第43話 撮影(2)

 そんなこんなで当日、日曜日。

 メイクは雰囲気を合わせようと言われて、下地だけ作って家を出た。休日に制服を着るのはなかなかないので、「休日出勤」の四文字を添えて、奈都に自撮り写真を送っておいた。用がなければまだ寝ているかも知れない。

 今日は学校ではなく、途中の駅で涼夏と合流した。いつも通り、元気で可愛い涼夏だ。

「今日も可愛いね」

「うむ」

「偉そうだし。朝、一緒に行こうよ」

 空いていたシートに腰掛けながら、そう提案してみる。元々涼夏とは通学路の多くがかぶっているので、過去にも何度か同じ提案をしているのだが、その度に却下されている。今回も例外ではなかった。

「それは出来ない」

 涼夏が無念そうに首を振った。もちろん、朝は私を奈都にくれてやろうとか、そんな殊勝な話ではなく、単に時間を合わせるのが面倒という理由だ。実際、涼夏の通学時間はバラバラで、時々遅刻してくることもある。それでもメイクは必ずしてくるから立派なものだ。

 メイクというと、私も2年になってから、平日にもすることを親に許可された。今時、それくらい普通だと、ようやく理解してくれたらしい。もっとも、それはそれで面倒で挫けかけているので、弁当同様、毎日メイクも楽しんでいる涼夏は本当にすごい。

 じっと見つめていると、涼夏が「なんだ?」と小首を傾げた。

「涼夏と結婚したい」

「千紗都って、どういう思考回路してるんだ?」

 涼夏が呆れたようにそう言ったので、今の朝は無理な話から涼夏がすごいまでの一連の流れを説明していたら、やがて上ノ水に到着した。電車を降りる直前に奈都から「何かあるの?」と返事が来ていたので、「涼夏と制服デート」と返しておいた。

 画面を見せると、涼夏がキョトンとした顔をした。

「撮影のこと、ナッちゃんに言ってないの?」

「他言無用だしね」

「ナッちゃんは『他』なのか。可哀想に」

 涼夏が同情的な呟きを漏らした。実際には内緒にしていた方が面白そうだっただけだが、サイトの更新に時間がかかりそうなら明日の朝にでも話そう。

 約束の時間より30分早く着いたので、一旦自分たちの教室に寄ってメイクをする。途中で絢音がやってきて、「可愛いが作られていくね」と明るい声で言った。こちらも制服なので、状況によっては出演してもらおう。

 時間になったのでとりあえず中庭に行くと、2つの部の部員が10人ほど集まって機材を用意していた。挨拶をしながら入っていくと、コンピュータ部の女子が、「やばっ! 可愛っ!」と感極まったように叫んだ。男子は男子で、「二次元敗北の日か……」と悔しそうに地団駄を踏むが、たぶん褒められているのだろう。

「今日はまた一段と可愛いね!」

 小島さんまで声を弾ませて、写真部の仲間と一緒に憧れの目で私たちを見つめた。

「疲れてないからだな」

 涼夏が否定も謙遜もせずに、さらっとそう答えた。授業の後だと消耗しているし、メイクだって崩れてしまう。今は完璧な状態の涼夏だろう。

 それにしても、涼夏は可愛い自覚がありながら、まったく嫌味な感じがない。どうすればそんな反応が出来るのか。コミュニケーション能力の低い私には、容姿それ自体よりもそっちの方が羨ましい。

 早速撮ってみようということで、二人で談笑しながら歩いているところや、ベンチに座って話しているところなんかを何十枚か撮影した。レフ板やらフラッシュやら、とにかく光を当てられるので、肌のあらを綺麗に飛ばしてくれたらと思う。

 撮った先からパソコンに転送して、ディスプレイで確認すると、なかなか仲良しな感じで撮れていた。後ろで絢音が「可愛い!」と満足そうに手を叩いたが、一部の写真部のメンバーが腕を組んで唸り声を上げた。

「なんかこう、友達の距離感じゃないな。この猪谷さんの眼差しとか、完全に恋人」

「恋人だしな」

 涼夏が軽いタッチでそう言うと、何人かがはっと息を呑んだ。しかし、すぐに冗談だとわかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 冗談だと解釈したようで、と言うべきだろうか。実際、恋人ではないのだが、頻繁にキスしている間柄は、彼らの想定する友達とはだいぶ異なるだろう。

「もう少しよそよそしい感じ? 出会ったばかりの、まだ野阪さんって呼んでた頃だな」

 涼夏が顎に手を当てて、納得したように頷いた。ツッコミ待ちだと感じたので、入学式の日に出会った第一声から名前呼びだったと指摘しておいた。

 それにしても、よそよそしい感じとはどれくらいか。涼夏は友達が多いので、「大体この子と付き合うくらいのレベル」などとシミュレーションできるだろうが、私にはボディータッチ多めな愛友しかいない。

 しいて言えば、糸織くらいだろうか。最近苗字呼びから名前呼びに変えたし、程よい友達かもしれない。

 お互いに距離感を意識して撮ったら、二度ほど笑顔がぎこちないとダメ出しされた後、ようやくOKが出た。撮影もなかなか大変だが、学校の顔とも言えるホームページに掲載されるのだから、これくらいで音を上げるわけにはいかない。

 コンピュータルームに場所を移動して、撮影を続ける。ここでは真面目な感じで撮影したいそうで、涼夏が「私に真面目を求めるかー」と苦笑いを浮かべた。

 実際のところ、涼夏は真面目な子なのだが、勉強と縁遠いのは間違いない。こここそ絢音だろうと思うが、本人はすっかり写真部に馴染んで、一緒に撮影方法について語り合っている。

 一応、サイトの掲載とは別に、帰宅部の写真も撮って欲しいと頼むと、出演料の代わりにとOKしてくれた。

 休憩時間の後、せっかくだからと涼夏が絢音にメイクを施す。絢音もステージに立つ時にはメイクをしているが、学校の中では珍しい。

 ランチルームで軽い食事をとり、そのまま撮影隊と合流すると、小島さんが驚いたように声を上げた。

「えっ? 西畑さん、超美人!」

「ほんと。すごい可愛い!」

 女子が手の平を返したように持て囃し、コンピュータ部の男子が「メイクってすごいな」と、また誉め言葉かよくわからないことを口にした。

 メイクをしていなくても絢音は可愛い。私が唇を尖らせると、隣で涼夏が「見る目なさすぎ」とぼやいた。大いに賛同してから、最後の撮影に取りかかる。

 超美人なら絢音にも出演して欲しかったが、色々と段取りがあって難しいとのこと。もう少し融通頑張ってと思うが、本人はにこにこしながら首を振った。

「写真は欲しいけど、別に載らなくていいから、ベストな着地点だよ」

 それを言ったら、私も別に写真が欲しいだけだが、そういう選択肢はなかったので仕方ない。涼夏とラブなところを公然と見せつけよう。

 ランチルームで談笑している写真を撮ってから、約束通り絢音と3人の写真も撮ってもらう。もう適度な距離感は必要ないので、手を繋いで走っているところとか、3人でジャンケンをしているシーンとか、青春っぽい写真を何枚か撮ってもらった。

「じゃあ、ホームページ、楽しみにしてるから。半目の写真とか、使わないでね」

 別れ際、涼夏がそう言ってヒラヒラと手を振ると、小島さんが「頼まれても使わんし!」と早口で言った。最高に可愛い涼夏を楽しみにしているが、もう一人の子は残念と思われるのもツライ。そう吐露すると、涼夏が「日本語ガ、理解デキナイ」と何故か片言で言って、絢音もコクコクと頷いた。

「今日の二人に挟まれてたら、私は黒塗りしなくちゃいけなかった」

「同意風に意味わからんことを言うでない。今日の絢音、天使だから」

「メイクってすごいね」

 絢音がコンピュータ部の名言を真似ると、涼夏が無念そうに首を振った。

「アイツらの、あの悪意なく敵を作っていく言動は、何かの縛りプレイなのか?」

「縛るの?」

 口を挟むと、そういう意味ではないと笑われた。「涼夏を縛りたい」と思ってもないことを口走ると、涼夏がそっと私から距離を取った。ひどい反応だ。

 涼夏の縛り方とコンピュータ部の部員の話と、どっちを続けようか考えている間に、涼夏が撮影の感想について話し始めた。縛り方についてはまた今度にしよう。

「今日は確かに、帰宅部的なイベントだった気がする。今度ショートムービーとか撮るか」

 それは名案だ。私は大きく頷いて賛同した。

「月収一千万のユーチューバーになる」

 今のところ私のVLOGは、動画を公開した日に10アクセスくらいあるだけだが、好きな仲間たちと楽しく撮ったビデオで生活したい。大いなる夢を語ると、涼夏が呆れたように肩をすくめた。

「千紗都は可愛いし、感性も独特だから、顔出しして運が良ければ月収百万円のユーチューバーになれるかもね」

「頑張ろう」

 ガッツポーズすると、涼夏が「頑張るのか」と意外そうに呟いた。

 もちろん頑張らないが、堅実に生きるのは大変そうだ。将来働くことを考えると暗くなってしまう。それより今は、せっかく休みの日にこうして3人で制服を着て集まっている。しかもメイクもしているから、早速何かショートムービーを撮ってみるのはどうか。

 そう提案すると、二人は満足そうに頷いた。十分に大きなイベントを終えた後だが、一日というのは案外たくさんのことが出来るものなのだ。


 ホームページの差し替えは翌日には行われるかと思ったら、撮影から一週間以上経ってようやく公開された。

 千枚近くの写真から3枚を選び、画像の補正や加工をして、さらに先生の許可も取らなくてはならない。簡単ではないのだと、小島さんが疲れたようにため息をついていた。

 撮った写真はそれより先にもらったが、さすがに千枚すべてもらっても困るので、小島さんの感性に任せて数枚選んでもらった。せっかくなので青春写真はプリントして部屋のボードに貼ってみたが、さすが写真部といったところか。とても綺麗に撮れていて、それだけで今回のモデル役を引き受けて良かったと思った。

 奈都には結局、掲載されるまで秘密にして、いっそ気が付くまで黙っていようかとも思ったが、普通の生徒はそんなに頻繁に高校のサイトなど見ないので、掲載された日に教えた。

 何故秘密にしていたのかと責められたので、先生から他言無用だと言われていたと伝えたら、素直に納得してもらえた。あまり面白い展開にならなかったので、こんなことならもっと早く伝えて、いっそ予定を空けてもらって4人の写真を撮ってもらった方が良かったかもしれない。

「まあ、奈都は帰宅部じゃないからなぁ」

 残念そうにそう言うと、奈都は実にもどかしそうに唇を曲げた。

「いつもすぐ帰宅部扱いするくせに、こういう時は声をかけてくれない」

「クラスが違うのは難しいね」

「関係ないし!」

 奈都がわかりやすく不貞腐れる。この子とはなかなかわかり合えない。

 ちなみに、撮影の後に3人で撮ったショートムービーは、当日の夜までは傑作に見えたが、翌日には恥ずかしくなり、3日目に記憶の底に封印した。

 いつも話しているノリでショートコントを2本撮ったのだが、自分たちが楽しいのと、見た人が楽しめるのはまったく別だという当たり前のことを思い知った。奈都に見せたら楽しんでくれたが、それは身内だからだろう。糸織に見せる勇気はない。

「百万円のユーチューバーは難しいな」

「今ならVチューバーの方が現実的?」

「それももうレッドオーシャンじゃないかな」

 何か、楽して儲かる仕事はないだろうか。そんな怠惰な感情に身を委ねながら、今日も誰かわからない数人のチャンネル登録者のために、つまらないVLOGを撮るのだった。

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