第54話 文化祭2 2(1)
翌日は髪型も普通に戻し、メイクも控えめにした。奈都が私を見て「今日はいつものチサだ」と笑った。
「2学期はあれを標準にするのかと思った」
「奈都の反応が見たかっただけ。たまにやるからいいんだよ」
「毎日可愛いチサを見たいけど」
「メイクしないと可愛くないのは認める」
「まったくそういう意味じゃない」
奈都が鏡を開けて私に向けると、「ほら可愛い」と真顔で言った。反応に困る振りなのでスルーした。
電車の中では、涼夏を見慣れた話をした。涼夏はいつも可愛いせいで過小評価されていると言うと、奈都は「されてるかなぁ」と首を傾げた。確かに、されていないかもしれない。1学期も定期的に告白されていたし、夏休み中もバイト先でナンパされたと言っていた。
「クラスメイトはいいんだけど、知らない人からずっと気になってたとか言われるのは、ちょっと怖い」
涼夏はげんなりしたようにそう言っていたが、なるべく自分を可愛く見せる努力に余念はない。私たちは別に、モテるために頑張っているわけではないのだが、昨日も一部から男子に媚びているという声が聞こえた。何でも恋愛に結び付けて考えるのは、本当に女子特有の悪い習慣だと思う。
一応愚痴っておくと、奈都は同調するように頷いた。
「昨日は部活もそんな話題ばっかりだったね。夏休み中に彼氏とどうとか、死ぬほど興味ないけど、まあにこにこしながら付き合ったよ」
奈都が冷笑を浮かべて、私は驚いて眉を上げた。奈都にこんな顔をさせるなんて、よほどひどかったのだろう。もう5年の付き合いだが、こんなにも冷めた奈都を見たのは初めてかも知れない。
驚いた私に驚いたのか、奈都が慌てた様子で手を振った。
「仲良くやってるよ? バトン部はみんな仲良し」
「気苦労が多そう」
「まあ、彼氏はいないのかとか、なんで作らないんだとか、紹介しようかとか、恋愛の楽しさとか、色々言われるね。時々帰宅部に逃げ出したくなる」
「我が帰宅部は、昨日の帰りはヤマタノオロチの話をしてたね」
奈都が急に興味を示したように目を輝かせたが、生憎特に面白い話ではなかった。いや、帰り道では笑い転げていたのだが、ああいう場での会話の大半は、翌日思い出すとつまらないものだ。
上ノ水の駅を出ると、奈都が話題を変えるように文化祭の話をし始めた。
今年の文化祭も、例年通り9月最後の土日に、両日一般開放ありで行われる。バトン部はまた屋台でポテトとジュースを売るそうで、去年先輩から教わった奈都も、今度は教える立場だ。
「クラスの方は?」
「今日のHR次第だけど、伝統のニーヨンカフェかなぁ」
2年4組は、何年か前からずっとカフェをやっているらしい。確かに、去年自分たちのカフェの参考にしようと、初日に覗きに行った覚えがある。
伝統と言っても部活とは違うので、直接先輩がいるわけでもないし、担任だって変わる。そもそも誰からも引き継がれるわけではない謎の伝統を、継続するかどうかから議論するそうだが、自分たちの代で終わらせるのも気分が悪いから、恐らくカフェをやるだろうというのが奈都の見立てだ。
「まあ、やることが決まってる方が楽だし、よっぽどやりたいことがある子でもいない限り、カフェじゃないかな。そっちもこれから?」
そう聞かれて、大きく頷いた。やる気のあるクラスだと、夏休み前に内容を決めて、夏休み中に準備することもあるらしいが、うちのクラスではそんな話は出なかった。奈都と同じく、今日のHRで話し合いが行われる。
「今年もクラスの実行委員やるの?」
いたずらっぽく奈都が言った。去年は学級委員の委員長に涼夏が指名され、男子に謀られた末、帰宅部でやることになってしまった。涼夏は怒っていたが、私は別に嫌ではなかったし、今年も頼まれたらやっても構わない。
もっとも、自分から立候補する気はないし、やりたいことがあるわけでもない。去年は江塚君が仕切ってくれたが、今年はクラスが違う。帰宅部でということなら、長井さん辺りが求心力があっていいかもしれない。
「去年、悪目立ちしたから、今年は大人しくしてるかな」
あの文化祭で、私は人に知られすぎた。奈都が「悪目立ちはしてないでしょ」と笑ったが、男子に好かれるのも、それによって女子に妬まれるのも嫌なのだ。
今年はどうなるか。また報告を楽しみにしていると手を振る奈都と別れて、私は3組の教室に入った。
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