第54話 文化祭2 5(2)

 去年同様、バタバタと準備していたら、いよいよ文化祭まで残り1週間になった。

 その間に私も絢音も16歳に別れを告げ、涼夏が企画した誕生日会を大いに楽しんだ。どんどん歳を取ることに涙していたら、とっくに17歳になっている奈都から白い目で見られた。冷たい女だ。

「私も大人の女性にならないと」

 二人の時にそう決意を表明すると、奈都が「えー」と不満げな顔をした。

「子供っぽいチサが好き」

「奈都はもう少し大人になって」

「卒業したら考えるよ」

 強い女だ。実際、高校生の内くらいは子供っぽくはしゃいでいたい。涼夏と絢音は年々大人びていくが、私は奈都とお子様同盟を組むことにしよう。

 絢音というと、誕生日会の少し前に、バンドで少々問題が発生したと言っていた。中学時代からの仲間である豊山さんが、ベースの男の子を連れてきたらしい。

 一岡高校に行ったLemonPoundの子かと思ったら、ユナ高の後輩だそうだ。竹中君といって、元々同じ中学校で、絢音も顔と名前くらいは知っているとのこと。

「男子禁制じゃなかったの?」

 不思議に思ってそう聞くと、絢音は複雑なため息をついて肩を落とした。

「私の認識ではそうだったんだけど、LemonPoundはそうじゃなかったし、練習中にベースが欲しいねって話し始めたのは私だし、断りづらい」

「豊山さんとその子は、いわゆる恋愛関係なの?」

「違うと思うけど、恋愛のことは私にはわかんない。長井さんと江塚君の予想も外れたし」

 GW明け、長井さんが江塚君と付き合い始める少し前に、絢音は二人は付き合わないだろうと予想していた。私も同じ意見だったが、二人があっさりくっついたことで、恋愛は難しいと絢音と二人で喋っていた。

「いきなり連れてきたの? 牧島さんと戸和さんはOKだったの?」

 豊山さんとも知らない仲ではないので悪く言いたくはないが、少々暴走気味の行動に感じる。実際、絢音は困惑しているし、他のメンバーはどう思っているのだろう。

 私の質問に、絢音はもどかしそうに答えた。

「ベースを連れてきていいかは事前に聞かれて、男子だなんて考えもしなかったからOKした。さぎりんは気にしてないみたい。ナミはさぎりんにベッタリだから、どうでもよさそう」

「戸和さん、ブレないね。つまり、豊山さんも男子が入ることに対してなんとも思ってないし、絢音もそうだって考えてるってことだね?」

 もし男子禁制という認識が豊山さんにもあれば、事前に確認したはずだ。LemonPoundは男女混合のバンドだったし、豊山さんは男子が加わることに抵抗がない上、絢音もそうだと考えている。

 実際、絢音も入学した頃は、綺麗であれば男女を問わず好きという発言をしていた。しかし、最近では周囲で恋愛沙汰が増えたからか、男子面倒くさいという考えに変わってきている。今回の件も、Prime Yellowsの存続に関わる問題に発展するかもしれない。

「とりあえず、音に厚みが出たのは確かだし、文化祭はこのまま行くよ。どうせ来年は勉強と帰宅部とバンドを全部やるのは無理だし、状況次第では早めに抜けるかも」

 さっぱりとそう言った絢音の表情に、未練は感じられなかった。1年半続けてきたバンドを抜けることに寂しさはないのか聞くと、絢音はおどけるように微笑んだ。

「帰宅部が解散するなら泣くけど」

「それは私も泣く」

「莉絵もさぎりんも上手だし、ドラムは貴重だけど、固執はしてないね。人生の通過点の一つってくらい。ずっと同じところにいると、音楽の可能性を狭めそうだし」

 なかなかカッコイイ台詞だ。私もさらっとそんなことを言ってみたいが、生憎そこまでこだわっているものがない。

「帰宅部は通過点にしないでね。絢音に捨てられたら絶叫する」

 嘆願するようにそう言うと、絢音はうっとりと目を細めた。

「絶叫する千紗都、可愛い」

 軽く私の体を引き寄せてキスをする。ひとまず、帰宅部については大丈夫そうだが、時々絢音のそういう淡白なところが怖く感じる。

 その怖さは涼夏にもある。後日そんな話を涼夏にすると、涼夏は「千紗都も同じだけど」とからかうように言った。

「千紗都も大概、色んなものをさっくり切り捨てるぞ?」

「涼夏と絢音にはしない」

「絢音も同じなんでしょ。バンドは切り捨てても、私と千紗都にはそうじゃない。私もだ」

 なるほど、それはそうかもしれない。理屈ではわかるが、常に不安がつきまとうのは、結局自分に好かれる自信がないからだろう。この性格はずっと変わらない気がするし、二人もそこは問題視していない。

「それにしても、2学期になってから男子関係の話題が多いな。うんざりだ」

 放課後、ブラックジャックをして遊びながら、いや、ブラックジャックの研究をしながら、涼夏がやれやれと首を振った。夏休み明け、奈都も部活でそんな話ばかりだったと言っていたし、文化祭の準備が始まってから男子と絡むことも多い。

 それは去年も同じだったのである程度諦めているが、今年はなんだか積極的に話しかけられている。思えば、実行委員を決める時からおかしな空気が流れていて、絢音に何が起きているか確認したほどだった。涼夏も始業式の私が可愛すぎたと言っていたが、そこまでいつもの私は可愛くないのかと落胆する。

 とりあえず私たちは他人の恋愛沙汰に巻き込まれないようにしようと話していた矢先、糸織が私たちのもとにやってきて、予想だにしない質問を投下してきた。

「なんていうか、非常に聞きづらい質問なんだけど、千紗都は川波君のこと、どう思ってる?」

 どことなくそわそわした様子で、じっと見つめても目が合わない。涼夏の方を見ると、いかにも作ったような微笑みを浮かべて私と糸織を眺めていた。

「どうっていうのは、どういう意味で? 今のところ、聞きづらい理由がわからない」

 薄々気付きつつも、頓珍漢な回答をするといけないので、念のため確認する。糸織は「恋愛的な意味で」と、ポツリと呟いた。まあそうだろう。

「1ミクロンも好きじゃないし、私の中で川波君も笹部君も岡山君も、限りなく同列なんだけど」

 それはもう、糸織にも何度もそう言っていて、今更改まって確認する意味がわからない。かなり近しい糸織をもってしても、私と川波君の間に何かあるように見えるのだろうか。

 私が何も聞かなかったからか、糸織がチラッと私を見て、言い淀むように口を開いた。

「例えば川波君に彼女が出来ても、千紗都はなんとも思わないの?」

「まあ、便利な盾がなくなるなってくらいかな。糸織、川波君と付き合うことになったの?」

 最近一緒にいる時間が多いし、そういう展開になっても不思議ではない。糸織が恋愛に興味があるのは少々意外だが、年頃の女子だし、相手が川波君ならいいのではないかと思う。

 おめでとうと拍手すると、糸織は慌てた様子で手を振った。

「いや、川波君、千紗都のことすごい好きだし、そういうことになったわけじゃない」

「なんだ。残念」

「川波君が千紗都のことを好きなの、千紗都的にはどうなの?」

「迷惑だけど」

 秒で答えると、糸織が驚いたように眉を上げ、涼夏が口元を押さえて肩を震わせた。なんだかよくわからない展開だ。私は糸織にも何度もそう言ってきたはずである。

「この話、何回かしたと思うけど」

 困惑気味に聞くと、糸織は「そうなんだけど」と呟いてから、思案げに眉をゆがめた。

「冗談だと思ってた。っていうか、誰かに好かれるのって、嬉しくない?」

「全然。少なくとも男子からは要らない」

 きっぱりそう言うと、糸織は少し考えるように沈黙してから、俯きがちに口を開いた。

「ちょっと意外」

 これは嫌われた流れだろうか。もしそうなら残念だが、私ではない私を好きになられても仕方ない。

 どうしたものかと考えていたら、涼夏が机の上で手を組んで言った。

「キミは千紗都を、天使か何かのように考えているのかね」

 突然芝居調だ。面白い。

 顔を上げた糸織に、涼夏はカッと目を見開いた。

「千紗都はかつて恐るべき可愛さで結波にあり、全男子を支配した恐怖の女王だったのだ!」

「いや、そんなものになった覚えはないし、今もユナ高生だから」

 冷静に手を振ると、糸織が少しだけ笑って息を吐いた。

「まあつまり、もし私がとち狂って川波君に告白するようなことになっても、千紗都は平気ってことでいい?」

「そうだね。でも、私を理由に断られても私を恨まないでね。っていうか、先に私に告白するように言っておいて。秒で断るから」

 そもそも私はとっくにそうする準備が出来ているのに、向こうが私と友達のままで満足しているから決定的な破局に至らないのだ。私の方でも、川波君の好意を利用していたところがあるので、それもいけなかったのだろう。

 いずれにしても、糸織が告白したら何かしら状況が動く。もしかしたら、中学の時に友達が離れていったように、糸織とはここで終わりになるかもしれないが、涼夏と絢音さえ残ればそれでいい。

「キミには期待している」

 何故か芝居調のままの涼夏が可愛い。手元には、まだ勝負が決していないカードが置かれている。

 私には川波君と糸織の恋愛よりも、もう1枚カードを引くかどうかの方が大切なのだ。

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