第54話 文化祭2 4(2)
カジノをウィキペディアで調べると、「賭博を行う施設の一つ」とある。すなわち、何も賭けずにただルーレットを回して遊ぶだけだと、それはカジノとは呼ばないのかもしれない。
カジノと言われて真っ先に思い浮かぶのはラスベガスだ。日本だと賭博や博打というと場末のイメージがあるが、ラスベガスやマカオのカジノは上流階級の人の社交場で、ドレスコードもあるらしい。そもそもお金持ちの集まる場所なので不思議ではない。
ゲームについても調べてみたが、ひとまずクラスで意見を出してもらおうという話になった。また私たちだけで決めると不満の声が上がる。もっとも、文句を言う人に限って大してアイデアを持っていないケースが多い。ただ何もやりたくないだけなのだ。
朝のHRで時間をもらい、3組は今年はカジノをやると発表した。カジノ組からは快い反応をもらえたが、お化け屋敷組やボウリング組からは不服そうな声が上がった。想定の範囲内だ。時間がないので放置する。
打ち合わせ通り糸織がゲームや進行、内装など、全般的に意見を求める趣旨の説明をすると、一部の女子が「それも実行委員で決めたら?」といささか棘のある発言をした。不慣れな糸織が困った顔をしたので、何か言おうかと思ったが、先に川波君が口を開いた。
「じゃあ、全部こっちで決めて、次のLHRでどうなったか発表する」
話を締め括るようにそう言うと、すぐに反対の声が上がった。特にカジノを推していたメンバーが、「横暴だ」「みんなの文化祭だろ」「やりたいゲームがある」と口々に言って、川波君が飄々と肩をすくめた。
「いや、こっちでやれって言われたから」
結局カジノ推進派が反対派を黙らせて、意見箱が設けられることになった。糸織は胸を撫で下ろしていたが、私は苦笑いして席に戻った。
後から涼夏が、「いかにも男子的な解決方法だったな」と呆れたように言って、私もまったくだと頷いた。対立を煽るやり方はよくない。
とは言え、時間がなかったのも確かだし、あの場で文句が言いたいだけの人間に配慮する必要があるかと言われると疑問だ。絢音など清々したと笑っていたし、非協力的な人間は何もしなくてもいいから、せめて黙っていてほしい。
何をするかはみんなの意見を待つとして、どうやるかは早急に考えなくてはならない。1回100円か200円で遊べるとして、ポーカー1回で帰らせるわけにもいかない。放課後の実行委員会議で議題に挙げると、笹部君が「やっぱりチップだろ」と指で丸を作りながら言った。
「100円で5枚とかで、枚数に応じて景品と換えられる」
「無難だけど、すごい勝たれて赤字になったりしないかなぁ」
「勝ち続けてもゲーム機がもらえるわけじゃないし、そこまでやるか?」
「チップっていくらくらいするんだろ。厚紙で作る?」
「今見てみたら、安っぽいのだと100枚600円とかである」
「安っぽくても厚紙で作るよりマシかな」
出た意見を紙に書いていく。景品はお菓子が無難そうだが、百均で色々買い漁るのも面白そうという意見が出た。確かに、百均を巡ってペンケースやら小物入れやらコスメやらを買うのも楽しそうだ。
1回200円でチップ5枚。5枚で百均の商品1つと交換できる計算なら、一人につき100円の利益が出る。そのお金でルーレットやトランプを買ったり、内装を作らなくてはいけない。
「やっぱり、儲けが流動的っていうのはリスクがあるなぁ」
川波君が必要なものを書き並べながら唸った。ルーレットがマットも付いているパーティーグッズで4千円程度。後はバカラをやるにしてもブラックジャックをやるにしても、必要なのはトランプだけだが、2個や3個では足りないだろう。何よりチップ代がバカにならない。
「チップをベットするマット的なのも欲しいな。もちろん、自作するにしても」
「紙とかペンとか色々考えると、景品以外に1万円は必要になるね。あっ、飾り付けもあるからもっとか」
「どっちにしても、そんなに大きい額ではないかな」
去年はもっと大きなお金を扱っていたし、1万円ならお客さんが100回遊んでくれればいい。それに、そもそもクラスで使えるお金もある。全クラスが有料の展示をするわけではなく、無料の展示にかかる費用は全部生徒が支払うのかというと、もちろんそんなことはない。
「お金っていうと、無料の卓を作ってもいいかもね。景品は要らないけど、ゲームはしてみたいって人もいるだろうし」
私がそう提案すると、笹部君が「それはカジノか?」と疑問を口にした。
「カジノかは知らないけど、私は友達とゲームするのに何も賭けてないし、十分楽しいけど」
「ボードゲームはそうかもだな。ただ、カジノでやるゲームって一瞬で終わるし、結構運だけって感じはする」
「無料でやったら賭けてみたくなるってことはあるかもな」
川波君が私の援護射撃をする。私としては案を出しただけで、却下なら却下でもいいのだが、とにかく意見が交わされるのはいいことだ。
そんなふうに打ち合わせを重ねて、次のLHRまでには骨子がまとまった。ゲームも出揃ったので、こちらも数日前に締め切って、実行委員でルールの難易度やプレイ時間、ゲームの知名度を考えて決定した。
中心はルーレット。名前だけはよく知られているバカラ。慣れ親しんでいるブラックジャックと、ポーカーの一つであるテキサスホールデム。ダイスゲームもあるといいだろうということでクラップスの5つに絞り込み、黒板に列挙すると、概ね好意的な反応だった。
しかし、役割分担の段になると、途端に渋い反応に変わった。今回、事前準備の役割は大きく4つで、一つは景品の決定と買い出し、一つは内装と服飾、一つはゲームの理解とレクチャー、そして掲示や宣伝の担当である。もちろん、実際に内装を作るのは前日全員でやるし、当日のディーラー役もなるべくたくさんの人にやってもらおうと思っている。当日のスケジュールも実行委員で作るので、各担当の立候補を募ると、どうにも消極的だった。奈都ではないが、みんなどこか部活優先という意識がある。それに、こういう場で積極的に手を上げるのは、多くの日本人が苦手としている。私自身、自席にいたら黙って座っているだろう。
ゲームについては何人かが手を上げてくれたので任せることにして、川波君がため息混じりに言った。
「今年は帰宅部も多いし、俺たちで決めて作業もしてもいいけど、せっかくの文化祭だし、少しでもやりたいことがあったら言った方がいいぞ? アイデアだけでもいいし。HRが終わった後に個人的に言ってきてくれ」
実行委員の求心力の問題もあるだろうが、やはり部活の影響だろう。すでに3年生が引退し、部長になったクラスメイトもいる。そうでなくても、後輩に教える立場になり、通常の練習や活動に加えて、文化祭の準備もあって大忙しだ。
「喋っても反応がないのは寂しいねぇ」
HRの後、絢音と涼夏に愚痴を零すと、涼夏が明るく笑った。
「前日準備と当日さえ手伝ってくれるなら、全部やってもいいけどね」
「去年、江塚君に、自分たちでやり過ぎだって言われたね」
「その男は理想とともに死んだ」
涼夏が懐かしむ目で言った。
長井さんとの付き合いは夏休みも無事に越えれたようだし、彼の大きな理想も受け継いでいるかもしれない。元々帰宅部の筆頭だし、そろそろ手伝ってもらうことにしよう。
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