第43話 撮影(1)
私のお昼ご飯は、大体前日の夕ご飯と連動している。
前日の夜が自宅で提供され、なおかつ弁当のおかずになりそうなものの場合、私は次の日に弁当持参で学校に行くことになる。週に半分以上はそのパターンなのだが、必ず前日の夜と同じものを食べることになるので、喜びは少ない。
もちろん、面と向かってそんなことを言いはしないが、冷凍食品でも前日とは違うものが入っていると嬉しい。それもまた言いづらいので、感謝だけ伝えて感想は言わない毎日だ。
それ以外の日は、売店でサンドイッチや調理パンを買って食べている。涼夏も似たような感じだが、大きく違うのは、あの子は弁当を自分で作っていることである。
それは本当にすごいと思うが、本人は「食べたいものが食べれるよ?」と楽しそうに言っている。料理が得意なだけではなく、そもそも作るのが好きなのだろう。いつか絶対に結婚しよう。
その日は私も涼夏も弁当がなかったので、お昼休みの前に売店にパンを買いに行くことにした。お昼休みの売店は戦場になるので、休憩時間こそ短いが、お昼をのんびり過ごすためには仕方のない犠牲である。
「今日は焼きそばパンの気分だ。なかったら深い悲しみに包まれるだろう」
預言者のようにそう言って、涼夏が笑う。私はサンドイッチを買うつもりだが、もし売り切れていても、浅い悲しみすらなさそうだ。涼夏と比べると、食に対する関心が少ない気がする。
涼夏の焼きそばパントークを聴きながら歩いていると、向こうから歩いて来た担任に呼び止められた。
「丁度良かった。二人とも、今少しいいか?」
「良くないです。焼きそばパンが買えなかったら、私はもうお昼からの授業を頑張れないです」
涼夏が無念そうに首を振った。足くらい止めた方がいいと思うが、担任の用事より焼きそばパンの方が大事なので仕方ない。
私もペコリと頭を下げると、「じゃあ、昼休みに職員室に来い」と代案を提示された。「気が向いたら行きます」と丁寧に返事をして、再び売店に向かう。涼夏が微笑みながら言った。
「なんだろうね。私と千紗都に共通していることっていうと、可愛いことかな?」
「帰宅部じゃない? もしくは、不純異性交友がバレて怒られるか」
「不純でも異性でもないな。清純同性交際」
「清純同性交際がバレて怒られる」
「嫌な世の中だな」
考えても仕方がない。幸いにも二人とも、「職員室=怒られる」というイメージはないので、後から気楽に行くことにしよう。
売店はそれなりに混雑していたが、無事に焼きそばパンをゲットできた。せっかくなので、私も焼きそばパンにした。柔軟性の高い女なのだ。
教室に戻ると、隣の席から糸織にサンドイッチは買えたかと聞かれた。私は焼きそばパンを掲げて頷いた。
「首尾よくゲットした」
「サンドイッチは売り切れてたの?」
「もしかして、これがサンドイッチに見えない……?」
心配する眼差しで見つめると、糸織は「見えんねぇ」と無念そうに首を振った。反応が少しずつ帰宅部色に染まってきた気がする。
午前最後の授業を終えると、お昼はいつも通り帰宅部の3人で食べた。この後職員室に行かなくてはいけないと告げると、絢音が箸を運ぶ手を止めて、深刻そうに呟いた。
「とうとう……」
「いや、何の予兆もなかったし、心当たりもない」
涼夏が冷静に退けると、絢音がくすっと笑った。
「なんだろう。二人に共通することっていうと、可愛い?」
「涼夏と同じこと言ってる……」
落胆をあらわにしてそう告げると、絢音は悪びれずにいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「千紗都+涼夏-私で導かれる共通項は、それくらいだね」
「絢音を引き算して可愛さが残るのはおかしい」
そう主張すると、涼夏が「難しい表現を使うなぁ」と感心したように頷いた。
実際のところ、絢音は可愛いし、たまたま廊下にいたのが私と涼夏の二人だっただけで、絢音が関係ないかはわからない。
焼きそばパンを平らげて職員室に行くと、担任は手ぐすねを引いて待っていた。気楽な調子で涼夏が言った。
「とうとう帰宅部を正式な部活にしてもらえるって話ですか?」
つまりは、そういうことだろう。私は涼夏の隣で深く頷いた。
部活動と認めてもらうには、最低5人必要だ。去年は私たち3人しかいなかったが、今は糸織や長井さんのように、部活に入っていない生徒も多い。
もちろん、去年も男子を合わせれば5人揃えることは出来たのだが、私たちの帰宅部は男子禁制だったので諦めた。
部活として認めてもらえれば、部活動費という名目で学校からいくらかお金がもらえる。もちろん、相応の活動実績が必要だが、私たちほど真面目に帰宅している生徒はそうそういないだろう。私たちに足りないのは、人数だけだったのだ。
期待の眼差しを向けると、「そういう話じゃない」と一蹴された。それはそうだろう。心のどこかでそうではないとわかっていたので、がっかりはしなかった。
では何なのか問うと、担任は私たちの思いもしなかった話をし始めた。
「写真部とコンピュータ部が、ホームページにお前たちの写真を使いたいと言ってきた。企画書を見たが、学校としては問題ないから、後は本人たちがどうかという話だな」
「ホームページ」
涼夏が呟くように復唱する。
我がユナ高の公式サイトは、コンピュータ部が作成し、使用する写真の多くは写真部が撮影している。もちろん、好き勝手にできるわけではなく、掲載内容は先生もチェックした上でアップロードされるらしい。
簡単に詳細を聞くと、施設紹介の写真が古いので、これを更新するにあたり、私たちに手伝って欲しいとのこと。施設自体が変わったというより、写っているのが卒業した先輩なので、在籍している生徒にしたいそうだ。
「どうして私たちなんですか?」
生徒から上がってきた声なので、先生に聞いてもしょうがないが、一応そう尋ねると、担任は肩をすくめて首を振った。
「暇そうだからじゃないか?」
「私たち、毎日帰宅で忙しいんですけどね」
ため息混じりに訴えた。相変わらず、なかなか理解してもらえない。
返事はすぐじゃなくてよいと言われたので、一旦持ち帰ることにした。先生から、掲載されるまでは他言無用と言われたので、教室に戻るや否や絢音に報告すると、絢音が可笑しそうに頬を緩めた。
「数分で破られる他言無用」
「絢音は『他』じゃないからね」
私たちは3人で帰宅部だ。帰宅部に依頼した以上、絢音にも伝わるのは当然だと主張すると、絢音はどうだろうと首を傾げた。
「帰宅部っていう単位で物事を考えてるのは、帰宅部だけっていう説もあるね」
「誰が言い出したのかわからないけど、私と涼夏にだけ声をかけるのは良くないね」
「写真のバランス的に二人だったんでしょ。誰か二人なら、私でも涼夏と千紗都を選ぶけど」
「まあ、今回はご縁がなかったってことで」
私が話を締め括るようにそう言うと、涼夏が驚いたように眉を上げた。
「あれ? 千紗都、断る感じだった?」
「私のことは気にしなくていいよ? 本当に」
絢音も少しだけ慌てた様子でそう言った。自分に気を遣って断る必要はないという絢音の言い分はわかるが、それについては語弊があった。そもそも私は受けるつもりはなかったし、むしろ涼夏が受けるつもりだったことに驚いた。
「涼夏的にはOKなの?」
不思議に思ってそう聞くと、涼夏は疑いのない眼差しで頷いた。
「デメリットを感じないけど」
「目立ちたくない私としては、むしろメリットを感じない」
注目されることをすると、妬ましく思う人も現れるだろう。100人に素敵と思われるより、1人に悪意を持たれる方が私は嫌だ。
そう伝えると、涼夏が難しそうに唸った。
「出会う人全員に好かれるのは無理だし、生きてたら絶対に誰かには嫌われたりするわけじゃん? だったら、小さな反感より、大きな喜びに目を向けて生きるべきだよ」
「ホームページに掲載されることに、何か喜びがあるの?」
「千紗都と二人の綺麗な写真が撮ってもらえるし、記念にもなるし、思い出にもなるし、いいと思うけど」
なるほど。サイトの訪問者の感想ではなく、あくまで自分たちにとってメリットがあるという話なら、再考の余地がある。
絢音も同意するように、大きく頷いた。
「自分たちの発案じゃないけど、内容はすごく帰宅部的だと思うよ?」
まるでコンピュータ部と写真部の回し者のように、絢音が可愛らしく両手を合わせて目を細めた。私と涼夏がこの依頼を受けることに、絢音にも何かメリットがあるのだろうか。からかい気味にそう聞くと、絢音はもちろんだと笑った。
「高解像度の写真をもらって、プリントする」
「親にカメラ借りて、好きなだけ撮って」
この子は一番の友達でありながら、未だにどこかファンのように振る舞う。どこまで冗談かわからないが、そう言われると、私も涼夏の写真が欲しい気がしてきた。
昼休みが終わったので自席に戻ると、隣の席で糸織が可笑しそうに頬を緩めた。
「だいぶ盛り上がってたけど、いいことあった?」
「んー。なんか、涼夏と二人でホームページに載らないかって。ああ、他言無用だから」
唇の前で指を立てると、糸織はそれはそれはと顔を綻ばせた。
「それはもう、来年のユナ高の志願者数は、過去最高になるだろうね」
「ちょっと意味がわからないから、ロシア語で喋って」
「アッサラーム、ダル・エス・サラーム!」
糸織が自信満々にそう言ったが、どう考えてもロシア語ではないだろう。ダル・エス・サラームはどこかの都市だったと思うが、咄嗟には思い出せなかった。
まだ受けるかわからないと告げると、「えー、なんで?」と不満そうに返された。この子も涼夏同様、受けない可能性など考えもしなかったようだ。私が少し、物事をネガティブに捉え過ぎなのだろうか。
涼夏がやりたくて、絢音も帰宅部的と言うのなら、せっかくだし話題作りに引き受けよう。私は柔軟性の高い女なのだ。
撮影は人のいない日曜日に行うことになった。
担任から声をかけられたその日の放課後、涼夏と一緒に担任経由で写真部とコンピュータ部に紹介されたのだが、私たちを推薦したのは、1年の時クラスが同じだった、写真部の小島さんとのことだった。あまり絡みのある子ではなかったが、文化祭で一緒に店番をした一人だ。
「今回、写真に誰を入れるかって話になった時、真っ先に猪谷さんと野阪さんの顔が思い浮かんでね」
小島さんが何故か勝ち誇ったようにそう言って、絢音より薄い胸を張った。
涼夏のことを苗字で呼ぶ女子は意外と少ないが、距離感があるわけではない。涼夏の方は小島さんをコージーと呼んでおり、むしろ他の女子より親しい響きすらある。
「コージーが自分で写ることは考えなかったの?」
「考えなかったね」
涼夏の質問に自信たっぷりに即答して、後輩の男子が可笑しそうに肩を震わせた。なかなか慕われているようだ。
ユナ高の公式サイトは、よくある学校案内や入試の案内、在校生や保護者だけが入れる連絡ページの他に、クラブ活動や施設の紹介、学校行事や学校生活の紹介ページと、多彩な内容になっている。
サイト自体はコンピュータ部が管理し、カタい内容のページは先生からの依頼で更新されているが、部活や学校生活のページは、生徒会とコンピュータ部、そして写真部の三者で企画、更新されている。
今回はコンピュータールームとランチルーム、中庭の三ヶ所で写真を撮りたいそうだ。目的も構図も決められているため、私たちはせいぜいメイクを頑張るくらいだろうか。そう言ったら、アイメイクはほどほどにしてくれと釘を刺された。元より派手なメイクをするつもりはない。
絢音が来たがっていたし、私たちも絢音に来て欲しかったので、涼夏が軽いタッチで「絢音も帰宅部だから呼んでいい?」と聞いた時、小さな事件が起きた。
いかにもオタク然としたコンピュータ部の男子が、「別に帰宅部に依頼したわけじゃないし」と、どこか嘲るような調子で言って、私は展開が読めて思わず身震いした。
案の定、涼夏は気を悪くしたようで、笑顔のまま、「そっか。じゃあこの話、いいや」とそっけなく言って、私の手を取った。そのままわずかの躊躇いもなく部屋を出て行こうとする。
試している行動ではない。お互いが楽しく出来ないのなら、こんな依頼は受ける必要がない。
私も軽く頭を下げて部室を出ようとすると、小島さんが血相を変えて私たちの服を掴んだ。
「ちょっと待って! 違うの。こいつ、人間を相手にする機会が極端に少ないから、言葉の使い方を知らないだけなの! 女子的なコミュニケーションがかけらもわからないの! 悪気はないの。本当に。ビックリでしょ? 今ので悪意もなければ、むしろなんで猪谷さんが怒ったのかもわかんないくらい、人間の心がわからないの!」
唾を飛ばしながら、早口でそうまくし立てる。背後では言った本人が、「なんで俺、ディスられてる?」と首を傾げている。どうやら本当に理解できていないようだ。
涼夏がクルッと振り返って、何を考えているのかよくわからない笑顔で頷いた。
「そっか。じゃあ、絢音も呼ぶから。あの子がいないと、やる気が出ないんだよね、私たち」
「ふむ。これは百合なのか?」
コンピュータ部の別の男子が指先で眼鏡を上げながら、深刻そうに呟いた。どいつもこいつも、どうしてこうなのか。
この日一番の収穫は、奈都がとてもライトなオタクであるとわかったことだろう。コンピュータ部の人間は、男子も女子も変わった子が多かった。
帰り道で「新しい世界だったな」と声を弾ませていた涼夏は、本当にすごいと思う。少しだけモヤモヤが残っていた私と違い、涼夏はもう何も気にしていないようだった。
「ずっとついてくね」
手を握ってそう告げると、涼夏は「久しぶりの謎思考だな」と楽しそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます