第54話 文化祭2 3(2)

 もう夕方だったが、少しコンピュータールームに寄ると言う笹部君と別れて、4人で校舎を出た。

 校門をくぐるより早く、川波君が実に不思議そうに言った。

「ここでこのメンバーで帰るより、パソコンを優先する意味がわからん」

「涼夏と千紗都と帰れるとか、なかなか難しいもんね」

 糸織が微笑む。特に含むところはないようだが、川波君は念のためというように付け加えた。

「垣添さんを省く理由はないけど、野阪さん目当てで手を挙げたのは否定しない」

 そう言って、意味もなく胸を張った。本当に迷惑だ。それで万が一糸織が川波君に好意を寄せているとかだと、そこから関係が破綻していくので、出来ればやめていただきたい。

「笹部君、現実の美少女より二次元の方が好きそう」

「でも、それだとあのシーンで立候補する理由がない。俺と同じ理由だってほのめかしてたし」

「川波君狙いとか」

「雑なBL展開やめてくれ」

 二人がケラケラと笑う。タイミングを見計らって、涼夏が口を開いた。

「笹部氏は、入学して比較的早い段階で私に告白している。私の中では、猪谷組を自称してた江塚君より、あの男の方が遥かに印象に残っている」

 言うんだと、いささか驚いて涼夏の横顔を見つめた。二次元の方が好きという想像の話を、実例をもって否定したかったのだろう。なかなか友達思いだ。

 二人は私よりも遥かに驚いた顔をして涼夏を振り返った。

「あいつが? 猪谷さんに? 無謀の極みだろ」

「みんながそう思って誰も告白しないんじゃないかっていう、漫画みたいな展開を狙ったそうだ。生憎そうはならなかったけど、勇気は評価している」

「告白かー。すごいね。ちょっと見直した」

「やっぱり俺も告白するか」

 川波君が深刻そうに首を振った。私が何か言うより先に、涼夏が腕を絡めて私を引き寄せた。

「その自信がどっから来るか知らんが、それも無謀の極みだぞ? 私と過ごす時間に勝てると思う?」

「漫画みたいな展開が……」

「ないな」

「どうなの?」

 糸織がからかうような目で私を見た。わざわざ口にするまでもないのだが、一応答えることにした。

「川波君が涼夏と絢音に勝てる要素は1ピクセルもないね」

「異性のアドバンテージは?」

「川波君が女子だったら、糸織みたいに友達になれたかもだね」

 問題の本質は川波君にあるのではない。それはきっともう川波君もわかってくれているはずだが、どこかでまだ、もしかしたら私を落とせると考えている節がある。男子の中で一番仲が良いことと、恋人同士の関係になるのはまったく別なのだが、その辺りは女子より男子の方が恋愛脳なのかも知れない。

「何にしろ、笹部があそこで手を挙げたのは、ちゃんと理由があったわけか」

 川波君が納得するように頷いた。話が無事に一区切りついて、内心でほっと安堵の息をつくと、糸織があまり好ましくない好奇心を見せた。

「まだ涼夏のこと、好きなのかなぁ」

 その話題は我が帰宅部に相応しくない。糸織もそれはわかっているだろうに、そんなことが気になったのは川波君がいるせいだろうか。だから男子はダメなのだ。

「千紗都じゃない? 一緒に遊んで楽しかった思い出がまだ輝いてるんでしょ。今度水かけて消しとこ」

 涼夏がぶつくさとそう言うと、もちろん川波君が聞き逃すはずがなく、「一緒に遊んだ?」と怪訝そうに私の顔を見た。

「二人で古々都をぶらぶらしただけ。遊んだ範疇にも入らないけど、涼夏には怒られたね」

「え、待って。猪谷さんには告白して、野阪さんとは二人で遊んで、あいつ実はむっちゃ関係が深い? 超伏兵なんだけど」

「別に深くない。川波君も、去年前夜祭二人で過ごしたじゃん。涼夏には怒られたけど」

「涼夏、むっちゃ怒ってるし」

 糸織が可笑しそうに肩を震わせる。涼夏があっけらかんと言った。

「千紗都は危なっかしい。私と違って隙が多い」

「涼夏、私の倍くらいコクられてるじゃん。隙だらけなんじゃない?」

「千紗都以上に、一瞬として勘違いを誘発する素振りすらしたことがない」

 涼夏がキリッと真面目な顔をしたが、逆に面白かったのか糸織が笑った。

「どっちもどっちだと思うけど。涼夏、男子ともいっぱい喋ってるし、明らかにあれで好きになられてるよ?」

「男子、チョロすぎだろ」

 涼夏ががっくりと肩を落とすと、川波君が困ったように頬を掻いた。

「その男子なんだけど」

「江塚君は私に告白して朋花と付き合い出したし、川波君もそろそろ轟沈して彼女を作ったら?」

 涼夏が珍しく真っ当なアドバイスを送ったが、川波君は微妙な顔で唸っただけだった。少なからず葛藤があるらしい。

 結局駅までそんな話を続けて、また明日と言って別れた。3人になって大きく息を吐く。

「苦手な話題だった」

 もうたくさんだというニュアンスを含ませたが、糸織は気付かなかったのか、先程までと同じノリで続けた。

「わたし的には、笹部君のことが知れて面白かったけど。だいぶ見直した」

「笹部氏と付き合う?」

「異性としては別に。まだ川波君の方がいいかな」

「それはいいアイデアだね。あの人に、私以外にも女子がいることを教えてあげて」

 真顔でそう言うと、糸織は困ったように微笑んだ。

「千紗都、本当に異性に興味がないんだね」

「私もないぞ。友達と遊んでる方が楽しかろ?」

 涼夏が先にそう言ってくれたので、私も無言で頷いて同意を示した。さっき涼夏も言っていたが、どう考えても涼夏や絢音と過ごす時間の方が面白いし、大切だ。

「性別よりも気が合うかどうかってことかな。千紗都くらい面白い男子と千紗都と同時に出会ってたら?」

「圧倒的に千紗都。彼氏など要らん。友達としてなら性別は関係ないと思って男子とも話してるのに、なぜかみんな恋愛方向に話を持っていく」

「生物学的に、異性を好きになるのはマジョリティーなのかもとは思うけど」

「知的生命体である我々は、動物的な本能から解き放たれるべきだ」

 涼夏が可愛らしくガッツポーズすると、糸織はなんとも言えない顔をした。

 恵坂で糸織と別れ、話し足りなかったので涼夏の乗り換え駅の久間で途中下車する。

 例のごとく、人のいない場所に連れ込まれると、抱き締められてキスされた。最近この人は見境がない。「所構わずだね」とからかうと、涼夏は恍惚とした表情で呟いた。

「動物的な本能が……」

 結局のところ、難しい理由は何もなく、涼夏は私が好きで、私は涼夏が好きというそれだけなのだ。

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