第28話 クリスマス 3

 クリスマスと言えばケーキである。去年、受験の真っ最中でも奈都と二人でケーキは食べたし、一昨年は孤独に過ごしたが、それでも親が買ってきたケーキを食べた。

 クリスマス会を企画してくれた涼夏に、事前にケーキだけは食べたいと注文したら、「当たり前だ」と一蹴された。涼夏も同じ考えだったようで、「私たちは心の深いところで繋がっている」と伝えたら、「うん、そうだね」と気のない返事をされた。

 そのケーキだが、お金を出し合って市販品を買う案も出たが、せっかくなのでみんなで作ることにした。もっとも、生地を焼くのは大変なので、市販のスポンジケーキを使って、クリームだけ作る。後は、イチゴをカットしてデコレーションしたら完成だ。

「涼夏は料理部で、ケーキとかお菓子も作ってたの?」

 クリームの用意をしている涼夏に声をかけると、涼夏がクリームを塗る道具を顔の横で握って笑った。

「まあそうだね。女子はみんなお菓子大好き」

「私、ケーキは食べたことしかない」

 奈都がクリームを絞る道具を興味深そうに眺めながら言った。もちろん私も同じだ。奈都とも心の深い部分で繋がっている。絢音は小学生の時に作ったことがあるらしく、私たちを見て可愛らしく首を傾けた。

「こういうのは、みんなどこかで一度は経験するものかと思ってた」

「学区によるのかなぁ。いや、学校でやるものでもないでしょ」

「千紗都とナツは、小学校は別だったの?」

「別だね。中1の時、初めてチサを見た時、三次元にもこんなに可愛い子がいるのかと衝撃を受けた」

「私も、今の教室で初めて千紗都を見た時、世の中にこんなに可愛い子がいるのかって、衝撃を受けたよ」

「わかる!」

 わからない。くだらない話をしている二人は放っておいて、生クリームを用意している涼夏を見ていると、手際よくボウルに生クリームとグラニュー糖を入れて、氷水に突っ込んだ。そして、泡立て器を持ってにっこり笑う。

「みんなで交互に泡立てよう。固くしすぎないのがコツだね。最初だけ私がやるから、後は見てるよ」

 そう言って、チャカチャカと掻き回す。とてもリズミカルだ。

「道具、色々持ってるのに、ミキサーはないんだね」

 奈都が何気なくそう言うと、涼夏が手を休めずに言った。

「普通にある」

「じゃあ使おうよ!」

「苦労して作った方が美味しいんだって」

 非科学的なことを言いながら、泡立て器とともに場所を奈都に譲った。後ろからエプロンをかけて、紐をキュッと結ぶ。奈都が見様見真似で掻き回すが、涼夏と比べるとだいぶスピードが遅い。涼夏がやるとなんでも簡単そうに見えるが、やはりそんなことはないようだ。

 みんなでキャイキャイ言いながらクリームを作っていたら、リビングのドアが開いて妹がやってきた。

「ケーキ作ってる。完成したら私にも食べさせてね」

 まじまじとボウルの中のクリームを覗き込んでから、冷蔵庫を開けてグラスにジュースを注いだ。涼夏が小さく首を振って、感情のこもらない声で言った。

「アンタの分はないな。どう見てもないな」

「結構でかいじゃん」

 妹がスポンジケーキを指差して声を上げる。涼夏は冷静に否定した。

「2回分だから。今から食べるのと、鍋の後に食べるのと」

「鍋の後なんて、お腹いっぱいでケーキなんて入らないって」

「別腹だから。早く森へお帰り」

 しっしと手を振ると、妹は仕方なさそうにドアの方に戻って行った。その途中で絢音のギターを発見して、子供のように目を輝かせた。

「ギターがある! 絢音さんの!?」

 絢音がバンドでギターを弾いているのは、涼夏から伝わっているらしい。絢音がまるで自分の妹を見るように、優しい眼差しで「そうだよ」と微笑んだ。いや、自分の妹を見るような眼差しというのは嘘かもしれない。私は一人っ子だから、あくまで想像だ。当の姉はうんざりした顔で妹を見つめている。

「何か弾いてよ。歌って」

 妹が声を弾ませて、それとは対照的に涼夏が表情を険しくした。絢音が「まあまあ」と涼夏をなだめてエプロンを外した。

「じゃあ、ケーキについては私は食べる係になって、BGMを担当しようかな」

 手を洗う絢音に、涼夏ががっくりと肩を落として、「すまぬ……」と項垂れた。大袈裟なアクションに奈都がくすくすと笑うが、本人は不満そうに口をへの字に曲げた。恐らく事前に何かしらの取り決めをしていて、今はそれが破られている状態なのだろう。

 絢音が椅子に座ってギターを爪弾く。クリスマスによく聞く洋楽のバラードを歌うが、相変わらずギターも歌も上手で、妹が「おおっ!」と感嘆の声を上げた。派手なエレキの音ばかり聴いていたので、また全然違った趣がある。

 それにしても、絢音がほぼ初対面の妹と親し気に話していることに、私は少なからず驚いた。自分も女子中学生だったはずだが、年下の女の子とどう接していいのかわからない。学校で一緒に友達が少ないチームを結成しているが、友達を作れない私と作らない絢音の間には、グレート・リフト・バレーのような隔たりがある。

「猫って可愛いと思うけど、いざ目の前にいてもどうしていいのかわからない。きっとそんな感じ」

 トロリとしたクリームをペロッと舐めながらそう言うと、二人が首を傾げて私を見た。

「突然どうした?」

「別に。次はどうするの?」

「イチゴをカットする。二人に任せた」

 涼夏がまな板に包丁を置いて、促すように手を広げた。さすがにイチゴくらいは切れるが、スポンジの間に挟むにはどう切ればいいだろう。

「包丁なんて、中学の時に人を刺した時以来だ」

 奈都が何気なくそう言いながら包丁を握る。涼夏が真顔でじっと見つめたので、私は慌てて涼夏の手を取った。

「冗談だから! この子はちょっと頭がおかしいの!」

「えっ? いきなりディスられた!?」

 奈都が驚いて振り返る。私はブンブンと首を横に振った。

「奈都はほら、オタクだから!」

「なんで私、激しくディスられてるの!?」

「ディスってないし! いいからイチゴを切って! 私は上に乗せるのを担当する」

「それ、ヘタを取るだけじゃん!」

「私、ヘタ取りの王になる!」

「チサ、どうしたの? 明らかにそっちの方が頭おかしい感じだよ?」

「それはない」

 わーわー言いながらイチゴをカットして、いよいよスポンジケーキにクリームを塗っていく。直前にクリームを適度な固さに泡立てるらしい。

 涼夏のチェックでOKが出たので、クリームを乗せてヘラで伸ばす。皿を重ねて作った即席の回転台でケーキをクルクル回しながら塗るのが楽しい。

 一応絢音にもやるか聞いてみたが、「任せた」と笑顔で言われた。妹の相手をしてあげようという優しさだろう。私が感動に震えていると、絢音が顔を上げて手を振った。

「私、やったことあるし。それに、自分でやるより、千紗都の作ったケーキが食べたい」

「それは一理あるね」

 奈都がうんうんと頷く。妹が「千紗都さん、人気だねー」と笑った。私があははと作り笑いを浮かべると、涼夏が頬を膨らませた。

「秋歩、いつまでそこにいるの?」

「ケーキ食べたら一旦帰るよ」

「一旦ってなんだよ、一旦って」

 涼夏がぶつぶつと文句を垂れる。いつもの冗談とはノリが違うように感じるのは、相手が家族だからだろうか。若干、怖い。

 カットしたイチゴを挟んで、またクリームを塗り、最後にクリームを絞る。涼夏の見本を見ながら頑張ってみたが、思ったよりも上手く出来なかった。奈都も同じようなものだ。テーブルに運んで、どれが涼夏が絞ったものか当てるクイズを出したら、絢音にあっさりと当てられた。

「まあ、これはこれで」

 涼夏が写真を撮ってから包丁を入れる。早速フォークを突き刺して食べると、味は普通に美味しかった。優雅に紅茶のカップを取ると、妹がケーキを頬張りながら言った。

「クリスマスってことは、プレゼント交換とかもするの?」

「まあ、そういうイベントもあるね」

 絢音がにこにこしながら応じて、持ってきたバッグを指差した。クリスマスと言えばケーキ、そしてプレゼントだ。もちろん私も持ってきたが、このままプレゼントの話を続けていいのだろうか。チラリと涼夏の様子を窺うと、涼夏はあまり聞かない低い声で言った。

「私さぁ、色々考えてんだよ、段取りとか。大人しくできないなら、部屋に帰ってくれない?」

 空気がピリッとした。こんなに機嫌の悪い涼夏を見るのは、文化祭の実行委員を決めた時以来だろうか。

 あの時は若干涼夏の方に非があった上、相手が少なからず私たちに気のある男子だったから丸く収めることができた。しかし、今回は苛立たせているのが涼夏の妹ということもあって、どうしていいのかわからない。しかも当の本人は、全然気にした様子もなく、「えー、いいじゃん別に」とあっけらかんと笑っている。

 涼夏が絶望的に重たいため息をついて、ケーキを口に運んだ。これが姉妹というものだろうか。一人っ子の私には、経験したことのない空気だ。奈都は焦った様子はないが、口を出す気はないようで、静かにケーキを楽しんでいる。絢音が一人、笑顔のまま妹に語りかけた。

「秋歩ちゃんは、友達とプレゼント交換とかしないの?」

「んー、たぶん今日、みんなで集まってると思うけど、ほら、彼氏とデートの予定だからって断ったのに、行きづらいじゃん?」

「それはなんとなく想像がつく。彼氏はフッたの? フラれたの?」

「んー、微妙。急に別の用事が入ったとか言われて、私から別れたけど、その用事次第ではフラれたとも言える」

 そう言いながら、妹が眉間に皺を寄せた。浮気されたと確信している表情だ。

 要するに、クリスマスというビッグイベントにぼっちになって寂しいのだろう。だから構って欲しいだけで、涼夏の邪魔をする気は微塵もない。ただ、家族不在を前提にパーティーを計画していた涼夏がどう感じているかは、想像に難くない。

 絢音に任せたと言わんばかりに、涼夏が素知らぬ顔でケーキを食べている。私もどうしていいかわからず、ひとまず絢音に任せることにして、ケーキ以外の情報をシャットアウトすることにした。

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