第46話 流行(2)
教室に入ると、涼夏の席に人が集まっていた。我らが絢音さんも輪に加わっている。
リュックを置いて覗きに行くと、涼夏がハンドスピナーを回していた。
「えっ? 今?」
思わず声を上げると、周囲から同調の笑いが起きた。涼夏が永遠に回し続けながら勝ち気な笑みを浮かべた。
「私はとんでもない遊び道具を発見した。これはブームが来るね」
「いや、すごい勢いで来て、すごい勢いで去ったから!」
誰かがそう言って、私も大きく頷いた。
「むしろ、それどこで買ったの? 今、どこにも売ってないよね?」
「まだ上陸したばかりで、取り扱ってる店も少ないけど、今にそこら中で売られるようになるよ」
まるで未来を見て来たように涼夏がそう断言したが、どう考えてもそんな未来は訪れない。あるいはタピオカのように、定期的にブームが来るのだろうか。
ハンドスピナーは延々と回り続けている。実は私も実物を見るのは初めてだが、思った以上に軽快に回るものだ。
初めて見たと言うと、周りからも同じような声が上がった。確かに昔ブームだったが、本当に一瞬だったらしいし、意外と誰も見たことがない。
「私は家に3つくらいある。自分のじゃないけど」
絢音がそう言いながら、涼夏のハンドスピナーを指で弾くと、他にも何人かが、うちにもあると頷いた。これは持っている人と持っていない人で争いになりそうだ。
チャイムが鳴って席に戻る。HRの最中も涼夏が回し続けていると、担任が呆れながら言った。
「猪谷、気持ちはわかるが仕舞ってくれ」
「止まったら仕舞います」
何でもないように涼夏がそう言うと、クラスが笑いに包まれた。今のは見事な冗談だ。私もああいう冗談が言えるようになりたいが、担任相手に言う勇気はない。日陰でこっそり囁くくらいが私には合っている。
1時間目が終わると、絢音がやって来ていきなり私の首筋に息を吹きかけた。思わず悲鳴を上げて背筋を震わせると、絢音がにっこりと微笑んだ。
「朝はハンドスピナーを優先したけど、髪型可愛いね」
そう言えばヘアアレンジをして来たのだった。私自身もハンドスピナーの存在感に圧倒されて忘れていた。
「絢音もする? 今の長さなら出来そう」
「じゃあ、お願いしようかな。お揃い」
髪を解いてブラシをかける。1分で出来るはずだったが、自分でやるのとはまた勝手が違って、2時間目までに間に合わなかった。近くで見ていた涼夏がくすくすと笑う。
絢音は髪を下ろしたまま授業を受けて、次の休み時間には無事に私とお揃いに出来た。記念に写真を撮ると、涼夏がハンドスピナーを回しながら「いいなぁ」と羨ましそうに私たちを見上げた。
何やら可愛らしく拗ねていたので、横の方を少しだけ編んで先っぽを縛ると、涼夏が鏡を見ながら満足そうに頷いた。
「良き良き。千紗都にこんなスキルがあったとは」
「最近YouTubeで髪の毛いじる研究してる」
「是非追求して、教えてくれたまえ」
ハンドスピナーも一緒に記念写真を撮ると、涼夏は良き良き言いながら席に戻って行った。さっぱりした子だ。
涼夏の背中に手を振りながら、絢音が可笑しそうに頬を緩めた。
「私も何か面白そうなもの探そうかなぁ。踊る花とか」
「それ、昭和じゃない? せめて何となくでも記憶にあるレベルにして」
そういう意味では、涼夏のハンドスピナーは見事だった。特に狙ったわけではなさそうだが、ブームが過ぎた後なのはさすがに知っているだろう。
「何かないかなぁ。ルーズソックスとか?」
絢音がスマホをいじりながら言った。それもまた太古の昔だと思うが、最近穿いている女子高生を見たので、もしかしたらまたブームが来るかもしれない。どう考えても暑そうだし、全然可愛く思えないのでノーサンキューだが、もし涼夏も絢音も穿いたら私も穿きそうだ。
「あんまり見つからない。オルチャンメイクとか?」
「ギリギリ現役感もあるけど、確かに聞かなくなったね。っていうか、ファッション系ばっかりだね」
「『女子高生 流行』とかで検索してると、そんなのばかり出てくる」
結局その日一日検索したが、あまり面白そうなものは出て来なかった。
「ハンドスピナー一強」
ガッカリしている絢音に、涼夏が得意げに笑った。さすが世界中でブームだっただけはある。
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