第46話 流行(1)
2年になってから、朝起きる時間を少しだけ早くした。親から、派手じゃなければ学校でもメイクをして良いという許可が下りたので、肌を整えて目を少しいじるくらいはするようになった。
なかなか評判がいいが、若干面倒くさい気がしないでもない。もっとも、労力と可愛さを天秤にかけたら、圧倒的に後者に傾く。ファッションもコスメも好きだし、可愛くするのは楽しい。
髪の毛が暑苦しいので、YouTubeを見て研究したヘアアレンジに挑戦する。この夏は涼夏くらいの長さにしようと思ったのだが、愛友たちの猛反対に遭い、やめにした。なりたい自分よりも、求められる自分の方が大切だ。
後ろで束ねて結んで、隙間を空けて入れて引っ張ってあれこれしていたら、首元がすっきりした。こういうのは髪色が明るい色の方が合う気はするが、それも反対されている。私も今のところ黒髪が気に入っているが、高校を出て私服メインになったらどうかわからない。涼夏は卒業したらすぐに染めると宣言している。あの子は垢抜けた感じが似合うと思う。
家を出て駅まで歩き、いつも通り先に来ていた奈都に「おはよー」と声をかけると、奈都は私を見て目を丸くした。
「髪型がいつもと違う! 可愛い!」
「おはよー」
「抱きしめていい?」
鼻息を荒くしながら身を乗り出す。朝から元気な子だ。
「挨拶も出来ない子に抱かせる体はありません」
ツンとそっぽを向くと、いきなり奈都に抱きしめられた。全然人の話を聞いていない。
「あー、チサ可愛い。1歳くらいの仔猫より可愛い」
「今、私が1歳くらいの仔猫だって言った?」
「言ってないけど」
奈都が体を離してキョトンとする。単に比較対象として挙げただけらしいが、そういう時は普通、類似するものと比較するものではないか?
まあ、朝っぱらから往来でいきなり抱きしめてくる人間に、常識を語っても仕方ない。
「最近、スキンシップが増えたよね。飢えてるの?」
「それを帰宅部の部長が言う?」
奈都がからかい気味にそう言った。確かに、ハグの文化を広めたのは私たちという気はするが、1時間チャレンジを始めたのは奈都だし、元々の性欲を私たちのせいにしないでいただきたい。
「それで、その髪は? 可愛すぎて男子が3人くらい死ぬかも知れないよ?」
ホームで電車を待ちながら、奈都が私の髪を見つめた。電車は2分に1本来るので、答える前に来た電車に乗って並んで座る。家が混雑する中央駅より手前にあるので、毎朝座れるのは有り難い。涼夏は混雑にうんざりしているが、女性専用車両だと多少ましらしい。
「YouTube見て練習した。っていうか、1分もかからない髪型にそこまで感動しないで」
「スケートボードとか、一瞬で金メダルが決まるでしょ?」
「今日は喩えが難しいね。試されてる?」
要するに、時間の長さと感動は関係ないと言いたいのだろう。奈都ナイズされた私にも難しいのに、奈都はクラスや部活でちゃんと会話出来ているのだろうか。
「奈都ももう少し伸びたら、私がアレンジしてあげるね」
「むしろショートに戻すのもありかと……」
「それはダメ!」
強めに否定すると、奈都が驚いた顔をした。あまり他人のしたいことを否定するのはよくないが、私も散々髪を切るな染めるなと言われているから、少しくらい意見しても罰は当たらないだろう。
「私は今の奈都が好きだよ」
中学の時、短い髪に違和感を覚えなかったのは、それしか知らなかったからだ。奈都のことは大事だし、頼りにもしていたが、女の子として可愛いと思ったことはほとんどなかった。
過去を否定するつもりはないが、今の方が断然いい。あくまで私の好みの話でしかないが、色気も出て来たし、女の子としての魅力が格段に上がったと力説すると、奈都が恥ずかしそうに俯いた。
「まあ、チサが今の方がいいって言うなら」
「言う。少しメイクもしたらさらに……」
「それは面倒くさいからいい」
バッサリだ。絢音も同じことを言っているが、あっちはそもそもコスメを買うお金がないという問題もある。私も裕福ではないが、プチプラで頑張るのもまた、高校生らしい楽しみだろう。
そう言ったら、奈都が呆れたように肩をすくめた。
「私はそれにまったく楽しさを見出せない」
「離婚する」
「短い間だったけど楽しかったよ」
奈都がそう言いながら、爪先をコツンと鳴らして微笑んだ。
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