最終話 日常 1(1)
※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
* * *
いくつかの行事と出来事があって、バタバタしたまま3学期の終業式が訪れた。
学生として一番大事なのは、学年末試験だろうか。受けたのは随分前になるが、結果が返ってきたのは割と最近だ。
この1年の集大成とも言える試験で、私は34位だった。辛うじて30位台はキープできたが、頑張っても頑張ってもちっとも順位が変わらないことにもどかしさを覚える。
難しい顔で結果を睨み付けていたら、最後の試験も学年6位だった絢音が言った。
「それは私も同じだし、千紗都ももうあんまり順位が動く位置じゃないから、模試の成績を気にした方がいいよ」
確かに、模試の偏差値は緩やかな上昇カーブを描いているから、賢くなってはいるのだろう。せめて20位台には乗りたいが、この先は私のような凡人には難しいかもしれない。
「99%の努力をしても、最後の1%はどうしたって才能だと、かつて偉い人が言いました」
落胆するほど努力もしていないが、ため息をついて無念を訴えると、涼夏が首をひねって微笑んだ。
「そんなんだっけ? 頑張れば何とかなるみたいな格言じゃなかった?」
「発明に必要なのは、最後はひらめきだって話だったはず」
記憶を掘り起こしてそう言うと、涼夏は釈然としない顔をしていた。
その涼夏はやはり半分より少し上くらいで、接戦の末に奈都を制した。奈都が大袈裟に悔しがっていたが、出来ればもう少し高いレベルで争って欲しいものである。
もう一つ、これは私たちにとって重要なイベントとして、クラス替え希望調査が行われた。
かつての生徒会が苦心の末実現した制度で、学年が変わる際に友達が誰もいなくなる事態を防ぐために、同じクラスになりたい友達の希望を出すことができる。
同じクラスの生徒しかダメだったり、異性を書いたらむしろ離されるという都市伝説があったり、書いたのに一緒になれなかったことで、関係がこじれることもあるなど、曰くも多い制度だが、概ね好評で廃止されずに続いている。
「希望が通るのは半々だから、過度の期待はしないよう。あと、読むのが面倒なくらい名前を書いたら、ほっといても誰かと一緒になるだろうってことで、ゴミ箱行きだからな」
担任がそう念を押して用紙を配った。もちろん私は涼夏と絢音の名前を書いたし、二人も同じなのは、万が一クラスが別になったとしても疑わない。
恐らく同じクラスになれるだろうというのが、涼夏の見立てだ。やはり自分は書いても相手が書かなかったという悲劇はあるようで、その時にギスギスしないよう警告しているだけで、少人数を互いに指名し合えば、自分なら通すと、涼夏はそう言って笑った。
いささか楽天的に感じるが、私も心のどこかで、これでこの3人が同じクラスになれなかったら、何のための制度なのかと思っている。二人と一緒になれるかは死活問題だが、考えても仕方がないのでひとまず忘れることにした。結果がわかるのは2年生の始業式の日だ。
学校行事以外では、猪谷組の筆頭にして男子帰宅部の江塚君が、涼夏に告白するという禁を犯した。日頃そういう話はしない涼夏が、珍しく自分から私と絢音に報告してきたので、本人的にも想定外だったのだろう。
もちろん涼夏がOKするはずがなく、江塚君もダメ元の挑戦だったようで、二人の関係は何も変わっていない。学年やクラスが替わる前に、一応言っておこうというケジメとのことだ。本人に理由を聞くのが涼夏らしいが、私も秋に高松君に告白された時、普通に理由を聞いたから、人のことは言えない。
江塚君の告白は、もちろん私派を自称する川波君も知っていた。もしかしたら、事前に相談されたのかもしれない。
「ヨシもやるなぁ。ダメ元とはいえ、告白って勇気が要ると思うんだ」
気軽にそう話しかけてきた川波君に、私は先手を打つように手を広げた。
「川波君にはその勇気がないことを願ってるから」
「俺も1年の内に、野阪さんに告白した方がいいだろうか」
「そういう自己満足の記念告白は迷惑だから。あれは涼夏だから何事もなかったように振る舞えてるの」
「このまま気持ちを伝えずにクラスが替わったら、俺は一生後悔するかもしれない」
「大丈夫だから。十分伝わってるから」
「野阪さんは、好きな男がいるの?」
「いないし。それ以上踏み込まれたら、私は川波君と距離を置かざるを得ない。私はそうしたくない」
神妙にそう言うと、川波君は空気を読んで引いてくれた。
私は誰とも付き合う気がない。中2の事件もあるし、今となっては帰宅部の仲間といるのが楽しすぎて、心の底から男女の恋愛には興味がない。
そんな私のポリシーは、ある程度関係が築けているからこそ、察することができるのだ。後日空気の読めない別の男子に告白されてげんなりしたが、そんな話を仲間にしたら、奈都もクラスメイトから告白されたらしい。みんなクラスが替わる前に必死だと、涼夏が楽しそうに笑っていた。
絢音が自分も告白されたいと、無念そうに言っていたが、もちろんただの冗談だ。昔はイケメンなら悪くないみたいなことを口にしていたが、今ではもう、私と涼夏以外の人間は瞳に映っていないようだ。
そんな出来事が帰宅部員の仲に影響を及ぼすことはなく、終業式もいつもの調子で迎えた。1年生最後の登校日である。今日くらいは一緒に帰ろうと、朝奈都にも声をかけたのだが、バトン部の方に顔を出すと言った。
「最後くらい、こっちを優先してくれてもいいのに」
重くならないように、わざとらしく拗ねた顔をすると、奈都が呆れたように肩をすくめた。
「1年続けてきた部活の最後の日に顔を出さないとか、意味がわからないし」
「春休みは練習ないの?」
「あるけど」
「何が最後なの?」
「それはそれ」
どれがどれなのかさっぱりわからないが、奈都が部活優先なのは春から一貫している。涼夏は奈都のバランス感覚を評価しているが、私には少し薄情に思える。たまにはこっちにも顔を出して欲しいが、奈都は休みの日に遊べたらそれで満足らしい。
「私が満足じゃないって言ってるのに」
ふてくされてそう言ったら、子供をあやすように頭を撫でられた。
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