最終話 日常 2(2)
春遊び会議の末、花見をすることになった。去年、仲良くなった頃にはもうとっくに桜は終わっていて、このメンバーで迎える春は初めてである。
街有数の桜のスポットである亀歩公園は朝から人で賑わい、芝生の上には無数のレジャーシートが敷かれていた。出店も連なり、前を通るといい匂いがした。
「陽気な陽気だ」
晴れやかにそう言って顔を上げると、桜の額縁に青空が輝いていた。
「陽気な陽気だねー」
絢音が同調するようにそう言って微笑む。
空いていたスペースにシートを敷きながら、涼夏が言った。
「みんなは、花見の経験は? 千紗都はないね。うん」
「まだ答えてないし!」
先に言われてオーバーアクションで驚きを伝えると、隣で奈都がまばたきをして私を見た。
「あるの?」
「ないけど」
秒で答えるとみんなに憐れまれた。ここまでが一連の流れだ。
涼夏は一昨年、料理部でやり、奈都は小さい時に家族で何度かやったそうだ。私がシートの隅で膝を抱えて拗ねていると、絢音がふわっと私の体を抱きしめて髪に頬を当てた。
「私もないから安心して」
「絢音だけが私の理解者だ」
ギュッとハグして泣きつくと、経験者二人がやれやれと首を振りながら、無造作に座ってリュックを置いた。
「それで、花見って何するの?」
芝生の上でバドミントンとか、何か体を動かして遊ぶイメージがあったが、とてもではないがそんなスペースはない。私の天才的なバドミントンスキルを見せつけてやろうと思っていたが、残念だ。
「やっぱり、酒盛りじゃない?」
涼夏がそう言いながら、水筒2本とプラスチックのカップを取り出した。周りを見ると、確かに大人から子供まで何か飲みながら騒いでいる。
絢音が「いいねー」と笑いながらカップを受け取った。いいのだろうか。一体水筒の中には何が入っているのだろう。隣を見ると、奈都もいささか緊張した面持ちで座っていた。
どうせジュースだろうと思ったら、薄い緑色の液体が注がれて、私はたじろぎながら口を開いた。
「念のために聞くけど、涼夏さん、これは?」
「涼夏スペシャル」
「そっかー、涼夏スペシャルかー」
納得したように頷くと、奈都がそれでいいのかと言いたげに私を見た。
口をつけると、柑橘系の香りとともに、甘いのか酸っぱいのかよくわからない味がした。不味くはないが、わかりにくい味だ。
「なんか、大人の飲み物って感じだね」
奈都が難しい顔でカップを見つめる。美味しかったのか口に合わなかったのか、自分でも判断できないといった様子だ。
「私は好きかな。酔ってきた」
絢音がうふっと微笑みながら、意味もなく涼夏の肩に身を擦り寄せた。楽しそうに絢音を撫でる涼夏に説明を求めると、ノンアルコールカクテルを作ってみたとのこと。また女子力が高そうなものが現れた。
「ライムとミントを入れると、何でもそれっぽくなるっていう知見を得た。こっちの涼夏スペシャル2は、グレープフルーツジュースで作った」
涼夏がもう片方の水筒を掲げて笑う。ネーミングセンスは絶望的だが、新しいことに挑戦する姿勢は立派だ。今日はお弁当も作ってきてもらっている。何もしていない私は、圧倒的な女子力を前にただ平伏すしかない。
「私、涼夏と結婚する」
軽い調子でそう言いながら、ごろりと寝転がって奈都の太ももに頭を乗せた。頭上の膨らみの向こうで、奈都の変な悲鳴が聞こえた。
今日はパンツルックなので、下着が見える心配が要らない。反対に、奈都は珍しくスカートを穿いている。素肌に顔を乗せようと思い、スカートの裾をたくし上げると、奈都が慌てた様子で私の手を取った。
「な、何するの!?」
「いや、枕カバーをどけようかと」
腰に手を回して、すべすべした太ももに顔を埋める。三角の空間に充満した空気を思い切り鼻から吸い込むと、何故だかとても心が満たされた。
奈都がため息をつきながら、私の髪に指を滑らせた。
「涼夏さん。お宅の奥さん、頭おかしいよ?」
「正妻はナッちゃんだから」
「今、涼夏と結婚するって」
「多重婚」
自信に満ちた声が聞こえる。いい響きだ。私が大人になる頃には、同性婚は法律化されてそうだが、多重婚はさすがに無理だろう。
しばらく談笑してから、お弁当を広げる。おにぎり、唐揚げ、ポテト、アスパラベーコン、うずら卵ベーコン、チーズの何か、野菜の何か。インスタントもあるようだが、盛りだくさんでとても美味しそうだ。
「私も涼夏と結婚しよう」
奈都がそう呟いて、申し訳なさそうに私を見た。
「チサ、今まで……」
「時代は多重婚だから」
「股間に顔をうずめてくる子とはちょっと……」
「太ももだから」
冷静に指摘したが、奈都は「ごめんなさい」と謝って涼夏の方に行ってしまった。ひどい仕打ちだ。
楽しくお弁当を食べてから、桜と一緒に写真を撮ったり、意味もなくそこら辺を走ったり、公園を散策したりして花見を楽しんだ。どこまでが花見なのかはよくわからないが、周りの人たちもあまり桜を見ていないので、桜の近くで何かしていたらOKなのだろう。
夕方、空が少し赤みを帯びてきた頃、周りにつられるように撤収した。発案者に感想を聞くと、涼夏は満足げに微笑んだ。
「1年の集大成としては及第点かな。ちょっと千紗都が足りなかったけど」
「そうだね。ちょっと千紗都が足りなかった。ハグしておこう」
絢音が完全に同意だと頷きながら、私の体をふわっと抱きしめた。
「さよなら、1年生の千紗都」
ボソッと耳元で囁く。確かに次に会う時はもう4月だが、この数日で一体何が変わるというのか。
これからどこか行くには荷物が邪魔だし、亀歩公園は周りに何もないので解散になった。絢音とは駅で別れて、涼夏とも途中で別れる。涼夏も1年生の私に別れを告げて、頬にキスして帰っていった。変な子だ。
2人になると、奈都が苦笑いを浮かべた。
「1年生のチサ、大人気だね」
「2年生の私も好きになってもらえるといいけど」
「難しいかもしれないね」
奈都が神妙な顔でため息を落とす。
「どうして!?」
私が思わず声を上げると、奈都は可笑しそうに頬を緩めた。完全に遊ばれている。
奈都にも今日どうだったか聞くと、楽しかったと即答した。
「やっぱり友達と遊ぶのはいいね」
「バトン部では何かしないの?」
「色々してるけど、チサがいないしね」
「ようこそ、私の常駐する帰宅部へ」
「ないなぁ。今の千紗都量で結構満足」
「少食か!」
秒で突っ込むと、奈都は驚いた顔をしてから、くすくすと笑った。この程度の私量で満足して欲しくないが、中学時代、私に嫌われることを恐れて敢えて踏み込まないようにしていたせいで、奈都の中でそういう距離感がデフォルトになってしまったのかもしれない。
奈都とも別れ際にハグしてキスすると、嬉しそうに微笑んで言った。
「とても満足。ありがとう、1年生のチサ」
「無理にあの子たちに合わせなくていいから。痛々しいから」
「もっと私の努力を優しく評価して」
「奈都は元から痛々しい子だから、いつも通りか」
「痛々しくないし!」
そう言って、可愛らしく頬を膨らませる。お決まりのやり取りだ。
一人になって今日を振り返ると、私も楽しかった。色々用意してくれた涼夏には感謝しかないが、テキトーだったとしてもやっぱり楽しかっただろう。
奈都とも次に会うのは4月になる。ありがとう、1年生の仲間たち。
2年生最初の日は、絢音がエイプリルフールパーティーなる、謎の企画を用意してくれている。面白い嘘を考えて来いと言われているので、明日のバイト中に考えよう。
全力で楽しむ準備はできている。2年生はどんな胸躍る帰宅が待っているのか、今から楽しみだ。
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