法のような気がするけど、どうなんだろ」
涼夏が首を傾げる。絢音ならすぐに調べるだろうが、今大事なのはムニエルが何かではなく、会話の流れだ。
お腹も空いていたし、電車の中でもずっと料理の話をして、いつものように軽くハグをして別れた。手を振って涼夏の背中を見送ると、奈都がうっとりした微笑みを浮かべた。
「涼夏、いい抱き心地だった」
「駅員さん、変態です」
「チサは、涼夏の良さに気付いてないんだよ」
「いや、1年以上前から気付いてる」
くだらない王者を決定するような会話を続けて、最寄り駅で降りる。私の良さにも気付いてもらおうと、いつもより強めにハグをすると、奈都が「絞め技か?」と呻いた。
長い一日が終わった。明日はいよいよ青春の祭典だ。
万が一にも体調を崩さないよう、ナイトルーティンを乱すことなく、早く寝よう。
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